46 プッシー・キャット・ドール④

私が売られるとき


ママからたった一つだけもらったものがある



「インナ、男に無理やり襲われたら、黙って受け入れなさい」


「…どういうこと…?」


「あなたの一番大切なものを守るためよ」


「一番大切なもの…?」


「そうよ」




ママは泣きながら、私を抱きしめた。




「私の一番大切なものって…なに?」


「命よ」


「いのち?」


「そう。それ以外のものは全部くれてやりなさい。」


「…うん」


「絶対に…生きて。生きていたら、絶対にいいことがあるから…」




ママからもらった唯一のこの言葉を

私は大切にしようと決めた。



ゴトンゴトン…



私は列車の倉庫で、知らない国まで運ばれる。

そこで毎日毎日、たくさんの男の人の相手をしていた。




「インナちゃんって言うのかい?可愛いね…」


「…」


「じゃあ服を脱がすね…」





私は、全てを受け入れた。

自分の運命と自分の宿命を。

だけど、ある日。





「…君がインナちゃんかい?」


「…」


「くふっ…これ、僕の趣味なんだけれど…お金払っているからいいよね?」





一人のお客がそう言って、スタンガンを取り出した。




「ヤニェホチュッ!(やめてッ)」


「…ロシア語も可愛いね…けど何を言っているかわからないよ…」




男は何度も私にスタンガンを当てた。

その度に私は気絶して、犯された。


目が覚めるとまたスタンガンを当てた。

私は、殺されると思った。


この時、ママの言葉を思い出した…




『絶対に…生きて。生きていたら、絶対にいいことがあるから…』




この言葉を心の中で何度も唱えた。

何度も何度も「生きたい」と願った。




すると、私の身体が光り出したんだ。



ポゥ…



私は男の目を見る。

すると男はスタンガンを捨てて、私に抱きついて来た。



「インナちゃんッ!」



それから男は、私を1日中抱いた。



そうか…

ママが言っていたのはこのことだったんだ…

殺されるくらいなら、男に全部くれてやりなさい…

ママが言っていたのは…こういうことだったんだ。



命があるだけで、人は幸せなんだ。

命があるだけで…



今まで、私はママに抱きしめてもらうことが、世界で一番幸せな事だと思っていた。



けれどこれからは一生…

私は性欲の対象としてしか…誰かに抱きしめられることはないんだ







力強く。

そして優しく私はインナちゃんを抱きしめる。




「―ッ!」




インナちゃんは言葉にならないような言葉で泣きじゃくった。

私の背中のあたりを優しく掴んで、ずっと泣き続けた。




「…」




私は、インナちゃんの頭をなでる。

この子に一体どんなことがあったのかはわからないけど…

きっと、正解したんだ。


ただ抱きしめてあげることが

インナちゃんに一番必要なものだったんだ。




「もう、大丈夫よ。」


「―ッ!」


「うん…うん。ここにいる人はみんなインナちゃんの味方なの。もう怖くないよ。」









「結局、能力が発現した理由はわからなかったのかい?」


「はい…だけど『プッシー・キャット・ドール』は、やはりインナちゃんの意志で操作することができる能力だったみたいです。」


「…ほう」


「鎖が外れたとき、私はとっさに自分に『イエロー・スナッグル』を発動しました。」




インナちゃんを襲おうとした私を…

私は自分の能力で無理矢理制止させた。




「きっとあの時、インナちゃんは私が苦しんでいるのをみて、能力を解いたんです。…とても、優しい女の子なんですよ。」




きっと自分の能力のせいだと思ったのだろう。




「…そうかい。それにしても…すっかり懐いちまったみたいだね…」




インナちゃんは、私の膝枕でぐっすり眠っています。

こうやってみると…普通の女の子。




「もしインナちゃんが、自分で能力をしっかり操作できるのであれば…イノさんの能力を使う必要はありませんよね?」


「あぁ。けど、それにはちゃんと教育する必要がある…」


「インナちゃんなら大丈夫ですよ…」




結局まだインナちゃんのことはほとんどわからないままだけど…

私達は友達になったんだから、これからゆっくりお話しよう?

そして、たくさん笑おうね。


誰にだって、誰とでも笑顔になる権利があるんだから…











「イノがいないと、麻衣の研究室つぶれちゃうとか思ってたけど…かなちゃんは優秀な子みたいね。」


「うん…」




麻衣とピースが、庭を散歩しながら沖田かなを語る。




「才能って言うのかな…自分のやるべきこと…いや、相手にとって一番必要なものを感覚的に理解することができるのよ、あの子は。」


「…イノにはない才能ね…」


「うん…」




少しの沈黙のあと

ピースが口を開く。




「ねぇ、麻衣。」


「何よ」


「私たちが日本に来た理由…あなたは気づいているんでしょ?」


「…。…えぇ。」


「正直、麻衣に迷惑をかけることが一番気がかりだったけど…かなちゃんがいれば平気そうね。」


「…」




ピースは、間をおく。





「ごめんね麻衣…私達、イノを連れてくわ」







■No14.インナ・アンドレーエヴナ・エフシェンコ

能力名:プッシー・キャット・ドール(命名:不明 執筆:沖田かな)

種別:観察系 指定効果型

失ったモノ:不明(愛)


対象者の目を見ることで発動する。

対象者は不本意に欲求が爆発し、理性で抑えることができなくなる。

欲求の種類はインナちゃんが指定することができ、確認できているのは『睡眠欲』『食欲』『排便欲』『性欲』の4種類。

インナちゃんはただ怖がっていただけだと思うんです。

せっかく友達になれたから、今後ちょくちょく『祈りの園』に通いたいと思います。

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