第十五話 あしばやルールブック
*
6月22日 02:10 〔食堂〕
「ダメです。蘇生しません。ウツミさんは、もう」
心臓マッサージを続けていた黄葉デンシの手が止まる。紫煙ウツミは仰向けのまま。眉一つ動くことはない。
改めて死体と断定されたウツミの体を前に僕らは沈黙する。
『あひゃひゃ、だから言っているでありましょう。発生したのは殺人事件でありますよ。どんな奇蹟が起きようと、一度死んだ人間は蘇らない。この原則が破れてしまえば世の中のミステリーが全部茶番に変わってしまうであります』
「黙れ」
『あひゃひゃ、テイシ君。本官、ここからが見せ場なのでありますよ。黙るわけないじゃないでありますか!』
嫌らしいぬいぐるみの笑い。僕の怒りにもひるむことなく、明らかに愉悦の混じった合成音声が場に響く。
ぬいぐるみにより突き付けられる死という現実。僕らはその事実に嫌でも向き合わなければならない。
参加者が死んだ。つまり次に行われるのは――犯人捜しである。
『では改めて、【刎ねるディスカッション】の開会を宣言するでありますよ!』
ぬいぐるみは高笑う。けれども当然、ぬいぐるみの言葉に乗るものはいない。
場を包む静寂の中、場違いなふざけた合成音声だけが食堂に流れている。
『ああ、もう。貴様ら方は立場を分かっているでありますか? このままだんまりを続けていればそのままクビの逃げ切りを許してしまうのでありますよ? それとももう一人、追加で犠牲者を出すでありますかな』
「皆さん。ここはポリス君の言に従いましょう」
白城マモルは最年長ゆえの責任感からだろうか。目を閉じながら、皆を促す。
ああ、わかっている。従わなければいけないことは分かっているさ。でも、だからこそ。どうしてクビの言いなりにならなければならないんだという思いがあふれ出してくる。
死んだウツミを前に、その死を憐れむ余裕もないのかと嘆きたくなるのだ。
「ちっ。仕方ない、か」
金淵カタメは舌打ちをし、顔を上げる。他の参加者も徐々にではあるが地に伏せるウツミの死体から視線を上げ、天井からぶら下がるモニターへと視線を向け始める。
『あひゃひゃ。やっと覚悟ができてきたようでありますな。というか、せっかくクビが頑張って事件を発生させたのでありますからこんなところでダラダラ進行している暇はないのでありますよ。何せ議会には制限時間があるでありますから』
「制限時間? つまり、僕らはその時間内にウツミの死の調査を行い、クビを特定しなければならないわけか?」
『テイシ君。その通りでありますよ。投票は今から二十四時間後まで。それまでに投票先を決めない不埒な輩は本官が直々に成敗してやるであります!』
警棒を振り回すポリス君。誰も投票しないまま時間経過してしまえばクビが次の犯行を行うことができない、ということだろう。
『あひゃひゃ。それでは、貴様ら方。存分に議論を交わして、クビを特定するでありますよ!』
「はあ? もうスタートすんのかよ。そんなもん。どうすりゃいいんだ?」
『ちょっと、ジンケン君!? ダラダラしている暇はないって、本官言ったでありましょう!? ああ、もう分かったでありますよ。本官が【議題】を提示するでありますから、貴様ら方はそれに沿って議論を進めていくであります!』
ポリス君を映したモニター。映像が乱れたかと思うと画面が切り替わる。
【議題:何を話し合うか決めよう!】
「ああ? 結局なんも決まってねえじゃねえか! なめんなよ」
「おい、ジンケン。場を乱すのもいい加減にしろ」
口調が荒くなり、暴走しだした橙蝶ジンケンを金淵カタメが嗜める。
「そして、貴様。茶番はいい加減しろ。人が死んでいるんだ。それを茶化す言動は俺が許さん」
『ありゃりゃ、カタメ君。そんな倫理観の強い性格でありましたっけ。まあ、安心するでありますよ。本官とて、議会中はなるべく邪魔はしないでありますし、むしろサポートに回る予定でありますから。まずは議会の説明を聞くでありますよ』
モニターを睨むカタメに、ぬいぐるみの声色は変わらない。
あきらめたのかカタメが視線を外すと、モニターからは再び合成音声が流れ出す。
『議会は三つのパートからなるのであります。』
『一つ目。まずは【フリートーク】。ここで現状出揃っている情報の確認、参加者同士の意識のすり合わせ、議題の決定を行うであります。今回は本官が議題を提示したでありますから、そのまま次に進むでありますよ』
『二つ目。ここが、【刎ねるディスカッション】パート。クビとして怪しい人を特定するのを目的に議題に沿って議論を進めるであります。怪しい人物が決まれば次のパートへ。議論が発展し、新しい議題が出れば引き続き議論を。議論が詰まった場合、調査を行い新たな証拠を探すか、フリートークで新たな議題を決めるでありますよ』
『そして三つ目。怪しい人物が見つかったら【バーサス議論】が勃発するであります。クビ候補となった者と、糾弾者が一対一で口論を繰り広げるのでありますよ。糾弾者が決定的な証言、証拠を提示しクビ候補が反論できなければ、投票へ。逆にクビ候補側が疑いを晴らすことに成功すればまた、振出しに戻るのであります』
『他のルールは説明した通り。ちょっと説明が長くなったでありますからテンポよくいきたいのでありますが、貴様ら方。何かご質問はあるでありますか?』
「一つ、いいですか?」
再びぬいぐるみが映し出された映像に切り替わったモニター。ポリス君からの質問を受け手が挙がる。それを見た僕は目を見張った。
『なんですかな、マコさん。質問ならお答えするでありますよ』
質問の主は僕の隣へと歩み出てきた幼馴染、赤富士マコであった。
「疑問に思ったのですが、被害者が自殺の場合、この議会はどういう扱いになるのですか?」
マコが語る疑問。僕は彼女の言を受け、首を傾げた。なぜ今その質問を?
『うーん、自殺者の扱いでありますか。そんなもったいない、もとい。そんな無意味なことを貴様ら方がするとは思えないでありますが。まあ、その場合はその自殺原因をクビが作ったということで結局クビが殺した。つまり、議会は通常通り開催されるでありますよ』
「そうですか。ありがとうございます」
そういうとマコは皆の方を向き直る。
「私、この事件の真相わかっちゃったかもしれません」
『ふーん、マコさん。真相が分かった……って、ええええええええええええええええええええええええええええええええ! マジでありますかあ!? まだ状況描写も完全には終えていない状態でありますよ。ここで解決編なんて始めてしまったらアンフェアどころかドラマとして破綻してしまうのであります!』
ぬいぐるみの絶叫。は、さておいて。僕らもマコの言葉に困惑する。
確信めいたマコの宣言に、僕は不安しか感じなかった。
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