第145話光が運命を指揮する(2)

光の指揮による「運命」の冒頭は、まさに厳しく強めになった。

心配していたオーケストラの呼吸の乱れもない。

そして、光は続く冒頭部分と同じフレーズの前に、ほんの少しの間を置く。


小沢がうなっり、目を輝かせる。

「ほぉ・・・これは・・・」

校長は、頷く。

「すごいズッシリとした重みですね」

しかし、二人の声は、そこまでだった。


有名な冒頭のフレーズ以降は、練習不足とは思えないような、一糸乱れぬ「運命」の世界が広がっていく。

一楽章においては、指揮者光の指示通り、厳しめのリズム、ホルンの強めのフレーズ、木管も歯切れがいい、それを弦楽器がキッチリと支える。



じっと聞いていたソフィーは思った。

「完璧、とにかくキレキレのベートーヴェンだ、とにかく格好いい、ますます光君に惚れた」

その目が、ウットリとなっている。


春奈も、目を見開いて光とオーケストラを見ている。

「さすが、音楽なら、心配ない、私への対応はイマイチだけど」

「それにキレキレってだけじゃないね、この運命、湧き上がってくる力を感じる」


さて、そんな状態で、激しい盛り上がりのなか、第一楽章が終わった。

光は、一旦指揮棒を、指揮台の上に置き、様々な指示を始める。


「ヴァイオリンは、もっと弓を大胆に、強めの音でお願いします」

「ヴィオラは、音を大き目に、アンサンブルを厚くしたいので」

「チェロは、リズムはOK、後は歌うように」

「ベースは、もっとリズムを厳しめに」


何しろ立て続けの指示なので、オーケストラ全員が否応もない。

光は次に、管楽器にも指示。

「ホルンは、素晴らしかったけれど、もう少し高らかに」

「あとは・・・フルートは音を大きく」

「ファゴットは、少し音を抑えて」

・・・・・

とにかく、細かく音量やリズムを指示していく。



その光の指示を聞いている小沢は、一々頷いている。

「よく聴き取っているね、指揮者としては優れている」

「このまま、僕とのジョイントで運命を振ってもらいたいくらいだ」

「それにしても、強いベートーヴェンだった」


校長も、ようやく感想を口にする。

「本当ですね、息もつかせず、一気に引きずり込まれました」

「この調子でいけば、二楽章以降も楽しみです」



さて、オーケストラへの指示を一旦終えた光は、少し考えている。

「どうしようか、一楽章をもう一回やるべきか、それとも二楽章に進むべきか」

「それとも、それぞれのパート練習で、演奏の精度を高めようか」

「たまたま、今やった一楽章は乱れなかったけれど、それは単なる集中力が高かっただけに過ぎない、運命みたいな曲は身体で覚えた方がいいかもしれない」

・・・・


など、様々、考えて光が出した結論は

「今日の合奏は、これで終わりです」

「まだ、練習時間は残っているので、各自気になっている部分を個人練習あるいはパート練習をお願いします」

「その方が、次に練習する時に、より安心して練習できると思うので」

だった。


少し残念そうな顔をする小沢や校長など、聴いていた人はともかく、オーケストラの面々は、ホッとした表情になっている。

しかし、その後の光は、春奈が心配したようなボケ顔には、ならなかった。

自分から各パートの練習に顔を出し、一つ一つ細かな指示を与えた。


その様子に小沢は、また唸った。

「うん、指揮者だけでなくて、人を成長させる心と力を持っている」


校長も、そんな光の積極性を満足そうな顔で見ている。

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