第10話 悪役令嬢は平穏を望む

次の日の放課後私はざっくりとあの後、医務室に行ってからのことを話した。

「ですから、ジーク様には何か秘密があると思うのです」

「はぁ……、あのさぁレーナ様。教会にいた僕が言うのもだけど、神は信じてないんだけどさ。厄祓いとかしたほうがいいんじゃない?」

 真剣な顔でシオンはそう言った。

「私自身も厄は祓っておいたほうがいいと思います……」

「とにかく、もう一度確認しておくけれど。レーナ様はこれ以上首を突っ込まないってことでいいよね?」

 シオンの念押しに私は何度もうなずく。


 命は惜しい。

 命大事にである。

 少なくとも、ジークはゲームが終わる6年の卒業パーティーまではクライストには帰らず学園にいるのだからまだ時間の猶予があるはず。

 とりあえず、今はこれ以上考えない、保留。私が安全なポジションからできることがあれば助けるかも……くらいで首は自分から絶対突っ込まない。



「じゃぁ、僕と約束して。私、レーナはこのことに自ら首を突っ込みません。はい、復唱して」

「私、レーナはこのことに自ら首を突っ込みません」

「よろしい、んじゃ、レーナ様が厄介なことに首を突っ込まないためにも。はい」

 そういって、シオンは一枚の紙を私に差し出したのだ。

 何これ? と、紙に目を通して私は震えた。

 それが一枚の原稿だったからだ。

 ページの途中なのだろうが私にはわかる、これは私が集めているあの小説の続きではないかと。



「シオンこれは何? どういうことですか?」

「あっ、やっぱりそれ見ただけでわかるんだ。なんか落ちてたから拾ったんだよね」

 私の興奮した様子とは違い、実に落ち着いた感じでシレッとしている。

「拾った!?」

「そうそう、……レーナ様にみせたら厄介なことになるかなと思って学生部に落し物って届けて、拾ったこと自体黙っておこうと思ったんだけど。命がかかわるようなことに首突っ込まれるよりはマシ。あんたの好きなニコル・マッカートまだ学園にいるんじゃない。拾った僕の代わりに見つけて返しておいてよ」

 そういって、ヒラヒラと手を振りながらシオンは去っていった。


 目の前にある生の原稿用紙らしきものに目を通す。

 途中なのが残念だけれど……。やっぱり学園都市にいたのか作者!

 これは、同じく読者の皆にも協力をして探してもらったほうがいいのではないか……。




 というわけで。アンナとミリーに今日は授業が終わったら医務室に集合。

 リオンにおいしい焼き菓子を出してもらって、つい持ってきてしまっていた書類もついでにコッソリと返して書類うんぬんのことはなかったことにしておきましょう、そうしましょう。

 おっと、フォルトも忘れてはいけない、彼も大切な読者仲間だ。

 ジークはどうしよう……一応読者ではあるし、フォルトと同じ教室にいるわけで、私がフォルトにだけ声をかけてジークには声をかけないわけには……。




 ということで、とりあえずフォルトとジークに声をかけに行く。

 フォルトは私からの招集にたいして予定もないし行くとの返事。

 ジークはというと、『この招集はこの前のことに関係があるのか?』と聞いてきたので全くないと答えたところ優先したいことがあると断られた。


 この分だと、ジークはきっとシオンの言葉を借りるなら厄介事に首を突っ込むにきまっている。ジークを助けるためには動かないと決めたけれど、彼が動くことで彼に何かあった場合やっぱり胸糞悪い。

