第38話:もてる祥子、もてあます悩み

 純水ちゃんに呼び出されて、見たことを説明した。個人名は出さずに、知り合いのAさんとBさんとして。

 でもBさんである祥子ちゃんと一緒に居たのが、お兄ちゃんであることは隠さなかった。


「つまり片思いのAさんがショックを受けて、一緒に居た言乃ちゃんを置いて帰っちゃったんだ?」

「そうなんです……」


 詩織さんはこめかみの辺りに指先を当てて、「あーー」と嘆くような素振りをした。

 なにかまずいことを言ってしまっただろうか。

 純水ちゃんや祥子ちゃんのことだと察せられては困るし、そうでなくともどちらかを非難するようなことを言われても、どう受け止めていいか分からない。


「多分だけど、Bさんは結構もてるタイプ? 男の子にっていうより、友だちがいっぱい居るとか」

「そうですね、たくさん居るみたいです」

「やっぱりねー。そうなるよねー」


 詩織さんはとても納得したというように頷くけれど、私はさっぱり分からない。

 分かって当然なのかな?

 前までの私なら、ここで「ああ私にそういうのは、やっぱり無理だ」と諦めてしまっていたと思う。

 でも今はそうしなかった。そう考えてしまったのは否定出来ないけれど、私は負けなかった。


「なにがやっぱりなんですか? 教えてください」

「え? ああ、伝わらなかった? ごめんね」


 詩織さんは私の問いに、面倒そうな顔をしなかった。それどころか可愛く手を合わせてすまなそうに、ごめんねと謝ってくれさえした。

 一歩踏み出したら、それにきちんと答えてもらえる。たぶんみんな、普通にしていることなんだろう。でも私には、人生で初めての発見くらいに感じられた。


「Aさんは片思いで、たまたま見かけたBさんの行動が気になって、一人で見てるのが不安だから言乃ちゃんを呼び出したわけでしょ?」

「うーん、そうとは聞いてませんけど。そんなところだとは思います」

「だよね」


 そうか、不安になってたんだ。それで私を呼び出してくれたんだ。

 その二つは、分かっていた事実ではあった。でも詩織さんから、自分でない人の口からそう言われると、不安になった純水ちゃんが私を頼ってくれたんだと、その意味が心に伝わってきた。

 間違いなく今も落ち込んでいる純水ちゃんには申しわけないけれど、そのことには思わず嬉しさを感じてしまう。


「Bさんには悪気はないんだよ。いや元々、悪くないんだけどね。自分と誰かが一緒に居ることに、それほど意味を感じてないんだね」

「意味──お友だちとかに価値がないってことですか?」


 もしそうだとしたら、とても辛い。


「違う違う。誰かと一緒に居るのを見た人が、例えばAさんみたいに妬いちゃうとか。そういう可能性があるとも思ってないんじゃないかなって」

「うーん……自分に価値がないと思ってるってことですね。人にそんなことを思ってもらうなんて、あり得ないと」

「え──そんな自虐的な人が居るの?」


 ちょっと引き気味に驚いた詩織さんの反応に、今度は私がショックを受けた。

 私ならそう考えるけれど、ああ祥子ちゃんも私と同じなのかと納得しかけていたのに。


「じゃなくてね。誰が誰と居てもそれは自由で、誰に見られたところで、それほど特別なことを考えるとは思ってないってこと」

「ええと……ああ、はい。理解しました」


 ちょっと難しかったけれど、詩織さんの言った意味は分かった。

 そんな感性を持てることや、その上でどんなことを考えるかは分からなかったけれど。


「だから不用心っていうか、Aさんの気持ちにも全然気付いてないだろうと思うよ」

「そうですね、そこはそうだと思います」


 一息吐くためか、単に喉が乾いたのか、詩織さんはミックスジュースをごくごく飲んだ。

 まだ半分以上は残っていたのに、二割くらいになってしまった。


「お兄さんのことはね、なんだろうね。お兄さんの物を見てたっていうなら、デートなんだろうし。でも実際のとこは、聞いてみないと分からないよね」

「そうですね……」


 純水ちゃんのことがなければ、お兄ちゃんが誰とお付き合いしても構わない。祥子ちゃんに対しても同じだ。

 あ──よほど変な人だと思ったら、少しくらいはなにか言うかもしれないけれど。


「ね。Aさんて、優人も知ってるの?」

「はい、知ってますよ」

「じゃあさ、優人に聞いてみたら?」

「ええ? 音羽くんにですか?」


 どうしてここで、音羽くんが出てくるんだろう。

 まさか実は、恋愛に関してならなんでも来いのカウンセラーを営んでいるとか──は、あり得ないし。

 さすがの私も、そこまで無謀な期待を音羽くんに背負わせない。


「優人って、意外とそういうところに気がつくの。私と浩太が付き合うことになったのもね、実はまだ言ってないの」

「ええ? でも普通に接してた気がしますけど」

「そう、浩太も言ってないって。なのに、いつの間にか察してたのよね。花火大会とかイベントも、二人で行ってこいって言うようになってさ」


 そんな風に出来るなんて、大人だなと思った。でもやっぱり、そんな状態になるのは寂しいとも思った。

 両方をうまく行かせるのは難しいのだろうと思いはするけれど、悲しく思うのを否定出来なかった。


「まあ、だまされたと思って聞いてみてよ。なにも解決しなくても、損はしないんだし」

「ええと、そうですね──」


 相談、したほうがいいのかな……。


 今の私には、なにかと相談出来る人が何人も居る。祥子ちゃんに、純水ちゃんに、お兄ちゃん。それから今、詩織さんにも。


 でもこの中のほとんどの名前が相談したい中身に関わっていて、残るは音羽くんだけだった。

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