第十話 つまはじきプラン

6月21日 20:38 〔牢屋〕


 目の前には鉄格子があった。それは今朝見たのと同じ、外と中の世界を隔てるための壁だ。

 けれども、僕は戸惑いを覚えることは無かった。ここに連れてこられた時とは違う。今回、僕が牢屋に入っているのは自業自得の結果であるからだ。




「テイシ。大丈夫?」


 牢屋の前にはマコが立っていた。

 こんな僕に心配そうに言葉を掛けてくれるマコに返す言葉を僕は持っていない。僕はマコに背を向けたまま一人ござの上で膝を抱えていた。


 刃物の所持。ヨイトにより暴かれた僕の罪は、否応なく僕の立場を追い立てた。

 マコの制止もむなしく、告発者であるヨイトの主導で僕は危険人物として牢屋につながれることになる。

 現在は広間の方で今後の僕の処遇を話し合っている頃だろう。マコは僕の監視役という呈で広間からは遠ざけられている。僕をかばったせいでマコの立場まで危うくなっていた。

 僕は自分の行動を振り返り、自分という存在のどうしようもなさに行き場のない憤りを覚えていた。


 少し考えればわかることなのだ。

 凶器の所持が禁止された時点で、潔く僕は包丁の所持をあきらめるべきだったのだ。この閉鎖空間でクビと対抗するにはそれ以外のメンバーで団結するしかない。そんなことは分かっていたはずなのに。


 包丁という目に見える強さを前に、いつの間にか僕はそれを懐にしまっていた。


 チェックリストを僕が作っている以上、誰にもばれるわけがないという浅慮。

 マコを守るという目的を前に、皆での協調という大前提を外してしまう視野狭窄。


 自身の過ちを自覚した今、それは後悔という形となり僕自身を自己嫌悪へと走らせる。どうして僕は、こんなにも弱いんだろう、と。




「マコ、ごめん」


 ようやく絞り出した謝罪の言葉は、けれどもそれは思っていた以上に弱々しい物で。僕は何とかマコの方を向く。




「うん。大丈夫だよ」


「マコ」


 そこにあったのはいつもと変わらないマコの笑顔。


「テイシの事だからみんなを守ろうとして、一人で抱え込んじゃったんだよね」


「……」


「私に相談してくれなかったのは、ちょっと寂しいけど。でも、きっとみんなも分かってくれるよ。今、みんなは広間でテイシをどう扱うか話し合ってるはずだけど、テイシに悪気はなかったんだってきっとわかってくれるって」


 マコの言葉を前に、僕はただ自身の弱さを悔いることしかできない。

 

 凶器の所持。マコを守るために必要なことだった、そう考えていた。けれども今、僕を見つめるマコの悲しげな顔を前にして自分の過ちを認めざるをえない。

 皆で団結する。それがこの状況に対し一番有効な手だと自分で分かっているはずだった。けれども、同時にマコを守れるのは自分だけだという思考にとらわれた僕は、皆を出し抜き、自分とマコだけが助かる道を求めてしまった。


 その結果、僕はマコを守る手段も、力も失ってしまったのだ。

 牢屋に入れられた今、僕は無力だ。有事の際に皆の元へ駆けつけることも、クビへと対抗するために行動することも許されない。それどころか、自分が皆の不和を招く現況を作ってしまっている。


 状況は最悪であった。



 おそらく僕はこの生活が終わるまでこの牢屋で軟禁されることとなるだろう。

 交代で見張りが付くことになるだろうが、武器も持たず逃げることも許されない。このザマでは僕はクビの恰好の餌食だ。

 だが抵抗もできない。もしここで僕が皆に反抗すれば、ただでさえ僕の知り合いということで危ういマコの立場を余計悪くしてしまう。

 マコを守るはずが、それどころか僕はマコにとってのお荷物となり果ててしまったのだ。


 そんな僕にマコの優しさが突き刺さる。押し殺していた感情が目から涙として流れ落ちる。


「ふあ!? テイシ、なんで泣いてるの!? ちょっと、私は大丈夫だよ」


 鉄格子の向こう側から掛けられるマコの声に、けれども僕は応えることはできない。支えを失い一度崩れ始めた精神は倒れるまで止まることを知らない。

 僕の目から流れ出した一筋の涙は、いつしかとめどなく零れ落ち、僕のスーツの袖を濡らしていく。


「ああ、もう。そんな、泣かないでよ。テイシが泣いたら、泣いちゃったら、私も」


 鉄格子の向こうから嗚咽が聞こえ出す。

 自身のカッコ悪い姿を自覚してなお、僕はすぐに立ち直ることはできないでいる。


 鉄格子を挟んだ僕らは二人、その心の内が叫ぶままにただ、涙を流していた。




「あら? お二人さん。ひどくやつれちゃってるけど、どうしたのかねぇ?」


 廊下につながる扉が開き、牢屋の前に僕をここに放り込んだ張本人であるヨイトが一人、現れる。ヨイトに付き添ってきていたマモルとデンシは扉の隙間からチラとこちらを一瞥するとそのまま出て行ってしまった。一瞬のことでその表情から僕へ抱く感情を推察することは出来なかった。

