第三十話+ きやすめエピローグ
*
6月22日 13:05 〔大広間〕
「くそがっ!」
蹴られた椅子が傾き、倒れる。蹴った側であるジンケンは、その蹴り足を睨みつけ、粗暴な行動を謝ることもせず再び黙する。
場を支配するのは沈黙。あきらめの蔓延する部屋の中で、ジンケンの行動を器物損壊禁止のルールに抵触する危険があると、咎める者はいなかった。
「いったい、いつまでこんなこと続ければいいんだよ」
「うるさいぞ、駄犬が。余計に気が滅入るだろ。少しは黙っていられないのか」
ジンケンのため息に、カタメの苦言が重なる。けれどもそのカタメの言葉にもいつものとげとげしさはなく、かろうじて声を発しているかのような弱弱しさが感じ取れた。
「そうはいってもよ、こんなの黙っていられるかよ! 投票で、この生活は終わらなかったんだぜ! つまりは」
「
確信を突く探偵シラベの言葉。かくいう彼女の声にも覇気はない。それは当然のことだろう。
ジンケンは言う。生活はまだ終わっていないと。
シラベは言う。クビはまだ僕たちの中に潜んでいると。
そしてぬいぐるみは、あの処刑の場で僕たちに向け言ったのだ。
『あひゃひゃ。貴様ら方の推理はハズレもハズレ、大ハズレ! クビはまだ、貴様ら方の中に潜んでいるのでありますよ!』
すべてが間違っていた。すべてが無意味だったのだ。
重ねてきた議論も、クビとされたヨイトの死も、集めた証拠も、証言も。全て。
クビは僕らの中に潜み、僕らと議論を交わし、そして僕らの姿を見てひとり笑っていたのだ。誤った方向へと進んでいく議論に。無為に散っていく参加者の命に。
「こんなん納得できるかよ!」
「ジンケンさん、落ち着いてください」
暴れるジンケンをデンシが優しい笑顔で嗜める。けれども二人の顔にも疲労の色が浮かんでいる。
状況は最悪であった。
ヨイトの死から7時間。その間憔悴しきった僕らは見張りをかって出てくれたマモル、コロを残し浅い眠りについた。だが、寝たからと言って気力が戻るはずもない。むしろ、精神が落ち着いたことで現実が現実として僕らの心にのしかかってくる。目覚めたばかりの僕らでも現実の恐怖が分からないほど寝ぼけてはいない。
怯えは恐怖を生み、恐怖は周囲への敵意と変わる。皆の間で芽生えた疑心はもう摘み取ることのできないほど大きく育ってしまっていた。
「みんな、もう、止めてよ。参加者同士で争うなんておかしいよ」
「なら黙って殺されるのを待ってろっていうのかよ!? 俺は御免だぜ。こんな仲良しごっこはここでしめえだ!」
和を訴えるマコの声に力はなく、ジンケンの言葉からはすでに歯止めが失われている。怯えから、弱者は吠える。恐怖は皆に伝染し、場を包み込んでいく。
「ジンケン、落ち着け。ここで和を乱すことがどれだけ愚行であるか。お前でも分かるだろ」
「うるせえ。俺はもう限界なんだよ! クビは今もこの状況を見て内心ほくそ笑んでやがるんだろ!? そんなやつの前で俺はいつまで道化を演じていれば、いいんだ。なんで人が死ぬんだよ。目の前で、人が死んだんだぞ。なのに、それなのに。なんで、俺は死を前に悲しめないんだよ!」
たまった恐れがジンケンの口から噴き出す。
その叫びは場にいるもの達、皆の代弁であったのだろう。その叫びをもはやとどめる者は現れない。
「人が死んだんだぞ、目の前で。なのに俺は内心ホッとしちまった。これでこの生活が終わるんだ。自分は死なずに済むんだ。そう思っちまった。俺はよお、今までいろいろやんちゃはしてきたさ。だけどよお、自分の心には正直で生きてきたんだよ。どうしようもねえ俺には、誇れるところがそこしかなかった。だけど、だけどよお。もう、こんなんじゃ俺は、俺の心も信じられねえ! 周りの奴らはクビかもしれねえ。命の保証もねえ! こんなん、こんなの。俺だって皆でまとまったほうが得だとか、そんなことは分かってんだよ! でも、その言葉も信じらんねえ。もう、何を信じたらいいかなんて分からねえんだ!」
支離滅裂なジンケンの言。言動は粗暴で、めちゃくちゃで。だけど、だからこそその言葉は、今の僕たちの精神状態を端的に表していると言えた。
誰も信用できず、自分で状況を打破することもできず。周囲からは疑いの目が注ぎ、殺意が潜む。そんな最悪の環境で、ようやく手にした一筋の光明すらも嘘だと突き放されたのだ。
皆で、自分で信じたその議論結果すら否定されたのなら、僕らはいったい何を信じられるというのだろうか。議論の結果が全て無駄だというのなら、僕らはこれから何を目指して進めばいいというのだろうか。
そんなもの、僕だって……
「何も信じられない、本当にそうでしょうか。そんなことはない、と。私はそう思うのです」
凛とした声が響く。
「はあ? デンシ。そんな気休めはいらねえんだが」
