第62話:けってい

 次の日は、最初の授業時間がホームルームになっていた。各グループが考えた案を、話し合うために。


「カフェをやるに当たって、衣装や内装などの作り込みをどうするか。それぞれ発表をお願いします」


 クラス委員の二人が進行役として、六グループが次々に案を披露していく。プレゼンテーション、ということになるんだろう。

 私たちの順番は最後。全員が前に出るけれど、基本的には音羽くんが話をする。


 私たちもちゃんと考えてきたつもりだけれど、他の案もすごい。

 デザイン案をイラストで用意してきているグループもあったし、作り込みすぎでカフェとしては機能しないんじゃ──というものもあった。


 でもそれだけ熱意を持って考えてきたということで、グループ間に対抗意識を持たせた三島先生の狙いはそこだったのだろう。


「なるほどねー、そういうことだったんだ」

「む……」


 祥子ちゃんが感心の声を発すると、純水ちゃんが横目で睨む。


「ん? だいじょぶだよー、もう完全に諦めてるってば」

「なにも言ってないよ」


 普段の席順とは違って、今はアイデアを考えたグループで集まって机をくっつけている。

 だから純水ちゃんと祥子ちゃんは隣同士で、その対面に私、音羽くんが隣、早瀬くんはお誕生日席だ。


 それぞれ五分の持ち時間はだいたい守られて、私たちの番が回ってきた。

 考えてみると、私が黒板の前に立つなんて、初めてだ。そう思うと、緊張で手が震えてくる。


「よーし音羽、ちゃんとやってよ」

「お前らは気楽でいいよな──」


 座っていた通り、祥子ちゃん、純水ちゃん、早瀬くんの順で教壇に向かった。その次は音羽くんで、椅子から立ってはいる。でもすぐには続かない。

 焦っていた私は、その背中にぶつかりそうになる。


 なんとか踏みとどまれて、良かった。ふう、と深呼吸にも似たため息を吐く私に、音羽くんが振り返る。


「織紙」

「な、なに?」

「緊張しなくていいからな」

「え──う、うん!」


 私の手が震えているのを、見たのだろうか。そう言った音羽くんは、落ち着いた歩調で壇上に向かった。

 まだ胸はドキドキしているけれど、さっきよりは平気。なんば歩きにならないように、ゆっくり私も着いていった。


「えー……。僕たちの案は、名作ディナーショーです」


 普段は俺なのに、急に一人称の変わった音羽くん。それを祥子ちゃんが、クスッと笑う。

 ダメだよ、代表してやってくれてるのに。


「ディナーショーというのは、イメージしやすいように言っているだけで。要は名作の劇をやって、それを観ながらお茶を飲んでもらおうという話です」

「なんで名作? そういうのは演劇部とか、劇をやるクラスがやるんじゃない?」


 クラスメイトの一人が、音羽くんの息継ぎのタイミングで質問した。内容はその通りで、私たちもなにを見せるのか話す段階で考えたことだ。


「カフェとは、客商売です。客商売であるからには、お金をもらって、それに見合う物を提供しないといけません」

「普通に喋りなよ、話が入ってこない」


 あらら。聞き手から言われてしまった。でもここからの話は、昨日も理解しにくかった部分だ。そのほうがいいのかもしれない。


「え、そう? じゃあ──客商売には、滞在型と回転型があると思うんだよ。一人の客を長く居させて、たくさん買い物をしてもらうのと、たくさんの客をどんどん入れ替えるのな」


 マーケティングとかの領分になってくるお話らしい。音羽くんのお爺さんは、そういうことも勉強しておけと本を与えてくれていたそうだ。

 彼の部屋の本棚には、そういう本がたくさんあった。


「実際の商売の主流は、回転型。一人の客に時間を使って、結局ダメでしたっていうよりも、機会を増やしたほうがリスクも少ないからな」

「それじゃあ、案と反対じゃん」

「そうだ。だからやってみたいんだよ。たかがみたいに言いたくはないんだけど、文化祭の出し物だからさ。大赤字になったっていいわけだろ?