 とりあえず、先延ばしになるだけかもしれないけれど。

 リオンが来なかったときは、医務室に侵入したりしなかったわけで、少なくとも6年生まではジークは普通に学園にいたのだ。


 グスタフの事件の時は1年目の春ということもあって、戦った際ジークが押されていたけれど、ゲーム後半の彼は違う。

 彼が自分自身で動くとしても、1年目の今よりも、魔力量も増え、魔法の使い方の技術力があがり、戦闘経験が増えてからの後半のほうがいいのではと思うのだ。

だから、ジークが何か詮索していることを止めることにした。

 本来、リオンは学園に来なかったわけだから、詮索自体を辞めさせることで元のシナリオに近い感じになるのではないかと思ってである。



「ジーク様場所を変えてもう一度お話してから、お返事をもう一度聞きたいです」

「粘られても申し訳ないが今回は……」

 すでに断ることを貫くモードになったジークは申し訳ない顔でそう私に切りだす。

「後悔なさいますよ?」

 余裕たっぷりにニンマリと笑うと。

 ジークは小さくため息をつくと、私の後をついてくる。

 顔は一見愛想笑いしているけれど、どこまで行くんだとウンザリとしているのがわかってしまう。

 せっかくだから、ニコル・マッカートの小説になぞらえてこの学園の中心にあり、かつ一番高いところにある時計台の鐘をめざし、手すりにつかまりながら長い螺旋階段を登る。

「どこまで行く気だい?」

「一番上の時計台の鐘のところですわ、今回の新刊で出てきますの! ジーク様はもう新刊は読まれまして?」

「はぁ……まだ目を通してないよ。もうここでいいんじゃないかい? 他に人なんていないじゃないか」

「あら、まだ読まれていませんの? とても面白かったのに……」

 もう、時計台の鐘ところまで登っちゃうって決めてしまった私はジークの此処でいいじゃないかという話を無視してズンズンと螺旋階段を登る。

 観念してジークは黙ってついてくると思いきや、私を抱えあげると、2段どころか3段飛ばしで階段を駆け上がる。


 ヤバい、落ちる、確かに登るつもりだったけれどこの登り方は心臓に良くない。

「どうせ上まで登るつもりだったんだろう?」

 そういって、地面にようやく下ろされる。

「えぇ、思ったより早く登れました、ジーク様のおかげで……ただ、次からは抱えるときは事前におっしゃってください。必ず、必ずですよ!」




 小説の舞台でもある、時計台の鐘は大きい。

 さらに上にある時計が休日は15分ごとに1回 カラーンと。

 平日は1時間ごとに、1回カランカラーンと鳴る。

 今回の小説のキーポイントとなる重要なところなのに、ジークは読んでないため愛想笑いのまま腕を組んで私をじーっとみている。

 まぁ、まぁ彼の興味関心のなさもこれまでである。私は彼の興味を引くとっておきを持っているのだから。


 ジークから少し離れて私は胸元から4つ折りの書類をとりだし彼の前で4つ折りのままひらひらと振る。

「現物みたいですか?」

 一瞬で私がとりだした物が何か把握したのだろう、ジークの目が驚きに開かれる。

 ジークの手がとりだされた書類に伸びる。

 しかし、私は手を引っ込めてジークの手から書類を遠ざける。

「私がしようとすることにお付き合いいただけませんか?」

「それは、中身を確認してから返事をするよ」

 そうやってチラっと中身をみて必要な情報さえ得てしまえば、この情報の価値がジークにはなくなるから私のお願いを聞く理由もなくなってしまうから見せるわけにはいかない。


「交渉決裂ですわね」

 書類を胸元に急いでしまう。

「レーナ?」

「このお話はなかったことに」

「ちょっと待って……」

 そう言う私に、ジリジリとジークが迫る。

 胸元に入れたので、手を突っ込まれることはまだないが、私が出し渋れば彼は手をつっこむかもしれない。



「では手伝っていただけるのですか?」

 ニッコリとほほ笑む

「君はずるい、現物をもっているだなんて昨夜は一言も……」

 珍しくジークが声を張り上げる。

「昨夜は中を見たのか? としかきかなかったではないですか」

 ホホホと笑う。

 ジークの口元に手が行く。さぁ、どうするか考えているぞ。


「フォルトにも声をかけていたね」

 何をするのかの情報を得たいのだろう、ジークが私にそう確認してくる。

「えぇ、アンナとミリーにも今回のことは声をかけておりますよ」

「…………十中八九、いい方は悪いがどうでもいいことではないかい?」

「えぇ、おそらくジーク様にとっては退屈でつまらなくてやりがいのないことでしょうね」

 再びジークの手が口元にいく。



「今日の集まりは医務室で開きます。ジーク様の返答によっては、ちょうどいい機会ですので医務室にコッソリ返してしまうかもしれませんね」

 小さなため息。

「わかった、私も集まりに参加しよう……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る