第33話「いっぱい泣いて強くなる」

 紗奈は、放心状態の雅を支え、新宿のインベイド施設を出た。

 雅もそうだが、紗奈も悔しかった。


 自分がオペレーターでなければ……、

 もし、オペレーターがスタッフの宮崎であれば……、

 ワイヤーに気をつけろと、ヒントまでくれていたのに……、


 何も出来なかった、自分の不甲斐無さに、涙が頬を伝う。


「強くなろう、雅! アタシも強くなるから、一緒に強くなろう」


「う、うん、一緒に、強くなろう」


 二人は、抱き合って泣いた。

 新宿のど真ん中で、大きな声あげ、泣いた。

 余りの泣きっぷりに、傍を通ったお婆さんが、心配して声を掛けてくれたことで、ようやく冷静さを取り戻し、自分たちが『こんな人ゴミの中で、泣いてた』事に気付く。

 恥ずかしさもあったが、それよりも、よくもまぁこんな場所でと考えると、今度は可笑しくなり、腹を抱えて笑い出す。


 今の今まで泣いていた娘たちが、突然、笑い出したことに、お婆さんは動揺したが、眼鏡を掛けた娘が「お、お婆さん、ありがとう。もう、大丈夫です」と息が苦しく笑いながら、お礼を言った事に安心して、その場を立ち去った。


 そして、二人は肩を組み、東儀家を、否、勝利と言う名の未来に向かって歩き出した。



 帰宅すると、徹夜していたにも関わらず、まだ色着けに執着している妹に、雅は声を掛ける。


「まだ、やってたの?」


「うん、なかなか良い感じに、決まらないんだぁ」


「そう……」


 少し言いにくそうな表情を見せ、雅が話しを切り出した。


「あのね、飛鳥、お願いがあるんだけど……」


「なに?」


「春休みが終わるまででも良いからさ、オペレーターしてくれない?」


「え? 良いけど、なんで?」


「リベンジしたいヤツが居るの……」


「ふぅ~ん。で、いつから?」


「今から……」


「え! 今から?」


「そう、ゲーム合宿するの」


「えー!」


 すると、外で電話していた紗奈が、飛鳥のシリアル機が入っているプレハブに戻って来た。


「OKになったんだけど、着替えとかあるから、一旦、家に取りに帰るね」


「ありがとう、紗奈、それと……ごめんね」


「謝らなくていいのよ。なんたってアタシは、雅の第一オペレーターなんですもん。何処までも、付いて行くわよ」


 そう笑顔で言い残し、東儀家を後にした。

 紗奈を見送った後、雅は、母の許可を得る為、今度は両親の部屋へ。


「あの~、お母さん、お願いが……」


「聞こえてたわよ、行ってらっしゃい」


「飛鳥もなんだけど……」


「別に、構わないわよ。で、また新宿?」


「新宿は埋まっちゃったから、横浜になったんだ」


「そう!」


 横浜と聞いて、なんだか嬉しそうにしている母を不思議に思っていたら、母が横に立っていた父の背中を押して、前へ突き出した。


「ほら、言いなさいよ」


「え? なに?」


「じ、実はな……車、買ったんだ……」


「え! あー、ごめんなさい、駐車場……」


「いやいやいやいや、それは良いんだよ。駐車場なら、他で借りたから。そんな事よりもだ! 父さんが送ってやるよ」


「え! お父さん、ありがとう」


 夢に描いた『頬へのチュー』は無かったものの、久しぶりに娘に抱きつかれて、満更でもない和正だった。


 昨夜、駐車場が塞がったことにショックを受け、酔った勢いで、実は免許を取りに行っていた事を妻の加奈子かなこにボヤいたら「駐車場? 他で、借りれば良いじゃない」と、簡単に答えを出したのである。

 そして、和正がネットで好きなスポーツカーにするか、それとも、ファミリーカーにするか迷ってたら「あわせたよーなヤツってないの? これなんか、良いんじゃない?」と、加奈子がポチッと購入ボタンを押してしまう。


 和正は「そう言えば、結婚の時も、こんな感じだったなぁ」と思い出す。


 加奈子が結婚情報誌広げていて、覗き込んだら「こんなチャペルとかで、結婚できたらいいね」と言われたから「そうだね」と、返事した。

 結婚するつもりではあったけど、その時は、質問の答えとして「そうだね」と返事したつもりだったんだが、どうやら加奈子の中では、プロポーズしてもらった事になってたようで、次の日には「日取り決めてきたから」と言われ、ここで否定するのも……ってなってしまい、流されるように結婚したのだ。


 まぁ、結婚して正解ではあったけどさ。

 あれ? そういえば他にも……色んな人生の岐路で……。


「お父さん!」


「あ、ごめん、ちょっと考え事してしまってた」


「紗奈が荷物を家に取りに帰ってるから、迎えに行って、横浜へ行ってもらっていい?」


「あぁ、いいとも」


 まだ飛鳥は、色着けに未練が残っていたようなので「安心して、向こうでも出来るわよ」と言ってやると、慌てて準備を始め出した。


「忘れ物なーい? 飛鳥、スマホの充電器持った?」


「あ!」


 たまに鋭くなる加奈子が、本当は計算してるのか、やっぱり天然なのか、判らなくなるなぁ。

 もしかして、緻密な計算で、結婚に導かれてたとかしたりして?


 そう考えると、妻が怖くなるのだが、そうであろうとなかろうと、結果的に幸せなので、気にするのは止めようと思う和正だった。


 二人の荷物をトランクに積め、途中で紗奈の家に寄り、北川家の両親に挨拶を交わした後に、いざ横浜へ。

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