 それより、いま現実にみんながやってる方法とは違う形でうまくいったら、すごいと思わないか? 失敗してもなにも危険がない商売なんて、そうそう出来ないと思うんだよ」


 ひと息に言った音羽くんは、教卓を抱えるようにしてみんなを眺める。

 その間は、クラスメイトたちに「まあ、たしかになあ」「面白いかもね」と話し合わせる余裕を与えた。


「やるとなったとして、名作ってなにをやるんだ? あんまり大作だと、そっちにかかりきりになるぞ」

「それは──ここに居る、織紙に任せてくれ」


 呼ばれた。私は引きつるように息を吸いながら、音羽くんの隣に進み出る。なるべく胸を張って、顔を上げて。


 みんなの見る目には、どんな思いがこもっているんだろう。

 任せて大丈夫なのか。どんな風にする気なのか。

 そんな疑問ですらなく、こんなクラスメイトが居ただろうかみたいに思われているかもしれない。


 息が苦しい。丸まりそうになる背中を、どんと押す手が二つあった。振り返らなくても分かる。祥子ちゃんと純水ちゃん。

 がんばれって、言ってくれている。


「どう任されるの?」

「めめめ、名作って、色々あるんでしゅけど──どんな話? って聞かれたら、分からない物も多くないですか」


 噛んだ。でも立て直した。誰もそこを追求したりはしない。いける。私は最後まで、ちゃんと話せる。

 返事こそないけれど、みんな真面目に聞いてくれている。


「そんなお話をピックアップして、二十分くらいのお話を、十作くらい作ったらどうかなと思います。あ──要約したシナリオは、私が書きます」

「なんの作品にするかはまた決めないとだけど、セットとかは雰囲気が分かる程度でいいと思うんだ。衣装も日本の話と洋風の話とで分かれるけど、使い回しは出来る」


 足らなかった説明を音羽くんが言ってくれた。あとの三人は、昨日作った資料を広げてくれている。

 和なら和。洋なら洋で、それぞれの中には配役の差異がそれほどないことを示した物だ。


「面白そうだな」

「でもシナリオが難しそうね」

「出来んの?」


 当然の疑問だ。私がやると言って、出来なかったら、ごめんなさいでは済まない。

 やったとしても、それがつまらない物だったら意味がない。

 でも──。


「やります。私が必ず、責任を持って、みんなが面白いと思ってくれるお話にします」

「織紙は、昨日もそう言ってくれたんだ。俺たちもがんばるし、みんなが手伝ってくれたらきっと出来る。だから、やらせてほしい」


 音羽くんが言ってくれている間に、制限時間が来た。みんなざわざわと話している中を撤収して、私たちは席に戻る。


「それでは多数決を取ります。その前に、追加で質問や意見はありませんか?」


 発言はなく、挙手で多数決が取られる。発表順に。

 緊張が解けて、破裂しそうに思える胸を押さえて、私も手を上げた。もちろん自分たちに。


 ──結果は。

 クラスの全員が、私たちの案に賛成してくれていた。


「正の字を書く手間もなくて、助かる」


 やることがなくて、板書係をしてくれていた三島先生が言う。それに笑ったみんなが、そのまま拍手をしてくれた。


「なにをやるか、ちゃっちゃと決めてくれよ!」

「なんでも言ってね!」

「コトちゃん、がんばって!」


 たぶん、私はちゃんと話したこともない人たちが。私たちを、私のことも、名指しで励ましてくれる。


 嬉しいなあ……今までこんなこと、なかったのに。

 純水ちゃんと、祥子ちゃん。二人が仲良くしてくれて、親友とまで思えるようになって。

 早瀬くんや詩織さんも、親しくしてくれて。

 音羽くんは、なにかと助けてまでくれる。


 いいことって、続くものなんだな……。

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