 僕が残る気力を振り絞り、ポケットの中の端末を取り出すと、そこには21:10と表示されている。


 約三十分。ここに閉じ込められてからそれだけの時間が経過した計算となる。すでに僕らは泣き止んでいたが、感情を爆発させた反動と、今日一日の緊張状態の影響からか僕らは二人、気力を使い果たしたかのようにただ座っていた。


 だが、これ以上無様をさらすわけにもいくまい。部屋に入ってきたのがヨイトであるというのならなおさら弱いところは見せられない。

 僕が顔を上げると、鉄格子にもたれかかり眠るマコの姿が目に入る。どうやら、マコは泣きはらしてそのまま眠りについてしまったようだ。




「もしかして、お邪魔だったかねぇ」


「ヨイト、一人で来たのか。何の用だ?」


 僕は何とか気持ちを奮い立たせ、ヨイトに警戒のまなざしを送る。




「そんな怖い顔で睨まねぇでよ、テイシ。ウチは皆で決めたあんたの処遇を伝えに来ただけなんだからねぇ」


「だったら、さっさとしてくれ。ヨイト。僕がなぜ怖い顔をしているのか、あなたならわかるだろ」


「けっ。あれだけ皆の前で醜態をさらしておいて、まだ凄む元気があるとはねぇ。まだ、いじめ方が甘かった?」


「ヨイト。僕は、無駄口は叩かないでくれと言っているんだ」


 僕は鉄格子を掴み、ヨイトを睨みつける。




「ははっ。ウチも嫌われたもんだよ。ただ、イカレ野郎が凶器を所持してたもんだからみんなの前でさらし者にしてやっただけだってぇのに」



 ぎりっ。鉄格子を握る手が痛む。ヨイトへの怒りがフツフツと湧いてくるが、何とかそれを抑え込もうと僕は口を結ぶ。


「ヨイト。あんたは何がしたいんだ?」


「うん? 前に言わなかったかい。ウチはウチのやれることをやっているだけだよ。ウチが生き残るために。事が起こってから後悔したくはねぇからねぇ」


 大げさに肩をすくめるヨイト。その吊り上がった口元とは裏腹に、彼女の目は僕を真っすぐととらえ、笑ってはいなかった。




「テイシ。あんた気絶ヤギって知ってるかい?」


「うん? 何だいきなり」


 訝しむ僕を他所に、ヨイトは話し始める。


「気絶ヤギっていうのはねぇ、家畜として飼われるヤギの一種で、ある特徴を持っている。大声とか、破裂音とか、とにかく驚くような事象が起こると、筋肉が硬直して動けなくなってしまうつうおもしれぇヤギなんだが、よく他のヒツジ等、別な家畜の群れに交じって一匹だけ飼われたりするんだと。そうするとな、もしコヨーテなんかの獣に群れが襲われたときに、真っ先にそのヤギが動けなくなるだろ。すると襲ってきた獣がそいつに食いついて、その間に他の家畜たちは安全なところまで逃げることができるつうわけだ」


 スケープゴート。僕の頭の中にその言葉がよぎる。


「つまり。群れを捕食者から生かすためには犠牲が必要だっつう、ありがた~い話なわけなんだが、ウチは考えるわけよ。このゲームにも気絶ヤギみたいなやつが居れば、ウチの生き残れる確率が上がるんじゃねぇかってな」


「それが、僕だと?」


「ああ。そうだねぇ。というか、考えてみな。ポリス君はウチ達が脱出するためにはクビを特定する必要があるって言ってたし、シラベ達は三十日間ここで生活する方法で脱出を目指しているみたいだけど、ルールを思い返してみればもう一つ、あるじゃねぇか。が生きて帰れる方法が」


「おい、まさか。ヨイト、お前」


 僕はヨイトの意図を図り青ざめる。


「ああ。そのまさかだろうねぇ。ここを脱出するためには玄関の電子ロックを開けなければならねぇわけ。そして、電子ロックが解除される条件は三つ。クビが死亡すること、共同生活開始時点から三十日が経過すること、そして、。だよねぇ、テイシ」


