第12話
頑丈そんな馬車は見た目通り、とても頑丈なのだろう。金属っぽい装甲に覆われていて、前後左右から外に出られるようになっている。上からも顔を出せそうになっているのは、弓とかを使う人が頭を出すようなのかもしれない。その馬車の中には色んな武器だの防具だのを身につけた冒険者達が総勢6名。カウルにベテランと評された二人が外で警戒に当たっているので、隊長のノリス以外は全員新米冒険者なのだろう。平均年齢も14歳くらいに見える。
俺は馬車の隅っこの方に寄って魔導書のページを捲る。しっかり付いていた目次によると、導入としてこの魔導書を作ったビアンカ婆さんの師匠が探求した魔力の性質とか魔法の基礎とかがつらつらと書き連ねてあるようで、魔法使い初心者の俺はとりあえずそのあたりから読んでいく事にした。
冒険者とのお話?うん、何か雰囲気悪いからとりあえず後回しにする事にした。
だって、馬車に乗り込んで開口一番が俺達だけでやれたのに邪魔しやがって的な悪態だったからね。まぁ、そんなガラが悪い人たちはカウルの一睨みで黙ったけど。
そんなこんなで、とにかく雰囲気が悪い。イキった感じの男子四人はこっち睨んできてるし、唯一の女子は隅っこでちっちゃくなってるしで談笑を楽しむような雰囲気じゃないんだよなー。
そんな感じで馬車に揺られること数十分、ちょっと背中が痛くなってきたので本から顔を上げる。男子勢は退屈からか寝ちゃったらしい。護衛なのにいいのか、ソレ。静かになった所で、ヴィスベルとカウルはノリスと何やら雑談しているようだ。
あれ、そういやあの女子どこいった、と見回してみると、彼女はいつのまにか俺の横に座っていた。なにやらキラキラした目で俺の方を見ている。
「えっと……どうかした?」
聞いてみると、ふるふると首を横に振る少女。
「さっきの魔法、すごかったから。あたしも魔法の勉強してるんだけど、馬車を覆うくらい大きな防御魔法なんてできないし。それに、初めて見たけど、あれって
と、少女は矢継ぎ早に言葉を続ける。途中から早口過ぎて何をいっているか聞き取れなかったが、取り敢えず曖昧に微笑んで「ありがとうございます」とお礼を言っておく事にする。
「ですけど、私もまだまだ未熟なんですよ。これは私の師匠にあたる人のお師匠様が書かれた魔導書なんですけど、それも全然読めてませんし」
「魔導書!そんな分厚い本が出来るほど魔導を探求した方のお弟子さんなんですね!はぁぁあ〜、ステキ……」
何やら遠くにトリップしてしまったらしい少女を、取り敢えずぼんやり眺める。
元気だなぁ、この子。そういえば、この子の名前まだ聞いてないや。そう思って、俺はまだまだ遠い所に旅立っている少女に声をかけた。
「所で、まだお名前を伺ってませんでしたよね。私はミカエラと言います。お名前、教えて頂いても?」
「はいっ!あたし、モリスと言います!光栄です、ミカエラ様!」
キラキラした目で俺を見るモリス。その御伽噺の当事者でも目の当たりにしたような目線に、俺は少し引いてしまう。というか、何か人に様とかいう敬称付けだしたぞこいつ。
「様なんて大袈裟ですよ」
やんわりと別に様付けしなくていいよー、と言って見るが、モリスはまぁっ!と驚いた風な仕草をしてから首を横に振る。
「いいえ、このレーリギオンで
さっきから気になるそのレーリギオンって何ですか。まぁ、多分言い方からしてこの地域の名称なのは見当がつく。ていうか、新式魔法って使い手が少ないのは聞いてたけどそんなレアなんだ。
「あー……。うん、なんかいいや。好きに呼んでよ、モリス……さん」
「はいっ!ミカエラさまっ!」
少なくともこの旅路の間は退屈しないで済みそうだ、とポジティブ思考。そんな俺の内心を知ってか知らずか、モリスは嬉しそうにこちらを見ている。その姿は、どこかぶんぶん振られる犬の尻尾を幻視してしまう。
友達の家にいた大型犬がこんな感じで人懐っこい奴だったっけなぁ、と俺は遠い所に想いを馳せた。
特に大規模な戦闘もなく、俺たちはドナールの街に到着した。馬車に揺られていたのはほんの数時間だったにも関わらず、腰やら背中やら色んな所が痛い。だってめっちゃガタガタするんだもの。学生時代に散々乗ったガタガタのバスなんか目じゃないくらい酷い揺れだった。最初の方、本を読めていた頃は平坦で整備もまだ割とできてた道だったらしく、途中から突然酷くなった。ぐっすり寝てた男子どもも何かビックリして跳ね起きてたし。
そんな中全くペースを落とさずに何事か話し続けていたモリスは、実は結構タフなんじゃないだろうか。
とまれ、俺は馬車から降りて大きく伸びをした。時刻は夕暮れ前。大分太陽が傾いている。
ドナールの街は、どうやら神樹様の上から毎日のように見下ろしていたあの街のようで、街のシンボルらしい時計塔の先端には見覚えがあった。神樹様の上にいた頃は全く意識していなかったが、ミカエラの視力って4.0とかそんなレベルであるんじゃねーの?無意識のうちに魔力で強化してたとかもありそうだけど。魔導書の導入部分で触れてあった「無意識下における魔力を用いた身体強化とその意識化」を思い出しながらそんなことを考える。
続いてヴィスベルとカウルが降りて来たので、俺は二人の側にくっついて移動した。
