第二章 真っ赤な嘘

2日目②~3日目① ミッシングリンク

第一話 暗中もがく

「ふざけるな!」


 頭の中を蹂躙する赤黒い感情の奔流。怒りに任せ吠える僕は、腕を組みながら冷たい目でこちらを見つめてくる金淵カタメに荒い言葉をぶつける。


「落ち着いてよ、テイシ!」


 僕は今、ものすごい形相をしていることだろう。腕に触れ僕を止めようとする赤富士マコの言葉も今回ばかりは聞くわけにはいかない。振動感知式の爆弾でも見つめるような周囲から注ぐ僕への視線も今だけは無視する。


「マコを牢屋に閉じ込めるだと!? そんなこと許すわけがないだろ!」


 あらん限りの力で否定する。マコが人殺しだなんて、そんなことはありえないんだ。




「テイシ。許す、許さないと言ったお前の主観は聞いていない。議論に必要なのは客観的事実だ。皆で生き残るにはどうするか。この局面でそれ以上に大事な議題があるはずもないだろう」


 あふれ出す感情のままに叫ぶ僕に、侮蔑した表情を浮かべるカタメ。必死な表情で僕を止めるマコに、遠巻きに様子をうかがう他の面々。

 マコを牢屋に閉じ込めるだと? どうしてそんな意見になってしまうんだ。歯噛みしながら僕はカタメへの反論を探すため、この状況に至るまでの経緯を思い返す。




6月22日 19 :23 〔大部屋〕


 広がるのは陰鬱とした空気であった。

 広間に集まった八人の人間が浮かべる表情は一様に暗い……そう、八人。ここにいる人間はすでに八人だけなのだ。二つの椅子の空席を見て僕は顔を伏せる。



 寝ている間に館へと連れてこられ監禁された僕ら十人。首には鋭い刃が飛び出す仕組みが組み込まれた首輪をはめられ、僕らの命を狙うこの事件の首謀者であるクビという存在が僕らの中に潜んでいるという最悪の状況。


 死の恐怖の中で僕らは館からの全員生還を目指して行動した。互いに協力し、疑い合い、神経をすり減らしながらクビへの警戒を続けてきた。全員が仲間として協力すれば必ず生き残れると信じてきたんだ。


 目を閉じれば僕の脳裏に浮かぶ二人の姿。ウツミはひどく気だるげで、ヨイトは相変わらずの勝気の笑みを浮かべている。


 ウツミは死んだ。導線の露出した電源コードに触れてしまい、電気に体を焼かれて。

 ヨイトも死んだ。僕らからクビと糾弾され失意の中、首輪からせり出した刃によって首を刎ねられて。


 二人の死を前に僕らは何もできなかった。それどころかヨイトをクビとして糾弾し、処刑へと追い込んでしまったのだ。僕らの中に潜むクビはきっとこの状況にほくそ笑んでいるのだろう。クビの代わりに僕らの前に立つ犬の人形。感情の乗らない合成音声による笑い声が頭の中にむなしく響いてくる。


 残った皆で生き残る。最悪の状況の中にあって僕らを動かすのはもはやそのわずかな希望のみであった。ぎりぎりその形を保つ蜘蛛の糸。生を掴むべく僕ら八人は再び広間へと集まったのだった。クビへの対抗手段を考え、また前へと進むために。




「今回のヨイトさんの件は非常に残念なことでした」


 広間に集まった皆が顔を伏せる中、この場では最年長である白城マモルが沈痛な表情を浮かべ、口を開いた。

 声はよく聞かずとも震えており、僕達同様マモルにとっても先の事件の衝撃は軽くなかったことがうかがえる。


「クソが! 結局俺たちはただクビに殺されるのを黙って待ってるしかないのかよ」


 上がる怒号は弱弱しくて。声を上げた橙蝶ジンケンはその強面の顔に似合わず声を上ずらせ、怯えた様子を見せている。掛けるサングラスの下ではきっと悲痛な表情を浮かべているのだろう。場に漂う重い空気が僕らの心を締め付ける。行き場のない不安が広間の中を吹き荒れていた。


 処刑されたヨイトの死体はジンケン、カタメにより霊安室へと運ばれた。血で汚れた床のカーペットはその部分が取り除かれ、今はフローリングの木目が覗いている。壁や天井にも拭き取られた赤い染みの跡がそこかしこに見受けられる。周囲を見回せば昨日からの疲れが残っているのだろう。初日に顔を合わせた時よりも皆の顔はやつれて見える。

 それでも今回こうして僕らは話し合いのために集まったのだ。クビが生存している以上、こちらが何もせずに手をこまねいていればクビに殺してくれと言っているような物だろう。

 生き残るため、辛くても今は進むしかないのだ。




「駄犬どもが。お前たちは何をそんなに怯えている」


 集まる皆に向け放たれた冷たい言葉に、場の視線が一人の男へと向かう。発言者であるカタメは、怜悧な目で僕らを見つめたかと思うと、皆の反応を嘲笑するように口角をあげる。


