第139話「心理戦」

 自宅で部活をするようになって、早五日。

 一向に姿を見せない叔父を怪しく思いながらも、東儀雅の指導を行っていた。


 なぜだ? なぜコチラへ来ない?


 本音を言えば、もちろん来て欲しい訳がないのだが、こうも現れないと返って怪しい。

 オヤツを持って現れるであるとか、帰り際に抱きつこうとするだとか、想定していた行動の対抗策も無駄に終わってくれるのならそれで良いのだが、余りにも不自然。

 変態の行動を自然と呼ぶことには語弊があるから、改めて言うなら『らしくない』が良いだろう。


 そう、叔父さんらしくないんだ。

 まさか、飛鳥に乗り換え……


 想像した際に、ケーキを頬張る飛鳥のワンパク極まりない姿が脳裏に浮かび、それを鼻で笑って否定する。


 フッ、それは流石に無いな。

 叔父さんは、どちらかというと、この東儀であり、マリアであり、クールビューティー系が好みだ。

 目の前に、そのタイプが居ないというならまだしも、すぐ近くに居るんだ、それを諦めるような叔父さんじゃない。

 まぁ仮にだ、飛鳥に乗り換えたとしても、あいつがコチラへ逃げて来ないのであれば、それは相思相愛ということで……

 イカン! ダメだ!

 仮にそうだとしても、親が許す筈が無い!

 近隣の住人から、いつ通報されても可笑しくないような輩だぞ!

 未成年で無くとも、反対されそうな、あんな変態中年男、誰が許す?

 許す訳が無い!

 そうなれば、学校に連絡が行って、間違いなく吉田先生に「叔父の結婚相手を学院内から、斡旋ですか?」などと言われかねない。

 いや、それは未だ良い方だ。

 警察にでも通報されてみろ、インベイドが終わる!

 こ、ここは顧問として、部員の安全を確保するべく、様子を……


 何しに来たの、スパイ!


 まだ言われてもない言葉が、刀真の脳裏をぎる。


 待て、待て、待て、なんだこのイラっとする感じは!

 あいつに一度だって負けちゃいないのに、あいつが怖いみたいじゃないか!

 仮に、仮にだ、特にセクハラ的な行為なんて無く、普通に、真面目に、調整してたら? 


 クククッ、そんなにアタシが怖いの?


 ありえない!

 ダメだ! 俺が動く訳には行かん!

 だからといって、まだ怯えている他の生徒に「様子を見て来い」とも言えん!

 どうすれば……


「先生ーッ!」


「え? な、なんだ? 東儀?」


「課題、終わりましたよ」


「あぁ、すまん」


 刀真は、改めてジオラマで、雅のデータをチェックする。


「考え事ですか?」


「あぁ、向こう……お前の妹が心配でな」


「それなら、大丈夫らしいですよ」


「え?」


「一応、帰ってから、何もなかったか聞いてますから」


「ま、まさかとは思うが……お前の妹が叔父さんに惚れるって事は……」


「ある訳ないでしょ! なに言ってるんですか! 幾つ離れてると思ってるんですか!」


「そ、そうだよな。なにも無いなら良いんだよ」


 それにしても、東儀が帰る際に、見送ることさえしないのが気になる。



 ウチで部活をするようになって、早五日。

 米子さんに「どうせだったら、惚れさせるぐらいの気概でありなさい」と叱られ、確かにそれは一理あると考えたあの日。

 いずれは嫁になるにしても、俺と繋がっている赤い糸に、未だ彼女は気付いていないのも事実として、受け入れなければならない。

 そして、それを気付かせるには、どうすべきかを考えた時『会えない時間が愛を育てる』という有名な台詞を思い出した。

 そうだ、我々の愛を成就させるには、コチラから動いてはイケナイのだ!

 向こうが先に動いた時、初めて自分の小指に結ばれている赤い糸に気付くのだ。

 今は、苦しいが我慢の時だ。

 勝ち負けの問題じゃないが、先に動いた方が負けなのだ。


「あんなに情熱的だったのに、どうして会いに来てくれないの?」


 そろそろ、そう想っても可笑しくないほどに、時は過ぎた。

 恐らくは、あと数日の筈なんだ!

 だが焦って、ここで俺が動けば、ハッキリと見え始めている赤い糸が、法律がーだとか、教師としてーだとか、不当な理由を付けて反対する邪魔者の口車に乗ってしまうかもしれない。

 そんなことになれば、折角見えていた筈の赤い糸が霞んで消えてしまうかもしれない。

 まずは、雅ちゃん自身に気付かせないとダメなんだ!


 あぁ、ロミオとジュリエットも、こんな気持ちだったのだろうか?

 刀真やラルフが聞けば、フィクションじゃねーかとロマンチックの欠片も無いツッコミをするだろう。

 それにしても、あいつも嫌な大人に成長したモンだ。

 昔は、素直で良い子だったのに。

 きっと、ラルフのヤツが悪い影響を与えたに違いない!

 それにだ!

 俺の嫁を広告塔にするだとか、勝手なことを決めやがって。

 親友でなければ、殴って……ん?

 チョット待て、あいつは俺を親友と思ってないのか?

 俺の嫁だぞ?

 まだ籍は入れてないが、俺の嫁なんだぞ!

 あぁ、そうか、

 きっと、マリアが俺の元カノだから、未だに根に持ってるに違いない!

 全く……器の小さい男だ。


 大丈夫だ、俺はまだ堪えれる! 堪えてみせる!

 いつでも瞳を閉じれば、そこに君が映るんだ!


 などと言っているが、この変態が黙って何もしない訳は無く、刀真たちの居ない隙に、こっそりと監視カメラを設置し、毎日、部活風景を眺めているのは言うまでもない!


「雅ちゃん! 可愛いよ、雅ちゃーーーん!!」


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