第244話 立ちつくす
パフォーマンス種目の競技が始まった。
一人目は有名なアンドロイド・ストリーマーで、配信でいつも見せているヒップホップダンスを踊った。
銀髪のショートカットに褐色の肌、オレンジ色のタンクトップに黒いレギンスの女性型アンドロイドが、ステージ上で跳ね回る。
50メートル四方の大きなステージを縦横無尽に使って、それが小さく感じるくらいのダンスを見せた。
トップバッターの彼女が、観客を大いに盛り上げてくれる。
二人目は、ピアノの演奏だった。
ステージにグランドピアノが用意されて、濃紺の上品なドレスに身を包んだ女性型アンドロイドが、一礼して椅子に座る。
大学の研究室出身の彼女は、それらしく知的な
曲は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の、大カデンツァのほうを弾く。
数あるピアノ曲の中で最も難しいとされている曲の一つであるこの曲を、彼女は事も無げに、すらすらとミスタッチの一つもなく弾いた。
ただミスをしないっていうだけじゃなくて、表現力も相当なものだったと思う。
芸術なんてまるで分からない僕が感動したくらいだし、ピアノが弾ける朝比奈さんが、弾き終わった彼女に盛大な拍手を送ってたし。
それなのに審査員が彼女に出した得点は低かった。
100点満点で、75点だ。
確かにピアノの技術はすごかったけど、「自分」っていうテーマが盛り込まれていないのが指摘されて、得点が伸びなかったらしい。
三人目は、鮮やかな桜色の着物のアンドロイドによる、艶やかな日本舞踊だった。
ただの日本舞踊じゃなくて、扇子が7つも8つも宙を舞ったりする、ジャグリングの要素も組み合わせた舞だ。
人間では出来ないそんな踊りでも、やっぱりテーマ「自分」の解釈がないからか、得点は79点だった。
四人目以降も、ダンスやバレエ、ピアノやバイオリンやなんかの楽器演奏、アイドルのコンサートみたいな歌を披露するアンドロイドが次々に出てくる。
でも、結局みんな「自分」っていうテーマをパフォーマンスに盛り込めなくて、80点に届く選手は一人もいなかった。
スタンドの観客は盛り上がってるから、審査員が出す渋い点数に、時々ブーイングが上がったりする。
そして、80点を超える選手が出ないまま、残り三人になった。
いよいよ、香の前にちまちゃんがステージに立つ。
ある層に絶大な人気を誇る、紅白帽に体操着、ブルマ姿のちまちゃん。
ちまちゃんは、パフォーマンスに邪魔だからか、髪は後ろで二つのお団子にしている。
この衣装だと、これから始めるパフォーマンスはなんだろう?
やっぱりダンスだろうか?
それとも、体操でもするんだろうか?
ちまちゃんは、大きなステージの上で、不安そうにぷるぷる震えながら立っていた。
僕も、スタンドの観客も、何が始まるのかステージ上のちまちゃんを見詰める。
「おうふっ」
僕が目を皿のようにしてちまちゃんを見てたら、抱っこしている千木良に腹に膝を入れられた。
「千木良! 何するんだ!」
僕は当然抗議する。
「だって、ロリコンのあんたがあの子を嫌らしい目付きで見てるんだもの」
千木良が言ってほっぺたを膨らませた。
「だから、僕はロリコンじゃないし!」
ホントにひどい風評被害だ。
仕返しに、とりあえず千木良の脇腹をくすぐっておく。
「ちょっと! コラ! くすぐったい」
千木良が僕の腕の中で暴れた。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいご主人様、ゆるしてニャンは?」
「ごめんなさいご主人様、ゆ、ゆ、ゆるしてニャン」
「まあまあ、二人とも、仲がいいこと」
僕達のこと見ていた千木良のお母さんがふふふと笑う。
あっ、お母さんがいるの、忘れてた…………
ところが、僕達がそんなことをしてる間も、ちまちゃんの演技は始まらなかった。
ちまちゃんはステージに所在なく立っていて、始めようとする気配もない。
スタンドの観客がざわめき始めた。
どうしたんだろう?
これは、間を取ってるとかじゃなさそうだ。
ちまちゃんは、ぷるぷる震えながら立ち尽くしている。
ちまちゃんを励ますように、観客が拍手した。
それでもちまちゃんは動かない。
やっぱり、これはどうみてもおかしかった。
そのまま、5分くらいたっただろうか。
ちまちゃんを作った
白いの作業着姿の十数人がステージに上がって、ちまちゃんを囲んだ。
それでもちまちゃんは動かない。
一人がちまちゃんの首元にあるコネクターにケーブルを刺して、パソコンを繋いだ。
そのまましばらく、パソコンのモニターをチェックする。
ざわざわしていた観客が静かになって、ちまちゃんとスタッフを見守った。
僕も、テラスのみんなも、息を殺して待つ。
しばらくして、スタッフの一人が手を交差して×印を出した。
「残念ですが、
司会のお姉さんの悲しげなアナウンスが流れて、ちまちゃんが
そのまま、スタッフによって場外へ運ばれた。
担架で運ばれるちまちゃんは、目を見開いて、どこか一点を見詰めている。
静まり返っていた競技場が、また、ざわざわした。
ちまちゃんのファンが、口々に声を掛ける。
ちまちゃん、一体どうしたんだろう?
Tyrell社は大きな会社だし、競技前のチェックが甘かったとか、ちまちゃんに欠陥があったとかは考えにくい。
この競技に向けて、資金面でも技術面でも、僕達なんかが遠く及ばない万全の準備をしてたはずだ。
「彼女、『自分』っていうテーマを掘り下げ過ぎて、AIが暴走したんじゃないかしら」
千木良が言う。
「テーマに出された『自分』とは何かを考えているうちに、AIがその容量を越えたのね。安全装置が働かなかったのかしら」
千木良の言葉には納得させられる。
確かに、「自分」を表現しろって言われても、僕達人間にだって難しい。
まず、「自分」がなんなのか、それを突き詰めて考えてたら夜も眠れなくなりそうだ。
それを演技に反映させろっていうんだから、問題が難しすぎる。
「あの子のAIの性能が相当高いからこそ、こんなことになったと思うわ。他のアンドロイドは、そこまで考えてなかったんだろうし、そんな能力もないだろうし」
千木良が続けた。
「それじゃあ、香は大丈夫かな?」
僕が訊く。
「そう、ね…………」
いつも自信家の千木良が首を傾げた。
首を傾げながら、僕の服に掴まっている手が、ギュッと握られる。
「大丈夫ですよ! 先輩は、我々アンドロイドの希望の星ですから」
滝頭さんが言った。
「そうだな!」
柏原さんが力強く言う。
「そうだよ、あの彫刻みたでしょ? 香ちゃんならやってくれる」
綾駒さんが言った。
「うん、香ちゃんは今までだって自分を表現してたもの」
烏丸さんが言う。
「…………」
朝比奈さんは、言葉もなく噛みしめるように頷いた。
「さあ、私達は見守ってあげましょう」
うらら子先生が言う。
「それでは、次の演技は、エントリーナンバー53番、ミナモトアイさんです」
スタンドのざわざわを、司会のお姉さんのアナウンスが掻き消した。
中央のせり上がりから、純白の衣装の香が、真っ黒なステージに上がってくる。
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