「はあ? クビは俺たちの中に潜んでいて、俺達を殺そうとしているんだぞ。警戒して何が悪いっていうんだよ」


 反発するジンケンに当のカタメは涼しい表情である。取り出したハンカチで眼鏡のレンズの表面を拭きながら言葉を続ける。


「ふっ。この状況のどこに怯える必要がある? クビが俺達の中に潜んでいるだと? これが潜んでいるといえるのなら俺は小細工なしに米軍基地にでも潜入できるのだろうな」


「おい。根拠もなくそんなこと言うのなら、黙ってろよ」


「頭の空っぽな奴ほどよく吠えるものだ。俺が自身の心証を悪くしかねない発言を思いつきで発するわけがないだろう」


 先の議論中も証拠に則った弁を振るっていたカタメ。彼は論拠もなく発言するような性格ではなく、彼が言うからには何かその発言を裏打ちする事実があるのだろう……そして、その事実が僕の想像する通りのものだとすれば。

 僕は赤黒く染まっていく自身の感情を隠すように下を向いた。



「俺の言う根拠。おそらく気付いていてあえて口にしていない者もいるだろうから俺がわざわざ皆と情報を共有しようじゃないかというわけだ。お前たちも忘れたわけではないだろう。先の議論で確定した事項は二つ。一つは、クビとして犯行が可能だった人物はヨイトともう一人の人物しかいなかったということ。一つは、ポリス君の発言からヨイトはクビではないということ」


 カタメの言葉が切れる。カタメの怜悧な視線が僕へと、いや。僕の隣にいる人物へと向かう。


「はあ? それってつまり、どういうことだ?」


「今、ハンカチが俺の手のどちらかに握られているとする。そして今俺の右手にはハンカチは無い。ならハンカチがあるのは、そう。左手だ」


 ハンカチを握りこみ、右手から順に手を開いて見せるカタメ。わざわざ婉曲的な表現を用いるカタメに僕は気づけば歯ぎしりをしていた。先の議論でクビ候補として挙がっていた人物、それは。


「ヨイトと共に名前が挙がっていた人物、それはマコ。お前だったよな?」


「えっ!? うん。確かにそうだけど」


「マコはクビじゃない!」


 カタメに指摘されたマコの名前。僕は反射的にそれを否定する。


「テイシ。邪魔をするだけなら黙っていろ。これは先の議論で出た結論だ。クビ候補として挙がっていたのがマコとヨイトで、ヨイトはクビでは無かった。これに反論するなら他にウツミ殺しが可能だった人物を挙げるしかないわけだが、お前がその人物を挙げることができるとは思えないが」


「くっ」


 宣言するようなカタメの言葉に僕は意識が眩むのを感じる。先の議論ではあれだけ話し合ってクビの候補者は挙がらなかったんだ。今、とっさにその可能性を見出すことは僕には不可能だろう。マコがクビだなんてありえないのに。俺は上手く回らない頭に歯噛みしながら必死で反論の言葉を探す。



「マコはさっきの議論で他の人の無実を晴らすため全力で戦ったんだ。そんなマコがクビであるはずが」


「狡猾な人間であれば、どう振舞えば自分が疑われないか理解しているはずだ。人のことを庇うなどその典型例だと思うが?」


「でも! マコは自分が疑われた時ですら人を貶めようとはしなかった」


「テイシ。問題のすげ替えはやめろ。今いる八人の中でマコ以外に犯行が可能な人物はいなかった。その事実がある以上、俺達はマコをクビだと断ぜざるをえない」


「なっ、でも。だからそれは」


「これ以上は時間の無駄だろう。何も命を取ろうというわけではないんだ。そうだな。30日の期限が過ぎるまで牢屋で隔離する。寝食も制限することは無し。これでどうだ? そんなに心配ならテイシ。お前が見張りとしてマコについていればいいだろう」


「っ!?」


 カタメの言葉に、僕は言葉を継ぐことが出来ない。マコしかクビ足り得ないという議会の結論を崩すことができないのだ。

 だが、その結論が間違っているというのは僕が一番知っているんだ。今ここでマコが閉じ込められれば次にクビの標的となるのは……


「テイシ、もういいよ。ありがとう」


 横から掛けられた、トーンを落とした声。僕が顔を向ければ、マコはいつもの、いやいつも以上に優しく笑っていた。


「でも、マコ。牢屋に閉じ込められたらいざというとき」


「ううん。それならいざというときが起こらないようにする方が大切だよ。皆で生き残る。私達、約束したでしょ?」


「……」


 マコの決意に僕は押し黙るしかなかった。僕は冷静になった頭で考える。

 皆で生き残る。確かにそれができれば一番いいのだろう。今、無理に僕の意見を通せば場が混乱することは目に見えている。そうなれば混乱は捌け口を求め、危うい立場にいるマコへと襲い掛かるかもしれない。


「分かった。ただし牢屋の見張りから僕は外れないからな」


「どのみち見張りはいるんだ、好きにしろ。そうなると牢屋の鍵の管理にもう一人見張りが欲しいところだな」


「なら、私が引き受けましょう。鍵は先ほどジンケンさんから受け取り、私が預かっていますから」


「マモルか。いいだろう。他の者も異論はないか?」


 カタメの問いかけに場から反論は出なかった。僕はマコ、そしてマモルと共に部屋を出る。


「マコ、大丈夫か?」


「うん。平気だよ。なんたって私にはテイシが付いているからね!」


 マコの笑顔に僕はあいまいな笑みを返すことしかできない。全てはクビの手から皆で生き残るためだ、と僕は気持ちを切り替え、重い足取りを何とか引きずりながら牢屋を目指すのだった。


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