第78話「社会見学」

 アメリカ合宿、二日目。

 朝食を済ませた後、プロトタイプ筐体で1日の規定プレイ時間である30分の出撃を行った。


 南城紬なんじょうつむぎ、443万2302位。

 安西美羽あんざいみう、472万0098位。

 北川紗奈きたがわさな、172万2768位。

 東儀飛鳥とうぎあすか、357位。

 東儀雅とうぎみやび、79位。


 昼食前ということもあって、感想戦でのオヤツは無くなり、一人不機嫌になった部員を出した。

 しかし、その後のビュッフェ形式の昼食で、その部員はオヤツの分を取り返そうとしていた。


「ちょっと飛鳥、食べられる分だけにしなさいよ」


 注意された妹の大皿には、これでもかと料理が盛られており、それどころか未だ足りないとばかりにくわえられたソーセージによって、その返事を返すことが出来ない。


「呆れて、物が言えない……」


「ふぁふぁ、ふぁふぁふぁふぁふぁ!(なら、言わないで!)」


 姉は、妹の難解な返事を読み解くことを諦め、コーンスープをカップに注いだ。


「おいおい、アイドルになるんだから、太らないように気をつけろよ」


 そう揶揄からかったラルフの発言に、飛鳥の目が光る。


 そうだ、太れば、アイドルにならなくて済む!


 ハンバーグ、ステーキ、寿司、オムライス、カルボナーラ、酢豚などなど、あらゆる国の料理を制覇したのだが、流石に喰い過ぎたようで、楽しみにしていた筈のデザートコーナーに手を伸ばすことが出来ない。


「ダメだぁ~、もぅ食べれない~」


「ペース配分考えろよ。やっぱ、お前馬鹿だろ?」


「馬鹿っていう方が馬鹿ですぅ~、馬鹿ラルフゥ~」


 そんな悪口も気にせず、ラルフは「あぁ~、このティラミスうめぇ~」と、いやらしく頬張ってみせた。


「うぅぅぅぅ~」


「お前さぁ、太ったら、雅と余計に比較されるぞ」


「え?」


「ホントにあの二人、姉妹なのかしら~ってな!」


「は、謀ったな……」


「謀ってねーよ、テメェーが馬鹿なだけだ」


 デザートを食べれなかった飛鳥のように、この昼食会を楽しめなかった者が、もう一人居た――マリアである。

 飛鳥の行動や言動がツボにはまってしまい、噴出してはテーブルを拭くを繰り返して、何も食べれなかったのだった。

 そんな昼食会を終えた後、午後からラルフの案内で、インベイド社の見学となった。


「5階は、シリアル機の階になっている」


 ラルフに案内され部屋へ入ってみると、4階と比べ筐体が少なく、壁も近い。

 不思議に思った雅が、質問する。

 

「あれ? なんか狭くないですか?」


「筐体の台数は、4階の半分50台となっているが、その代わり、右側にオペレーター室が在るんだ。ほら、あそこに扉があるだろ」


 ラルフは部屋の右隅に在るドアを指差し近づくと、自動でドアが開き、オペレーター室が現れた。

 中に入ってみると、まるでネットカフェのように、1mほどに区切られた個室がズラリと並んでいる。

 背面以外の3面には、42インチのモニタが埋め込まれ、椅子は疲れにくいゲーミングチェアを採用していて、机の上には、全てワイヤレスのキーボード、マウス、ヘッドセットが置かれていた。


「あれ? オペレーター用のパソコンが無いですけど、持って来るんですか?」


 紗奈さなの質問に、ラルフは細い壁の穴に指を入れ引っ張り出すと、中からマザーボードが現れた。


「PCは、壁の中に収納してるんだよ」


「うっす!」


 飛鳥の『薄い』という発言で、PCを力不足呼ばわりさたような気分になり、まるで言い訳するように、ラルフは解説する。


「ドライブは要らないし、グラフィックボードはモニタに入ってる。データ保存もサーバーに送るから、あとはアプリをインストールできる容量があればいい。よって、この程度で済むのさ」


「あの~、何台ずつ繋がっているんですか?」


 いずれはこの合宿中に触るのだろうと、美羽みうはオペレーターの仕切りや、モニタなどに番号が付けられてないことから、どの筐体に、どのPCが繋がっているのか気になったのだ。


「それぞれが、全てのシリアル機に繋がっていて、選択できるようにしている。つまり、PCは200台在るから、最大で200人のオペレーターでプレイすることが出来るんだ」


「へぇ~」と美羽が感心するも、隣に立つつむぎは、すかさずツッコミを入れる。


「それだと、1000人のテストは出来ませんね」


「ローレンスみたいなヤツは、まぁ、出て来ないよ。ドライバーがオペレーターに支払う給与は5%。つまり、20人以上は自腹になるからね、正直、それを試す価値は無いのさ」


「此処のモニタは、タッチパネルなんですか?」


「いや、タッチパネルにしちゃいないが……あぁ、刀真のウチに在るヤツか?」


 何気ない紗奈さなの質問に、ラルフは口を滑らせた。


 あ! ラルフ!


「え! 先生……もしかして、家に筐体が在るんですか?」


 やっぱ気づきやがったか、北川ーッ!


「あぁ、在るよ」


 しかし、そう発言した後に、自分の出した答えのミスに気づく。

 筐体は無く、ネットを介したオペレーティングテストをしていると言うべきだったこと。

 そして、筐体が在るということは、プロであることを意味する。


「先生、プロなの?」


 当然のように出たつむぎの質問に、答えたのはラルフだった。


「いや、プロじゃない。貸し出してるのは、テスト筐体だ」


 テストという言葉に引っ掛かった紗奈が、続けて質問する。


「テスト筐体? 何をする物なんです?」


「機密情報になるから、詳しくは言えないんだが、バランス調整だと思ってくれていい」


「あぁ~、だから、あんなに詳しいんですね」


 美羽がそう発言したことにより、みんなは頷き、難を逃れた。

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