第234話 洋上の芝

 17番ホールまで終えて、僕達は東京の街から海上の競技場に戻ってきた。

 勝負が決まる最後の18番ホールだけは、ここから競技が始まる。


 570ヤード、パー5。


 香がしーちゃんとの二打差をひっくり返せる、最後のチャンスだ。




 日が落ちて、無数の照明が競技場を照らしていた。


 他の競技を終えた競技場のフィールドの真ん中に、ティーグラウンドが作られている。

 フィールドから10メートルほどの高さでやぐらを組んだ、円形の青々とした芝生のティーグラウンド。

 ティーグラウンドには強力な照明が当たって、暗がりの中でスポットライトのように浮かび上がっていた。


 そのティーグラウンドをステージにして、ここまで17ホールを戦ってきた選手が一人ずつ紹介される。


 香の番になって、彼女も両手を上げて満員の観客に答えた。

 楕円形の競技場の全周から、拍手や声援が送られる。


 この優秀なアンドロイド達の中にあって香が3位につけているのが感慨かんがい深かった。

 弱小チームの僕達が上位に食い込んだことで、香の注目度も上がっている。

 向けられる歓声が明らかに大きくなっていた。

 大観衆に笑顔で応える香は、今までのどんなときより輝いている。



 この競技場がティーグラウンドで、目指すグリーンは洋上にあった。


 東京湾に浮かんだ船の上にグリーンが作られている。


 東京湾に島ができたような大きな船。

 その船こそ、自衛隊が誇る最大の艦艇、空母「あかぎ」だった。

 篠岡一等海佐という、女性艦長が就任していることでも有名になった艦だ。


 その広大な飛行甲板上に、グリーンの芝生が整えてあった。

 グリーンを囲むように、二つのバンカーも設置されている。

 本来はこの空母の主役であるはずの戦闘機、F-35が数機、甲板の隅にちょこんと遠慮がちに停まっていた。


 巨大な護衛艦の艦橋や甲板がライトアップされていて、漆黒しっこくの海に浮かぶ姿がきらびやかに見える。

 250メートルある甲板上では無数の人達が働いていて、海の上に街が一つ浮かんでるみたいだ。


 この競技場から「あかぎ」に向けて打って、ボールが海に落ちればもちろんOB。

 海風や、船体の揺れなんかも考慮しないといけない難コースだ。


 さらに、このホールには大きな障害があった。


 この空母には、ドローンや小さな標的から船体を守るために、艦橋にレーザー兵器が配備されていて、近づいてくる目標を打ち落とす防御システムを敷いている。


 それは、ゴルフボールほどの小さな目標でも完璧に打ち落とした。

 今回の競技に際して、その防御システムは通常通り働いている。


 ボールをグリーンに乗せるには、その攻撃も避けなければならないのだ。




 この難コースをどうやって攻略するか香と考えているあいだに、一組目のプレーが始まった。

 最初のプレーヤーが正面から挑んで空母の方向にボールを打つ。


 夜空に真っ白なボールが打ち出されて、山なりに空母を目指した。


 そのまま簡単にグリーンに乗るかと思われたボールは、ところが突然、夜空に弾けて消えた。


 「あかぎ」に搭載されているレーザー兵器は、音もなく、光も発せずに、飛んでくる異物を木っ端みじんにして排除した。

 ボールは、数千度の熱にさらされて蒸発したのだ。


 続く選手のボールも、無慈悲むじひに次々と打ち落とされた。


 よくアニメなんかで見るレーザー兵器は、赤とか緑の光線が見えたり、耳鳴りみたいな音がするのに、目の前で見る本物のレーザー兵器は、音も光もなく淡々と仕事をこなす。

 その無言の仕事ぶりが、逆に怖かった。


「あのレーザー防衛システムの頭脳はママの会社の製品なんだもの、勝てるわけがないわ」

 ヘッドセットから千木良の声が聞こえた。

 ため息混じりで、千木良もお手上げって感じだ。



「あのレーザーを避けて、どうやってグリーンを狙うかだよね」

 香が言った。


 千木良が諦めていても、香は少しも諦めていない。

 目を見開いて、洋上に浮かぶ艦をつぶさに観察していた。


 そんな香が頼もしい。

 僕も、その香の心意気に報いるために頭をひねった。


 僕と香は、空母「あかぎ」がある方角を見ながら必死になって考える。


 レーザー兵器の発射塔は、空母「あかぎ」の艦橋の前と後ろに二門設置されていた。

 ドローンなどの飛んでくる対象を捕らえるカメラやレーダーの監視装置は、艦橋の四つ角にあって、360度全方向をにらんでいる。


「都庁のビルの中にボールを通したみたいに、今度は水中を通すとか?」

 香がぽつりと言った。


「うーん」

 確かに、水中を通せばレーザーの攻撃を受けずに済むけど、水の抵抗を受ける中でボールを走らせるには相当な力が必要なはずで、香といえどもそれは無理そうだって素人考えでも分かる。


「まあ、耐えられずに確実に香の腕が壊れるな」

 ヘッドセットから、今度は柏原さんの声が聞こえてアドバイスしてくれた。

 僕達は一度壊れた香の腕を弐号機から移植していて、もうスペアはない。


 水中にボールを走らせるのは、諦めたほうがよさそうだ。



 結局、香の前の組の選手は全員がギブアップした。

 誰一人、グリーンに乗せることすらできない。


 このままこのコースを攻略できずに全員がギブアップすれば、前のホールまでの結果で順位が確定する。

 このメンツの中でしーちゃんに続いてちまちゃんと一緒に二位タイになれたら、それはそれで僕達にとっては大きな成果だ(この勝負に勝ったらなんでもするっていう千木良の約束を取り付けたのに、それが実行できないのは悔しいけど)。



 スコアで僕達の前をゆくしーちゃんと、キャディーである千木良のお母さんは、余裕の表情で前の組を見ていた。


 しーちゃんはとお母さんは、このまま全員がギブアップして、このままの順位で競技が終わることを見越してるんだろうか?

 それとも、しーちゃんにはこの鉄壁のガードを破る方法があるのか?


 千木良のお母さんの口元に微かな笑みが浮かんでいるから、後者に違いない。


 だとしたら、このガードを越える方法が存在するのだ。


 正確無比な現用兵器をかいくぐる、針の穴を通すような方法が。





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