第227話 システム・オールレッド
「ごめんね。香、壊れちゃったみたい」
右腕をだらんと垂らした香が言った。
香は、深緑のランニングとショートパンツのユニフォーム姿で、力なく
競技場では、ちまちゃんを抜いた香に注目が集まって、歓声も飛んでたけど、香はそれに答えられなかった。
「ごめんね」
砲丸投げで二位になった喜びが吹っ飛んだ。
すぐに柏原さんが香の手を取って、千木良がモニターしているノートパソコンを開いた。
香の右腕は、肩の部分から完全に動かなくなっている。
筋肉の代わりをしているアクチュエーターの、油が入っているバッグの束が弾けて断絶してるらしい。
「少しだけなら自己修復機能が働いて元に戻るんだけど、ほぼすべてのアクチュエーターが弾けてて、修復が間に合わなかったんだな」
柏原さんが見立てた。
腕に想定外の力が掛かって、骨格もねじれてるみたいだ。
ちまちゃんを抜く記録を出した
本当なら、香のAIにリミッターが働いて、こんなこと出来ないはずなんだけど……
「腕だけじゃないわ。左足もかなりやられてるわね」
ノートPCの画面を見ながら千木良が渋い顔をする。
左足は、1000メートル走で無理に体を内側に倒したときに傷めたのかもしれない。
画面では、エラーを示す赤いタグが、香の体のあちこちで点滅していた。
「ホントにごめんね。香、がんばりすぎっちゃった」
香が言って、朝比奈さんが「そんなことないよ」って、香を抱きしめる。
烏丸さんも慰めるように肩に手を置いた。
「みんなに絶対メダルをプレゼントしたかったの……部室を守りたかったから……」
香の言葉に、「師匠!」って、滝頭さんが涙声で叫んだ。
「壊れてしまったものは仕方がないよね。対策を考えましょう。どう? 柏原さん、香ちゃんは直せそう?」
うらら子先生が訊く。
やっぱり、こういうときに先生は頼りになる。
冷静に次を見据えている。
「…………そうですね、今晩徹夜をして、ぎりぎり……かな」
柏原さんが、か細い声で言った。
今まで柏原さんからは聞いたことがないような声だ。
柏原さんが弱気になるなんて、香の怪我の症状の深刻さが分かった。
「うん。それじゃあ、船に帰り次第、修理に掛かりましょう。今日は、あと一種目、学力テストだけだから、手と足が壊れてても受けられるわね。明日のゴルフまでにどうにかしましょう」
先生が言った。
先生が言うとおり、今日はあと、「大学入試センター試験程度の学力テスト」があって、体を動かす種目は明日の「ゴルフ」だ。
明後日が「競泳100メートル自由形」と「料理」、「絵画または彫刻」で、最終日は、閉会式前の最後の種目が、「歌、ダンス、楽器演奏などのパフォーマンス」になっている。
つまり、明日の朝までに直せば、なんとかなる。
ここまで来て、
「香ちゃん、学力試験は受けられそう?」
僕は訊いた。
体を使う種目ではないとはいえ、大丈夫だろうか。
「うん! 右手は動かないけど、左手が使えるから、試験受けられるよ」
香が言う。
「よし、ひとまず応急手当をしておこう」
柏原さんが、香の右腕に
足にもバンテージを巻いて、これ以上悪化しないようにしておく。
着替えた香を競技場の隣りにある試験会場の建物まで送り出すと、付き添いに滝頭さんを残して、僕達はすぐに船に戻った。
船の工作室に、部室から持ってきた部品と工具を広げる。
香が戻ってきたら、すぐにでも作業出来るように準備したのだ。
柏原さんによると、右手と左足を全部作り直すような大手術が必要らしい。
さらに、分解した結果いかんでは、肩の付け根や腰骨を修理しないといけなくなるとのこと。
腕や足を直したあと、綾駒さんが皮膚を張る作業も待っている(ミナモトアイのファンも見てくれてるし、中身の機械が剥き出しの姿を見せるわけにはいかない)。
みんなで徹夜しても、間に合うかどうかはぎりぎりだ。
僕達の異変を知った千木良のお母さんの会社、「ヘカトンケイレス・システムズ」のスタッフの人達が、色々とアドバイスをくれた。
工作室にある道具はなんでも使っていいからね、と、最新の工具や測定器の使い方を教えてくれる。
そんなふうに香を迎え入れる準備をして、祈るような気持ちで待ってると、
「ねえ、腕と足を一から組み立てる必要はないんじゃない?」
突然、綾駒さんが言った。
「えっ? どういうこと?」
僕が訊き返す。
「うん、だってほら、組み上がってる手と足が、もう一組あるじゃない」
「あっ!」
烏丸さんが、なんか気づいたようだった。
朝比奈さんに、千木良に柏原さん、先生、みんな次々に気付く。
なんのことか全然分かってない僕に、綾駒さんが、
「弐号機の手と足を移植すればいいんだよ」
そう言ってウインクした。
「ああ!」
そうだった。
弐号機は、皮膚を張ってないだけで、香と全く同じ構成なのだ。
壊れた手足は、弐号機のものがそのまま使える。
電源を切っていた弐号機をすぐに連れてきて、工作台の上に寝かせた(香がテストを受けているから、香と弐号機の連携は切っている)。
さっそく、柏原さんが右腕と左足を取り外した。
この船の工作台は、人間の手術台みたいになっていて、作業がしやすい。
「手足一本ずつ変えるのはバランスの問題もあるから、両手両足とも変えよう」
柏原さんがそう言って、手足を外した。
部品をとられた弐号機がなんだか可哀相だ。
二時間ほどで、香が学力テストから帰って来た。
「テスト、どうだった?」
僕が訊いて、全員が香を囲む。
「うん、満点だったよ」
香が満面の笑顔で答えた。
壊れていない左手で、ピースサインを出す。
「先輩、師匠、頑張ったんですよ。でも、二十人中、十五人が満点でしたけど」
滝頭さんが言った。
900点満点で、平均点は890点台だったらしい。
学力試験では、あんまり差が付かなかってことか。
それにしても、全科目のテストを二時間も掛からないで回答するアンドロイドって……
「教える先生がいいんだもの、当たり前だよね』
うらら子先生が言った。
みんなで笑って、ちょっとだけ場が
とにかく、無事にテストを終えられて良かった。
「よし、さっそく、取りかかるぞ!」
柏原さんがスパナを握る。
「出来た部分からすぐに肌を張るからね」
綾駒さんがスモッグを被った。
「それなら、私達はお台所を借りて、夜食のおにぎり作ろう」
朝比奈さんが言う。
うちの女子達は、こんな逆境にも全然へこたれてなかった。
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