61 フォレスト・ガンプ③
イノさんは車の中でゆっくりと言葉を繋ぎます。
その物語は、私の理解の範疇を超えて…
すぐに受け入れられるような話ではありませんでした。
「…」
「…」
けれど、私はとてもうれしかった。
過去の話をしてくれないのは、私がまだ信用されていないからだと、ずっと思っていたから。
イノさんと出会ってからの10カ月、私は少しだけ大人になっていたみたいです。
「ありがとうございます…話してくれて…」
「…うん」
車はどんどん山の中へ入っていきます。
気づけば辺りは真っ暗です。
ブロロロ…
「着いたよ、かなちゃん…」
「着いたって…森の中じゃないですか」
「あぁ…ここから少し歩く」
「…」
私とイノさんは森の中を歩きます。
「…」
「…」
真っ暗な森でしたが、不思議と怖さはありません。
「…もう少しだ」
「…」
イノさんは真っ直ぐに暗い森の奥まで入っていきます。
道は色々な人が行き来しているのか、妙に歩きやすいです。
「…」
黒の使途の一件が終わってから、ずっと感じていた不安…
イノさんが…どこかに行ってしまうんじゃないかっていう…不安。
「…大丈夫?かなちゃん…」
「…はい」
どこにも行って欲しくない。
恋人になれなくったっていい。
ただずっと一緒にいて欲しい。
イノさんに優しい言葉をかけられるたび…私の胸はドキドキと鼓動を早めました。
きっと私、イノさんに初めて会った時から恋をしていたんだと思うんです。
『君のお母さんはそんなに弱い人じゃないよ』
『かなちゃん、君はもう立派な…俺の助手だよ』
まるで私の気持ちを全部見透かすように、イノさんはいつも私の一番欲しい言葉をくれました。
その度に、私は助けられたんです。嬉しかったんです。
その度に、私はイノさんを好きになったんです。
「…」
だから、私は決めていました。
イノさんが決めたことを、応援しようって。
それが私にとってどんな辛いことであっても…
受け入れようって…
そして…今日、私の想いを伝えようって…
「かなちゃん」
「…!…はい!」
「着いたよ」
【画像】
その場所は、森の中にある小さな湖でした。
「…イノさん…これ…」
「…すごいでしょ?」
その湖は驚くほど青く、月明かりも無いのに美しく輝いていました。
それだけではなく、空気もキラキラと光って、まるで童話の世界に迷い込んだような美しい光景でした。
「この…キラキラ光ってるのって…ダストですよね?」
「うん…あれを見てごらん」
湖の真ん中には、大きな一本の木が立っています。
その木は高くもないのに、太くもないのに、まるでこの森の王であるような風格がありました。
「『フォレスト・ガンプ』…この辺り一帯は、あの木の能力でバランスを保たれているんだ…」
「あの木が…ロストマンなんですか?」
「うん。その能力でこの森をずっと守っているんだ…このダストも、あの木の能力の光だ…」
「…」
なんだろう…
不安な気持ちが全部飛んでいくような…
そんな場所…
「この光景は、俺たちロストマンにしか見れない…この場所にきたとき、生まれて初めてロストマンになってよかったと思えたんだ」
「…」
「俺の大切な場所だ」
イノさんの…
大切な場所…
「この場所を、君にみせたかった」
「…」
私の胸が、なにかに満たされていきます。
それが一体何なのか、私にもわかりません。
「ロストマンって一体なんなのか…たまにわからなくなる…」
「…」
「ロストマンの能力は、大切なモノを失った人たちに、神様が代わりに与えてくれる力なんだって言う人もいる…けど俺はそうは思えないんだ」
「…」
「失ったモノに対して、得たものはあまりにも小さいよ…特殊能力を羨ましがる人もいるけれど、俺はどこにでもいる普通の人間になりたかった」
「…」
「自分が弱いことを認めることができない…弱い人間の中の、もっと弱い人間…そんな人がロストマンになるんだと思う」
自分のことをあまり語らないイノさんが…
こんなにたくさん話してくれる。
私には、もうそれだけで十分でした。
「俺は、ロストマンと向き合う事から逃げ出した」
「さっき話してくれた…過去のことですか?」
「あぁ…だから俺は、一度しっかり決着をつけなくちゃいけない」
「…」
「俺、ラブとピースと一緒にいくよ…決着をつけて、また戻ってくる」
まるで時がとまったようなこの場所で、イノさんの言葉だけが私の時間を動かします。
やっぱり…行くんだ…
泣いちゃダメだ…
イノさんが決めたことなんだ…
笑顔で…笑顔でいなきゃダメだ…
「…」
「…そう…ですか」
想いを伝えよう…
きっとイノさんは…
優しいイノさんは…
これ以上何も言ってくれない。
私から…一方通行の想いを…伝えよう。
「…」
「…」
「…」
「イノさ…
「好きだ」
「…え?」
「俺は…かなちゃんが好きだ」
「…」
「頭がいいのに無邪気で、少し乱暴で…ちょっとバカで…」
「…」
「そんな君を、俺は愛してる」
ダストの光が、私とイノさんを包みます。
あんなに泣かないって決めていたのに
大粒の涙が、私が言おうと思っていた想いを吐きだすように…
ただただ、こぼれていきます。
「…」
イノさんはそんな私の涙を隠すように、私を抱きしめます。
こんなに嬉しいのに、私の心はただただ驚いて…
気持ちがいっぱいになって…
「約束するよ…1年後…俺はかならず戻ってくる…」
「…はい…」
「そしたら…ずっと、俺と一緒にいてほしい」
「…はい」
「ずっと…ずっとだ」
「…はい」
私はただ「はい」と答えます。
だって、イノさんに「好き」って言葉を先にとられちゃったから…
「待ってます」とか「私も好き」とか…
私がもっている言葉はなにひとつ価値のないものになってしまった。
またイノさんは、私が一番欲しい言葉をくれた。
私がただうなづくだけでいいように…
イノさん…
大好き
■No22.不明(樹)
能力名:フォレスト・ガンプ(命名:不明 執筆:失慰イノ)
種別:概念操作系 終身効果型
失ったモノ:不明
非常に珍しい、植物のロストマン。
自分の周囲の植物の成長を促進させ、病気などを防ぐ。
特定の植物が増えすぎたり減りすぎたりしないように、森のバランスを保っているとも言われている。
常に周辺をダストで輝かせているので、夜はロストマンしか見ることができない絶景として知られ、ロストマンの間では聖地となっている。
ここで結ばれた約束は、必ず果たされるという言い伝えがある。
たまには異能力ファンタジーでもいかがです? 大野原幸雄 @oonoharayukio
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