「ヨイト、お前自分が助かるために他を見殺しにするつもりなのか?」


 僕の言葉にヨイトは笑う。


「ははは。まあ、それも選択肢の一つだってぇことだよ。ウチだって犠牲が少ない方がいいさ。でもねぇ、その犠牲にウチが含まれる可能性があるなら、ウチは全力で回避するよ。それがたとえ、他のメンバーの命を危険にさらすことになるとしてもねぇ」


「そんなの、ダメだろ!?」


「皆に内緒で凶器を所持していたあんたがそれを語るのかい?」


「うっ」


 自身の体温が急激に下がるのを感じ、僕は鉄格子を握る力を強め、体を支える。


「悪に徹しきれないテイシのために、ウチが講釈を垂れてやろうじゃねぇか。シラベ達他のメンバーはねぇ、犠牲者を出さずにこのデスゲームを終わらせようとしているみたいだけど、それは絶対に無理っつう話だ」


「そんなこと、分からないだろ」


「分からない、かあ? バカかよ、おめぇは。クビがどんな手でウチらを狙ってくるか分からない以上、対策を立てるっつっても限度があるんだよ。いくらこの限られた館内が舞台だからって、監視の目を常に行きわたらせるなんてそれこそ今のテイシみたいに皆が独房に閉じこもってそのスペース内だけで生活するとか徹底でもしない限り、不可能なんだ」


「だからそれは皆で協力すれば……」


「輪を乱した張本人がよく言うぜ。まあ、つまりさ。ウチは確実にクビによる犯行は起こると考えているんだよ。そして犯行が起これば投票が行われ、さらに一人が処刑される。その中にウチを含めねぇためにはどうすればいいか。答えは簡単だ。狙いやすい奴を作ればいい」


「それが、僕だと?」


「ああ。その通りだよ! そして、それだけじゃねぇ。今、あいつらは一部例外を除いて怪しい人物が見つかったことで気が緩んでいる。この状況下で喧嘩をおっぱじめる短気な奴もいることだし、近いうちに必ずルールを破って単独行動をするやつが出てくるだろうさ。そうでなくとも、複数行動のルールは多少緩むはずだよねぇ」


「……」


「そうなれば、クビにとってその油断した奴は格好の餌食だ。ならばそいつを生贄にウチは生き残る。投票だってそうさ。ウチはあまり品行方正と言えるタイプではねぇ。ここの外では後ろ暗いことだってやってきたさ。だから、誰が怪しいかという話になった時、ウチは疑われる可能性が高いと、そう思っているのさ。だったら、もしクビが特定できる証拠が見つからねぇとき、ウチはどうすればいい? ウチより怪しい人物を作り、投票先にしちまえばいいのさ! 簡単なことだねぇ」


「そうやって、残りが三人になるまで生き残るっていうのか?」


「はっ。その通りだよ。ウチはウチのできることをやる。たとえそれがウチ以外の誰を犠牲にすることになったってねぇ」


 ヨイトの言葉に僕は歯がみする。

 なぜなら僕はヨイトの言葉が自身の考えと似ていることを感じてしまったからだ。僕はヨイトのように自分の行為を割り切れていないだけで、何かを守るためならほかの犠牲をいとわない、その考えは決して僕の考えから遠いものではないのだから。


 僕はヨイトの姿に自分の醜さを重ね、そしてヨイトの笑いに自分の弱さを見せつけられる。




「ああ、そうだ。ウチ、ここにはあいつらからの伝言を受けて来たんだったねぇ。テイシ。あんたはここで生活終了まで監禁だってさ。見張りは常時二人つく。三食メシは運んでくるし、トイレの際には見張り付きで行ってもいいってことだ。まあ、あんたはその中で仲間が、そしてあんたの大事なマコがどうなるか指をくわえて見届けていることだねぇ。それもあんたが生き残れたらの話だけど」


 それだけ言ってヨイトは玄関に通ずる扉を開ける。外にはちょうど、見張り役に来たのだろう。コロと、ウツミの姿があった。






「じゃあねぇ、テイシ。お互い頑張ろうよねぇ。互いの大事なものが守れるように」


 ヨイトはこちらを振り返ることなく去っていく。それを見送った僕は力なく崩れ落ちる。

 僕は自分の無力さ、愚かさを何度嘆けば学習するのだろうか。どうしようもなくなった現状を前に僕はただただマコの無事を祈ることしかできずにいる。館の夜は僕を残して段々と深まっていった。

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