十二章
「ではまず――」
「でもその前に、やることがあるよね?」
「…………は?」
これまでのことについて俺が今まさに話そうとしたとき、姫様がそう俺を制した。
「ルアン」
「はい……?」
「着席!」
「はいっ?!」
跪いたままだった俺の肩を姫様が押し、俺は後ろに尻餅をついた。その隙を逃がすまいと姫様が俺の足をがっちり掴んだ。
「姫さっ! いたたたたたた……」
「止血しないとダメでしょ!」
「これくらい大丈夫」
「スキル、使うよ?」
「うっ……」
「し! け! つ!」
「…………はい」
……やっぱり、姫様には敵わない。そう思うと同時に、ゆり様のことがちらつく。…………大丈夫、なのだろうか? そんなことを考えている間に、姫様はポケットから包帯を取り出して、俺の足に巻き始めた。
「……そんなの持ってたんですか」
「みんな怪我してるはずだから、ちょっとでも役に立てればいいかなって……」
「…………」
……申し訳ない気持ちで一杯だった。姫様は、こんな状況だったとしても、みんなを助けようと努力していたのだ。それに対して俺ができたのは、その希望を打ち壊すことだけ。
「……よし、でーきた!」
「ったぁ!?」
ぎゅっと包帯を結び、姫様は包帯の上からばしっと俺の足を叩いた。
「過去は過去! 今は今! ね?」
「…………」
「たった今から、過去のことについてあれこれうだうだ悩むのは禁止します! はい、私の権限でけってーい!」
「……ははは……、分かりました」
姫様のむちゃくちゃに、今はどれだけ助けられているのか分からない。こんなことになったあとも、姫様は……。むしろ不安にさえなってしまう。
「……じゃあ、なにがあったのか、教えて?」
「……仰せのままに」
俺は、ここで死んだ記憶があること、それからネコに襲われたこと、ゆり様に助けられたこと、一緒に遊んだこと、昔の話をしたこと、友達をつくったこと、姫様を探したこと――今までに起こった全てのことを、姫様に話した。
「そっかぁ……ちょっと羨ましいな」
「え?」
「だってルアン、私とはお風呂入ってくれなかったじゃん」
「いや! あれはゆり様が無理矢理」
「へー、女の子のせいにするんだぁ、へぇーーー?」
「ごめんなさい私が悪いです色々落ち着いたら一緒にはいります」
目隠しありで。
「よろしい。まぁそれはともかく……その、悠真? って人が言った条件は『この世界を滅ぼすこと』なんでしょ? でも私がまだ生きてるってことは……そういうこと、だよね?」
「えぇ、ですが、私は一つ思うことがあるのです」
「なに?」
不審だとは思っていた。こんな回りくどいことをしなくても、あんな猛毒を作れるような頭を持っているのだ。わざわざ俺を使って滅ぼさなくたって、ほかになんとか出来ないのか。
――答えは簡単だ。
「悠真は、自分では、世界を滅ぼすことができないのではないでしょうか? だから私を脅した」
「でも、悠真っていうのは未来から来た優秀な研究者、なんでしょ? 例えば、殺戮ロボットー! みたいの作って壊すんじゃ、ダメなのかな?」
「うーん、どうでしょう? 技術的には可能でも、費用的や労力的に無理だったのかもしれませんよ」
「どういうこと?」
「悠真は『不要になったから』この世界を破壊する。つまりは単にゴミをゴミ箱に捨てるような感覚で世界を滅ぼそうとした。ゴミを捨てるのに、そんな大金は積めないでしょう」
自分が生まれ、慣れ親しんだ世界を『ゴミ』と言うのは心苦しかったが、きっとそういうことなのだろう。薬を調合して毒にするのと、全てを破壊する『なにか』をつくること。手間や時間、経費など、色々ひっくるめて、俺を使うのが一番合理的だ。
「……そっか。でも、ルアンである必要はなかったよね?」
「あの『薬』が、普通の人間の体には強力すぎたのかもしれませんね」
あの三頭身の体は不便ではあったが、回復力だけはずば抜けていた。ネコにずたぼろにされても一時間程度で完治してしまうほどに。その体で、あれだけのダメージをくらい、しかもその効果が持続するのだ。俺も今の本来の体だったら……耐えられなかっただろう。
「……うん。それで、悠真が自分で世界を滅ぼすのが無理だってなったら、ルアンを利用するしかなかったってことだよね?」
「えぇ、それゆえに、彼はゆり様に簡単には手を出せないはずです。姫様は人質にとろうにも、とれませんから」
世界を滅ぼすとなれば、一人たりとも生かしてはおけないはずだ。それなのに姫様を助けたければだなんて、矛盾する。どうせ殺されるのに、どうして人質として成立する?
「なので、私がここでなにもしない間は……きっと、ゆり様は無事でしょう」
「でも、ルアンに世界を滅ぼさせないと……」
「…………えぇ。なので、もしかすると……」
――辺りを一掃するような、殺気。
反射的に姫様を背中に隠し、剣を握りしめる。
…………来る、あいつが。
「…………あー、気づかれちゃった」
悠真は、不気味な笑みを浮かべたまま、俺たちに一歩、また一歩と近づいてくる。じりじりと間合いを詰められ、行き場が無くなっていく。
「……ルアン」
「姫様、スキルだけは、使わないでくださいね」
「少しくらいなら、私も戦える」
「ダメです。……これ以上、姫様を危険な目に遭わせられません」
「でも」
そうこうしている間にも、悠真との距離は縮まる。……なにを仕掛けてくるか分からない。しかし、狙いは分かる。ここまでやってしまった以上、姫様さえ殺せてしまえば、あいつらの計画通りな訳だ。無理に俺を殺さなくてもいい。姫様さえ、殺せてしまえば、この世界はもう、滅びるしかないだろう。
「……僕がなにを言いたいか、分かるかなぁ?」
「……知るか」
「へぇ? 本当は分かってるのにねぇ。嘘はよくないと思うよ?」
お前には言われたくないとばかりに、悠真を睨み付ける。悠真は懐から小型の拳銃を取りだし、俺に向ける。擊鉄を起こし、引き金に指をやり、引く。
「っ……」
「ルア」
「姫様は! ……さがって、いてください」
悠真の放った弾丸は、俺の左腕をしっかりと捉えた。
「今のは警告ね。今すぐそこを退いてくれるんだったら……まぁ、君くらいは助けてもいいよ。この世界の核を破壊してもらったあとでね。実験対象にはなるだろうけど」
「……そんなのはごめんだ」
「そっかそっか。あ、ちなみに。薬はいくらでも替えがあるんだ。体も耐性ついてるだろうから、薬で死ぬことはないよ、多分ね。だから破壊の手段については心配しないで」
俺にとって幸運だったのは、ゆり様のことで予想が当たっていたこと。俺が世界の核とやらを破壊しない限り、ゆり様が傷つけられることはない。
それから、どうやら悠真の武器は拳銃のみ。俺が弾丸を剣で防げるだけの力量があればよかったが、残念ながら、俺はそこまで優秀じゃない。それならどうするか? ……決まっている。俺を殺したら、目的は達成できなくなるはずだ。だから、致命傷は避けてくるはず。……だったら、
「じゃ、どこまで耐えられるかなっと。……バーン」
「ぐぁ…………っ」
「ルアン……!」
永遠に、姫様の前に立ち続けるのみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます