幸福追求権

幸福追求権(こうふくついきゅうけん)とは、

日本国憲法第13条に規定される

「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」のこと。

―――――――


この大海原を目の当たりにして、僕は今、何も考える事が出来ない。

ただただ、青い青い海が広がっている。

海の方から吹く風が僕の黒い髪を揺らした。


そっと目を閉じて、波風の音に耳を澄ませた。


(僕にとっての幸福・・・)


それを考え、導き出される答えは一つしかない。


“同じ”ヒトと出会う事


しかし、それは同時に、何かを捨てるということ。

このパークを離れなければいけない。


僕の“親友(フレンズ)”




僕は、親友を捨てなければいけない。

何故そう言う表現をするのか。


博士曰く、このパークの一定範囲内には空気中にサンドスターが浮遊している。

フレンズの生きる糧になっている。

このサンドスターの範囲外へ、仮にフレンズが出たとしたら。

酸欠状態になって生命が危うくなる。


僕もその実験に立ち合い、立証した。

船を漕いで、キョウシュウエリアから50kmの沖合まで来た所、

同船した博士と助手が息苦しさを感じ、引き返した。


ここから導き出されるのは、サーバルは僕と一緒に島外へと出れないという事だ。


ヒトのフレンズとして、生まれた僕は出れないのでは?

そんなことはない。


“一度セルリアンに食べられている”ので、もうフレンズではないのだ。

普通に、年を取るし、成長する。


ゴコクでその事実を知った自分は、“命ある内にやりたい事を”と思い、

このキョウシュウでラッキービーストや映像のミライさんの助言を聞きながら、

自分でフレンズの生態研究を始めた。一研究者になった。


僕は、レポートを書き上げた。言い換えれば、“論文”。

これをヒトの世界へ持って行き、発表する。


僕が、フレンズとヒトとの架け橋になり、このパークを再興させる。

再び、パークに賑わいを取り戻す。

それが、僕にとっての“幸福”だ。



しかし、誰かが幸福になれば、誰かが不幸になる。




某日、船出しようとした。

人間の世界へ行く為だ。


「...かばんちゃん」


僕の右腕をサーバルが掴んだ。

振り向くと、彼女は潤しい瞳をしていた。


「...行かないで」


細いガラス管の中で空気が振動するような声だった。

用件は単刀直入だし、言いたい事も十分わかる。


「ごめんね。すぐに戻ってくるから」


ただ、そう言う事しかできない。


「...」


彼女は唇を噛みしめていた。

うっすらと、涙を浮かべていたかもしれない。

ハッキリと認識できなかった。


「ヤダよ・・・」


僕を掴む腕が、強くなった。

少し、痛さを感じる。


「サーバルちゃんなら、僕の夢を応援してくれるよね」


けれども、僕は笑った顔を見せた。


「...ねえ」


「なに?」


「わたしが、ガイドしたの、覚えてる?

木登りを教えてあげたの、覚えてる?

セルリアンを倒してくれたの、覚えてる?」


忘れるはずがない。

それは、最初の、出会った頃の話だから。


「もちろん・・・」


「けど、かばんちゃんは自分で賢くなった。

知恵を付けた。力を付けた。

私も知らない事をするようになった」


彼女の目は、僕に苦しみを訴えた。


「先走って・・・、おいてかないで・・・

わたしにとってのしあわせは、かばんちゃんと一緒にいることなの・・・」






僕にとっての、幸福か。

彼女にとっての、幸福か。





ヒトっていうのは、自分勝手で、強欲で、最悪な生き物だよね。

自分で自分を嘲り笑う。


“自分自身の幸福を求めるに決まってるじゃないか”


僕は無理矢理、彼女の手を振り払った。


「僕は一人の研究者として・・・、このパークを再興する義務がある。

一々サーバルちゃんのわがままに付き合ってられないよ。

一緒に行っても途中で息苦しくなって死んじゃうからさ、このパークにいて」


そのまま僕は、船の奥へと歩いていった。

そして彼女は、思わぬ行動に出た。


「えっ?」


いきなり、自分が持っていたバックを無理矢理取ろうとしたのだ。


「ちょっ、やめてよ!」


彼女は僕の抗議を無視し、力づくで奪い取ろうとする。

この中には僕が一生懸命書き上げた論文と島で見つかった唯一のパソコンが

入っている。このまま彼女に渡すわけにはいかない。

しかし、彼女の力は想像するよりとても強かった。

元は動物、人間と動物。力の差では圧倒的に動物が有利なのだ。


彼女は片手でバックを引っ張ったまま、空いた手で、僕の方に向かいツメを輝かせた。


「ちょっ!?あっ!」


サーバルは持ち上げたそのバッグを、海に投げ捨てた。

その瞬間は、あっという間でもあり、スローモーションの様に僕の目に映った。


僕が、時間をかけて積み上げた物が、一瞬にして海に飲み込まれた。


立ち上がった白い水しぶきが、僕に衝撃を与えた。




「・・・・」



「これで、いっしょにいられるね!」


そう笑った笑顔が、僕には悪魔の笑いの様に見えた。

腹の底から彼女に対しての憎悪が沸き上がってくる。


「どうしたの?かばんちゃん、いま、しあわせでしょ?」


しあわせ?

何をふざけて言っているのか?

僕にとっての幸せは・・・


「ふざけないでっ!」


僕は、咄嗟に体を動かしていた。

考える時間なんて、ない。


「みゃっ!」


サーバルが声を出した。

そして、そっと、目線を下に落とす。


「・・・いたい」


小さく呟いた。

持っていたナイフで彼女を刺した。

僕の黒い手袋が赤くなっている。

だが、僕はまだ目が覚めていない。


「知ってる?僕の幸福はヒトと会う事なんだよ?

サーバルちゃんはそれを潰した。僕の幸福を潰した。

幸福の追求を阻害したサーバルちゃんに生きる資格なんてないよ」


思いっ切り力を込めていた。

彼女は既に、言葉も出せなかった。


「全部・・・、全部・・・、無駄になったんだ・・・

君のせいだよ。サーバルちゃん」


後ろに彼女は倒れた。

ナイフを僕は、引き抜く。

白い服が、赤くなってる。かなりの出血だ。


僕は、親友を殺した。


だから何だ。幸福追求を侵害したんだ。彼女は。

立派な人権侵害だ。


僕は後に、この島のリーダーになるはずだった。

彼女に、“生存権”は無い。


彼女の亡骸を、引っ張り、海へと捨てた。

海の色が、赤色に変わった。




人権を保障するということと人権を侵害するということは表裏一体である。




僕は海原で、笑った。


「あは・・・、はははははっ・・・・!!

ボクはリーダーになる!この島の宰相になるんだ・・・!!

そして、平和な国を作り上げる・・・」


とりあえず、船を出港させた。

あんなところにずっといてもつまらない。


柵に寄りかかり、高笑いした。

虚しい声が響いた。



「えっ」



寄りかかっていた、柵が唐突に壊れた。

僕は海に真っ逆さまに落ちた。


「ゴボッ...」


暗く蒼い海は、僕を飲み込んだ。

全て全て・・・。


どうしてこんなことに・・・?


――――――――――――――――――――――


すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る