「気休めなんかではありませんよ。今までの歩みは無駄じゃなかった。私はそう言いたいのです」
柔和な笑みを浮かべたデンシの姿。そこから発せられたはっきりとした優しい声に僕らは顔を自然と上げていた。
「議論結果は誤りだった。それは間違いありません。ですが、その過程で築き上げてきたすべてが無駄になるわけでもないのです。議論過程で得た事実。間違っていたのはその中のほんの一部のはずです。そしてそれ以外の情報は必ずクビを追い詰める材料になるはず。皆さん、まだあきらめるには早いですよ」
デンシにより紡がれるのは確かな口調。それが僕らへと届く。
「そんなこと言ったってよお。どのみちこの中の誰かが次に殺されるんだぜ?」
「探偵である私も結論を間違えさせられたのです。次の議論でクビを特定できるという保証もありませんよね?」
ジンケンの言。確かに殺される危険が去るはずもない。僕らは常に命を狙われているのだ。
シラベの言。狡猾なクビは次も周到な計画を立てて襲ってくることだろう。当然今回のように結論を誤るかもしれない。
「だからこそ、あきらめるべきではないのです」
折れないデンシの言は、僕らの心を揺らす。
「私たちが事態解決をあきらめた瞬間、クビを止めることは不可能になります。大事なのは皆で団結する事です」
「ふっ。まだそんな戯言を言うのか。今回の事で分かっただろ。クビは俺たちの中に潜んでいる。そんな中、皆で団結など初めからできるわけが無かったのだ。」
カタメの言。クビを制するためにはそれぞれが疑い合い、けん制し合うべきだという主張。
「いいえ。人の心は弱い物です。支えを失えば、必ず崩れてしまう。一人混じったクビのために他の皆まで疑い合うのは良くありません。こういう時こそ、皆で支え合い、団結する。それこそがクビに対する唯一の対抗手段となるはずです」
デンシはどの言葉を受けても、それに優しく答えていった。
「デンシさん。どうして。どうしてそこまで皆を信じられるんですか?」
そして漏れ出す僕の苦悩。
一度はクビとして断じられ、処刑までされ掛けたデンシ。その彼女が今、皆に団結を訴えている。どうしてそこまで強くいられる? どうして疑われた身である彼女はそこまで他人を信じられるのだ?
「それはテイシさん、そしてマコさん。あなた達が私を助けてくれたからですよ」
「へ?」
デンシはそう言うと僕らに笑顔を向ける。こともなげに放たれたデンシの答えに僕はあっけにとられてしまう。
「議論中、私はクビとして糾弾されました。自身の潔白を証明できる証拠もなく、無罪を主張する言葉も尽き。私はあの時、もうあきらめていました。ですが、マコさんが私を信じてくれました。テイシさんが別の可能性を示してくれました。マコさんがクビとして疑われるかもしれないそんなリスクを負ってまで皆さんに私がクビでない可能性を示してくれたのです」
「いや、それは。僕しか知らない事実があったからで」
「いいえ。あなた方はあの時、私を見捨てることもできました。でもそれをしなかった。それはあなたたちがあなたたち自身の考えを信じたからです。そうしてくれたから私は今、ここにいる。ヨイトさんの死は残念ですが、ヨイトさんも私たちを信じてくれていれば議論の結果もきっと違うものだったでしょう。だから私は信じるのです。皆での協調こそ私たちがとるべき道なのだと」
デンシの語り。それは今の僕にとっては、とてもまぶしくて。
気づけば僕の目からは涙があふれていた。
そう、すべてが無駄ではなかったのだ。こうして皆を励ますデンシの姿に僕は、彼女の命を救えた事実に気付く。隣を見ればマコが僕の顔を見上げていた。
「テイシ。私達、間違ってなかったのかな?」
「それは、わからないよ」
議論の結果は誤りだった。でも、僕らの今までの行動すべてが間違いだったのか。それは。
「でも、だからこそ。僕は自分の選択を、自分のことを信じるべきなんだ」
後悔をしないわけじゃない。誤りに対し自省は必ず必要だ。だけど、今は前に進むため僕は僕のことを信じるんだ。過去、マコを救った選択を後悔しないために。そして、これから自分の選び取る回答を後悔しないために。
今は空元気だっていい。自信に根拠なんていらない。
マコを、自分を。そして皆で生き残るため、僕は前を向く。
*
第一回 仮創火葬(クリエイト・クレメート)
参加者 10人 → 8人
犠牲者 紫煙 ウツミ
クビ投票結果 灰島ヨイト 7票 黒日テイシ 1票 不明・無効票 1票
→ 処刑:灰島ヨイト
クビ正誤判定 → MISS
第一章 キミヲボクガ ミナヲワタシガ BAD? END
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