「それじゃあ、今日はこの街で休息を取る!安宿はこっちで手配してあるが、馬車で寝泊まりしたい奴と自腹でいい部屋に泊まりたい奴は申し出な!」
ノリスがそんな声を張り上げているが、冒険者達は疲れ切った様子で何も言わない。そんな冒険者達を見て「なんだ、良い顔になってきたじゃないか」なんて言い出しているノリスを見て冒険者稼業の闇を感じる。ノリスは「よしッ!解散ッ!」と言って冒険者達を解散させると、そのまま俺たちの方にやって来た。解散していく冒険者の中でモリスだけこちらを見ていたので、俺はとりあえず手を振っておく。モリスは少し嬉しそうにしてから、予定されている宿の方に向かって行った。
「ヴィスベルさん達は、こちらへ。今日中に手続きを終わらせてしまわないと、明日の出発に間に合いませんから」
「わかった」
ノリスに先導され、俺たちはちょっとした人混みの中を進む。この街は冒険者達のホームタウンとして発展しているのか、すれ違う人々は皆防具とか武器とかを身につけた人達だ。ちなみに、歩く順番は、先頭がノリス、続いてヴィスベル、俺、カウルの順だ。人混みで俺が逸れないよう気を使ってくれたらしい。
しばらく歩いて人混みが切れて来た頃、俺たちは何やら酒場然とした所に辿り着いた。
「ようこそ、冒険者ギルドドナール支部へ。一階は酒場兼クエストカウンター兼素材買取所、二階は特別窓口になってる。今回はちょいと特殊だから、二階に行くよ」
言って、躊躇なく扉を開けるノリス。開け放たれた扉の奥は、なんかもうすごい感じになっていた。
ワイワイガヤガヤという騒音に、鼻に付くエールの匂い。床にばら撒かれたおが屑は吐瀉物とかの処理を簡単にするからどうのという雑学を思い出す。中の人達はとても明るい様子で、色んな所でどんちゃん騒ぎが起こっていた。
「お祭りでもあったんでしょうか」
そんなことを呟くと、カウルが「いんや」と首を横に振る。
「冒険者ギルドの夕飯時なんてどこもこんなもんだぜ。呑んで食って倒れて、また明日に備える。それが冒険者ってもんだ」
あいつらも明日には何人生き残ってるか。
そんなカウルの言葉は、聞こえなかった事にした。
ギルドの二階は一階と違って随分静かだった。何かしらの特殊な技術でも絡んでいるのか、階段で繋がっているはずの一階の喧騒が全く聞こえない。清潔そうなカウンターには、品の良さそうな受付嬢が座っている。
「御用の方は身分証の提示をお願いします」
「おうさ。これと、あとこれな」
ノリスさんが、小さいカードを二枚、カウンターに置くと、受付嬢はそれを受け取ってなにかの装置に通す。しばらくして、奥の方から事務っぽい人が何か書類を持ってきた。受付嬢はそれを受け取ると、上から下までざっと目を通してノリスを見上げた。
「ノリス・キエルさん、A級冒険者ですね。確認できました。現在はD級冒険者の研修を兼ねた護衛任務を遂行中との事ですが?」
手慣れた様子で何か書類を用意し始める受付嬢に、ノリスはああ、と頷いた。
「人員の追加をお願いしに来た。先方には既に許諾も得てある。これがその証明書類で、こちらの3人が追加される人員だ」
受付嬢は証明書類として提出された書類を、何やら虫眼鏡のようなものを使ってじっくりと見ると、やがて取り出した何枚かの書類にハンコを押した。
「はい、人員追加の申請については受領しました。続いて、そちらの方々のギルドカードの提示をお願いします」
受付嬢のその言葉と共に、ノリスがカウンターの前から退く。ヴィスベルとカウルは、懐から取り出したカードをカウンターに置く。
「二枚、ですか」
「ああ、この子はまだ登録が済んで無いんだった!ごめんね、ヴィスベル、カウル。受付さん、今って登録できるかい?」
慌てたようにノリスがカウンターに戻って来る。受付嬢はその慌てぶりに少し頰を和らげると、少々お待ちください、と言って手元のなにかを操作した。
「はいはいはーい、何でしょう、お姉様?」
「うわっ!」
いつのまにか背後に誰かが立っており、俺は思わず声を上げる。そこに居たのは、ぴょこぴょこと動く猫耳をつけた少女。髪は綺麗な桃色で、腰の方に目をやると毛と同色の尻尾が生えている。
獣人、というやつだろうか。
「ミア、そっちの女の子の冒険者登録をお願い。他の処理はこっちでやっておくから」
「あいあいあーい。おまかせあれっ!」
びしり、ミアというらしい猫耳の女の子は敬礼らしき動作をして、すぐに俺の手を引っ張った。思ったよりもミアの力が強いのか俺の体が軽いのか、俺の体はいとも容易く持ち上げられ、そのまま引っ張られる。いや、待って?何で俺今物理的に振り回されてるの?
「なん!何でこんなッ!?」
「へいへいへーい、お嬢ちゃん、あんまり喋ると舌噛むよー!」
面白そうに笑うミアの声と、俺の声にならない悲鳴が辺りに響く。助けて、と手を伸ばした先で、ヴィスベルとカウル、あとついでに受付嬢の人は小さな苦笑を浮かべていた。
ノリス?ああ、あいつはなんか爆笑してたよ。
俺は三半規管を痛烈に揺さぶる衝撃を何とか耐え凌ごうと目を瞑るのだった。
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