十三章

 ……人間というのは、体内の三分の一の血液が一気に無くなると、血圧が急激に低下し、死に至るらしい。へぇ……だったら俺、結構頑張ってるんじゃね?



「っあ……」



 痛みから膝をつきそうになる。……これで14発の弾丸を浴びたことになる。悠真は俺の急所を外し、腕や足を中心的に狙ってきた。たまに腹や肩付近も撃ち抜かれ、血圧どうこうよりも精神的にもたない。

 姫様は、瓦礫の影に隠れている。時折姫様が使おうとするスキル……それを、俺は全て拒絶した。方法はなんというか……簡単だ。


『あなたがスキルを使うと言うのなら、私はここで、自分の腹を裂いて死にます』


 ……と、ずるい言葉を吐けばいいのだ。とにかく、姫様を守ってさえいれば、姫様もゆり様も助けられる……かも、しれない。いや、助けてみせるんだ。



「……君も、諦めが悪いよね」



 不意に悠真が話しかけてきた。



「どんなに頑張ったって、この世界は見ての通りの有り様だ。いつか終わる。いつかくる世界の終焉。それが早いか遅いかだけの問題だろ? 第一、こんな世界守ってなんになる? もうすでにお前がほとんど破壊しただろう?」


「っ、はは……俺が死んだら困るのは、お前だろ……?」


「うん、まぁ確かにね」


(……なんだ?)



 悠真の余裕顔が、妙に脳裏に焼き付いた。迫りくる痛みと戦い、遠ざかる意識を掴まえながら考える。なんだ? 俺が死んだら困る。それは違いないはずだ。俺が諦めると思っているのか? その根拠はなんだ? 銃を撃ち続けていれば、いつか、力尽きる。意地と気合いでどうにかなるにも限界があるだろう。いくら悠真が頭のネジが1000本外れたど阿呆だったとしても、それは分かってるはずだ。

 だったらなんだ? 俺に弾丸を撃ち込む以外に、俺に諦めさせる手があるのか? 姫様を……? いやでも、俺が姫様の目の前にいるんだ。姫様を狙うことは出来な…………。


 ――俺は今、姫様の目の前にいる。前からの攻撃は防げる。しかし裏を返せば、後ろからの攻撃は防げない。

 どうして気づかなかったのか……。俺に薬を打ったのは、悠真じゃなかっただろう? 俺に薬を打ったのは――。

 俺はハッとして後ろを振り返った。そこには、銃を構えてこちらを見据える、女が、一人。



「――やれ、六番」


「止め――っ!」



 彼女が引き金を引くのは、早かった。そして、あまりに正確だった。その弾丸は標的を貫き、地面を鮮血で染めた。



「っあ……く、……なぜ、だ…………?」



 銃を持っていた右腕を貫かれ、悠真はそう呻く。それを見ていた俺も、困惑していた。……あいつは、俺らを助けたのか…………?



「…………並木ゆりさんのことですが」


「…………」



 思わず身をこわばらせる俺に対して、彼女は淡々と告げる。



「私がご自宅へお返ししました」


「なんだと……? どういうことだ、六番! お前は、俺に対する忠誠を忘れたのかっ!」



 悠真が初めて感情を露にし、彼女を怒鳴り付けた。力が入った腕からは血が溢れ、血圧の低下と怒りから、彼の体はブルブルと震えていた。一方で、突然脅威から解放された俺は、一瞬意識を手放しかけ、その場に崩れ落ちた。



「ルアンっ……! しっかりして! ね?!」


「……ひめ、さま…………。危険、ですから……隠れて……」


「もう無理! 限界! ルアンを放ってなんておけないよ!」


「ダメです、スキルは……」


「…………使わないよ。ルアンが、望んでないことなんだから」


「――――」



 また響く銃声。六番という彼女は、今度は悠真の左足を撃ち抜いた。ガクッと崩れ落ちた悠真に歩みより、彼女は表情を一切変えず、告げる。



「……あなたへの忠誠を忘れたことなど、ほんの数秒たりともありません」


「ならなぜ……ならなぜ! 僕を撃った! なぜ俺を撃った! なぜだ! なぜ……。

 ……俺はお前が望むものをなんでも与えたはずだ。俺の、唯一の理解者として、お前を生み出した。不可能だと言われた『感情』というプログラムまで完成させた! なのに」


「『感情』を持ってしまった私は……ルアン・サナックのことを知り、彼を傷つけることを拒んでしまいました。彼も、私と似ていた」



 それから彼女は、俺と姫様に近づき、小さなブローチのようなものを二つ、取り出した。



「……これは?」


「時空転移装置です。使い捨てのもので、一度使えば壊れてしまいます。これを使えば、もう一つの世界へ、逃げることができます」


「……もう一つの世界……って、ゆり様の?」


「そうですね。ただ、この機械は正確性に欠けます。私や彼が使っていたものとは性能がまるで違います。別世界に移動する際、大きな時間のずれが生じることがあるでしょう。それでも、いいですか?」


「……一応、聞いておくが……これは、罠とかじゃ、ないんだな?」


「罠を仕掛けるために、わざわざ自分の主人を撃ちますか?」



 俺はちらりと姫様を見る。姫様もこちらを見ており、それから、小さく頷いた。



「……ではまず、あなたから」



 彼女が姫様の胸にブローチをつけると、その体は淡い光に包まれた。そして、だんだんと薄くなっていき、消えかけたその時、姫様が走り出した。……その先にあったのは、俺の、死体。



