第50話:私の作戦
次の日の私は、やる気に溢れていた。どうしたって、純水ちゃんと祥子ちゃんを仲直りさせるんだって。
もちろんそれと同じくらいの、不安もある。どの口がそんなことを言うんだとか、やっぱり余計なことじゃないのかとか。
心の天秤が激しく揺れる中、いつものように教室へ一番乗り。
今日は純水ちゃんも来られるんだろうか。昨日の様子だと、体調が戻っても来ない気はする。
二人がいつも来る時間になっても、どちらも来なかった。
それは想定外だ。まさか、なんて言ったら悪いけれど。祥子ちゃんも来ないなんて、予想していなかった。
このままでは、音羽くんと相談した作戦が失敗してしまうかもしれない。まず第一にもう一度、二人それぞれと話したかった。
やきもきしていると、チャイムの鳴る直前に祥子ちゃんはやって来た。バスに遅れたのか、バスを遅らせたのか。
「コトちゃん、おはよー」
「お、おはよう」
話している時間もないので、祥子ちゃんはそのまま自分の席に向かう。いつも通りあいさつをしてくれたけれど、心なしか元気がないように見える。
すぐにチャイムが鳴って、三島先生が教室に入る。「出席を取るぞー」と、いつも通り、変わりない。祥子ちゃんの話では、昨日のお土産と見えたのがプレゼントだそうだけれど。なにも意識していないのかな。
もしかしたら先生からすると、またかというようなことなのかもしれない。意識するようなレベルの話では、ないのかもしれない。
そうだとしたら、純水ちゃんに取ってはいいことになるんだろう。でも祥子ちゃんの気持ちを思うと、悲しくなる。
授業が始まって、終わって、合間の小休憩で話せるようなことじゃない。
祥子ちゃんも、私のところへ来ようとはしなかった。まあこれはそもそも、いつも私と一緒にいるわけではないのだけれど。
お昼前の授業が終わって、ようやく話せると思った。でもその授業は三島先生で、先に祥子ちゃんへ声がかかった。
ああ、そうか──と、また想定外に驚いた。でも仕方がない。
「天海、ちょっと来てくれるか」
「はーい」
三島先生は担任だから、生徒を呼び出したって不思議ではない。でも進路相談とかもほとんどない一年生で、一人だけが呼び出される。
あまりいい話だとは思わないのが、普通だろう。
「祥子どーしたのー」
「さあ、なんだろー。どの悪事がばれたのやらー」
クラスメイトたちに声をかけられながら、先生に着いていく祥子ちゃん。やっぱりいつも通りで、みんなもちょっと笑ったりなんかしている。
祥子ちゃんが教室に戻ってきたのは、お昼の休憩が終わるチャイムと同時だった。
「遅かったねー」
「先生にパンを奢らせた!」
「えー、ずるいー」
右手でブイを作って、祥子ちゃんは言う。その様子から、悪い話ではなかったんだなとみんなは判断したらしい。
私にもそう見えたし、たぶん元々そういう話ではないと私は知っている。
「祥子ちゃん、一緒に帰っていいかな」
「いいよー。でもお手伝いは?」
「あるよ。でも途中まで、ね」
結局、祥子ちゃんと話せたのは放課後になってからだ。
不自然といえば不自然だったと思う。私は自転車通学で、祥子ちゃんはバス通学。昨日みたいにどこかに行くのでなければ、一緒に帰るなんてバス停までになってしまう。
それをバス停まででなく、途中までと私は言った。なにを意図しているのかはっきり分からなくても、時間が欲しいと言っているのは伝わったと思う。
「分かったー、途中までね」
通っている学校の周りは住宅地で、ちょっと寄ろうかなんていうお店はない。祥子ちゃんの帰る方向に、バス路線を歩きながら話せばいいかなと思っていた。
でもそちらに歩こうとすると「おとはに行くんでしょ?」と、祥子ちゃんは私の帰る方向に歩きだした。
「いいの?」
「平気だよー、パスピーあるし」
バスや電車に乗るときに使う、チャージ式のカード。私は持ったことがないので、よく分からない。
でもそこを詳しく聞いている場合では、ないのだろうなと思う。悪いなと気が引けるのをなんとか押さえ込んで、ようやく話し始めた。
「ごめんね、昨日は」
「え? なんでコトちゃんが謝るの?」
「私が誘ったし──」
まずは小手調べ。昨日のことをどう思っているのか、聞いてみる。
「そんなの関係ないよー。悪いのは、あーちゃん。せっかくコトちゃんが、お見舞いに行ったのに。でも調子悪かったんだから、しょうがないよねー」
「ううん、私は別に。でも本当に調子が悪いみたいだったね」
そうだねー。と、祥子ちゃんは苦笑する。昨日の純水ちゃんの態度は、あくまで体調のせいだったと思っている、のかな。
「そういえば、三島先生はどうだったの?」
「三島先生?」
「お昼に呼ばれてたから」
また、苦笑。向かっている西の空をちょっと見上げるように「あー」と、そんなこともあったねみたいな返事。
「あーあ!」
「──どうしたの?」
そのまま繋げて、祥子ちゃんは大きく声を張った。伸びでもしたいのか、腰を回して運動しているのか、体勢に落ち着きがない。
「振られちゃったよー」
「え──ええと、やんわりと断られたの?」
「ううん。もうね、なんていうの。やあっ! って感じ?」
祥子ちゃんの手は、目の前の空を切る。ばっさりと、無残に断られたということだろうか。
「俺は教師だから、これは受け取れない。天海のことを好きとか嫌いとか、語っちゃいけないんだ」
微妙に似ている三島先生の物真似の最後に「だって」と付け加えられた。ネクタイと、同封していた手紙とも突き返されたと。
「そっか、残念だったね……」
「成人してからまだそんな寝言を覚えていたら、また出直してこいとも言われた。脈がゼロじゃないって言いたかったのかな」
「うーん、そういうことになるのかな」
いつもの弾けるような。もとへ、弾けきったような、祥子ちゃんの笑みではなかった。
いひひと照れ笑いのようなものが続いて、時間を経るごとにそれがごまかしだと感じられる。
「じゃあ、それまで待つの?」
「待たないよー。そんなの、テンプレじゃん」
「て、てんぷれ?」
──ああ、テンプレートのことか。こんな文脈で出てくる言葉だとは思わなかった。聞き返してしまったけれど、祥子ちゃんは意識していないみたい。
「で、コトちゃんはなに?」
「え?」
「うちに、なにかあるんでしょ? 聞きたいことか、言いたいことか知らないけど」
祥子ちゃんは、いつも突然だ。のめりこむタイプだからか、熱くなりやすいタイプだからか、お話が一足飛びになることが多い。
でも今のその目は、冷静に私を観察する目だった。
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