「…………だって、お墓くらい、作ってあげたいじゃん……」


「姫様……。

 ――ルアン・サナック、姫様を、頼んだ」



 姫様は、俺の死体と共に、その場から消え去った。それを見届けた六番は、俺に向き合った。



「彼女を先に行かせたのには訳があります」


「え……」


「先程の彼女の行動で、全ての謎が解けました」



 彼女が何をいっているのかさっぱりだった。ポカンとしている俺に、六番は告げる。



「あなたに、説明をしたいと思います」


「説明……」


「はい。……まず、今の転移で、私はオートルの姫君の記憶を書き換えました」


「…………は?」


「向こうの世界に行ったとき、なんの施しも受けないと、お金も食べ物も住むところも無いまま道端に放り出されます。それでは彼女は、生きていけないでしょう。なので、彼女を別の人間として向こうの世界で生かそうとしたのです」


「……まさか」


「えぇ――彼女には、並木ゆりとして、転移してもらいました」



 ……俺が、そうだったらいいなと思っていたことは、本当にそうだった。ゆり様は、姫様だった。似ているどころか、同一人物だった。



「しかし、姫君が死んだあなたを連れて転移するのは想定外でした。なにか施す余裕もなく、過去のあなたは転移した。しかも、死んだ体で」


「……死んでいると、なにか不都合があるのか?」


「どうやら、姫君が転移する際、時間は過去の方にねじれたようです。よってあなたは、間接的に生き返ってしまうことになります」


「そうすると……?」


「向こうで一番始めに感じたでしょう? 違和感を」


「えっ……」



 一番始めに感じた違和感といえば、視線がやけに低いことだった。それから鏡を見て驚愕して…………。



「あの三等身の体は、あなたが生き返ってしまったことによる『バグ』のようなものでしょう。普通はあり得ないことです。我々も、なぜあなたがそのような容姿だったのか検討もつきませんでしたが……そういうことだったのですね」


「バグって……」



 んなのありかよ……。



「最後に、一つだけ。……あなたが、もし、過去に転移した場合……それはきっとありえない」


「……どうして?」


「今度は、あなたはしっかりとした人の姿で転移できる。過去に戻ればゆりさんを助けにいくでしょう。しかし来なかった。あなたはきっと、未来に転移した」


「…………」


「向こうにいったら、あなたは並木ゆりという名の自分の主人に会いに行くでしょう。……しかし、どれくらい未来に飛ばされるのか。私たちには分からないのです。もしかしたら何年もの時間が過ぎているかもしれない……。

 あなたの記憶も、書き換えることが可能です。どうしますか?」



 ……記憶を、書き換える。そうすれば、俺は不自由なくやっていける。ゆり様が俺のことを忘れている可能性もあるし、第一、俺だと分からないかもしれない。そんなリスクを負って、転移する。



「…………俺は、もう一度死にたいなんて思わない」


「……では、」



 …………。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 ルアン・サナックの身体が光に包まれて消え、六番は主人の方に振り返った。



「……勝手なこと、しやがって」


「でも、私の好きなようにやらせてくれました」


「はっ……お前に撃たれたこの体じゃあ、動けなかっただけだよ」



 彼の脳裏に、これまでのことが走馬灯のように映し出された。……思えば、嘘をついてばかりの人生だったな、と…………。六番がこういう行動に出ることは想定内だった。しかし、なぜあそこまで感状を剥き出しにして怒鳴ったのか、自分でも、分からなかった。



「……あなたの任務は、私が遂行します」


「……は?」


「この世界を破壊すること。私が核を破壊します」


「おい、ちょっと待て。……どういうことだ、お前にそんな能力はないはず。そんなこと出来るわけ」


「出来るんですよ。……あなたの、薬を使えば」



 六番が取り出したのは、ルアン・サナックに使った薬と同じものだった。彼女の体が、耐えられるわけない。



「やめろ! そんなことしたら、お前は完全にショートする。もって5分だ。そんなこと」


「心配してくれるんですね……。でも、自分でも分かってます。私は、あなたに造られた人工知能。賢いんですよ」



 そして、懐から、もう一つブローチを取り出すと、主人に手渡す。



「……自分の逃げ道を作らないように、あちらの転移装置は壊してしまいました。申し訳ありません。これが最後の一つです。……逃げてください。この世界は、崩壊します」



 彼はブローチを受け取り、それをじっと見つめながら六番に問う。



「……聞いてもいいか」


「はい」


「どうして、ルアン・サナックを助けた」


「彼は私と同じ、誰かに忠誠を誓うものであり、私と同じ、他人とは違う特徴を持っていました」


「お前は、ルアン・サナックと同じ立場にたったら、同じことをするか?」


「はい」



 あまりに素直な答えだった。彼女は、彼の前では決して嘘をつかない。それを分かっている彼は、彼女に最期の質問をする。



「俺のことを、笑っているのか?」


「いいえ」


「蔑んでいるのか?」


「いいえ」


「何もかもから見放され、自分で作ったロボットしか信じられない俺だ。自分が誰なのか分からないような俺だ。……哀れんでいるのか?」


「いいえ」


「じゃあどう思っている?」



 彼女は、よく通るその声で、真実を告げる。



「愛しております、誰よりも」


「…………」


「他人と違うということは、少なからず、自分を苦しめます。それがたとえ、才能と謳われていたとしても、みんな、誰かとおなじになりたがる。

 ……あなたも、ルアン・サナックも、そういう点では同じでした」


「……そーかよ」



 彼は彼女から転移装置を受けとると、それを遠くへ放り投げ、左手で拳銃を握り、撃った。



「……逃げ、ないのですか?」



 ほんの少しだけ驚いたような彼女に、彼は言い放つ。



「……どうせ向こうへ戻ったって、俺は道具を操る道具でしかない」


「後悔、していますか?」


「あぁ、しているさ。お前に感情を与えたことをな」

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