第223話 無人機
競技場にファンファーレが鳴り響いた。
選手達の入場行進が始まる。
出場するアンドロイドが、入場口から一人ずつ歩いて出てきた。
選手達の名前が呼ばれると、そのたびに大きな歓声が上がる。
入場口を出た選手は、400メートルトラックに沿って競技場を歩いた。
スタンドの巨大なスクリーンに一人一人の姿が大写しにされる。
有名なアンドロイドストリーマーが呼ばれると、歓声は一層大きくなった。
入場行進が始まる頃には、三万人入るスタンドのほぼすべてが観客で埋まっていて、競技場は熱気を帯びている。
出場選手は、手を振って大観衆の声援に答えた。
僕達は、
出場するアンドロイドは、女性型から男性型、そのどちらとも見える中性的なタイプと様々だ。
年齢は、人間でいう十代から二十代に見えるタイプが多かったけど、ちまちゃんみたいな幼女型があったり、渋い中年男性みたいなタイプもいた。
人間と区別がつかない
頭に猫耳を生やしていて、手に肉球があるケモナー受けしそうなタイプもいた。
「エントリーナンバー29番、
しばらく見ていると、あの、ちまちゃんがアナウンスされた。
小さなちまちゃんが、トラックをトコトコ歩いてくる。
彼女は、
頭にちょこんとベレー帽を乗せていて、幼稚園の制服みたいに見える。
胸には、チューリップ型の名札を着けていた。
あざとい、あざとすぎる!
アンドロイドストリーマーとして活動しているちまちゃんは大人気だ。
彼女は、大歓声に応えて手を振りながら、その大歓声にびっくりしたようにぷるぷるしていた。
大画面に映った顔が、「はわわわっ」って言っているのが分かる。
それが可愛くて、より大きな歓声が上がった。
これは、大観衆を前にしたAIの素直な反応なんだろうか?
それとも戦略的にこんな演技をしてるのか?
ともかく、千木良が僕のこと横目で見るから、僕はロリコンじゃないオーラを送っておいた。
ちまちゃんが出てきてから数人おいて、
「エントリーナンバー37番、ヘカトンケイレス・システムズ、C-4さん」
今度はしーちゃんが呼ばれる。
紺のスーツを着こなしたしーちゃんが出てきた。
ちまちゃんと違って、アンドロイドストリーマーの活動をしていないしーちゃんに対する歓声は押さえ気味だ。
だけど、大企業の「ヘカトンケイレス・システムズ」が送り出すアンドロイドだけあって、マスコミからの注目度は高くて、たくさんのカメラのレンズが一斉にしーちゃんの方を向いた。
しーちゃんは、他の選手と違って愛想を振りまいたりしないで、澄まし顔でカメラの前を通り過ぎる。
ウェーブがかかった茶色の髪をさらりとなびかせた。
つんとした立ち振る舞いは、どこか
ジャケットの腕に着いたたくさんの企業のワッペンが、勲章みたいだ。
僕たちと一緒にバルコニーにいる千木良のお母さんが、しーちゃんに向けて手を振った。
しーちゃんはそれに応えて手を振り返す。
それを見た千木良が、ちょっとだけぶすっとした顔をした。
焼き餅でもやいてるんだろうか。
千木良にそんな顔はふさわしくないから、とりあえず、わき腹をくすぐって笑わせておいた。
そしていよいよ、香の番が来る。
「エントリーナンバー53番、ミナモトアイさん」
アナウンスに続いて、入場口から赤いジャケットの香が出てきた。
観客に向けて、いつも通りの無邪気さで手を振る香。
弾けるような屈託のない笑顔だ。
僕達は香に対して演技指導とかしてないから、これは香の自然な反応だった。
個性的な衣装の選手がたくさんいる中で、香の派手な赤いジャケットはよく目立つ。
昔の東京オリンピックの衣装を選んだ先生のチョイスは、正解だったみたいだ。
「アイちゃーん!」
たぶん、ミナモトアイとしての香のことを知っているファンから声援が飛んだ。
スタンドのそこかしこで香を呼ぶ声がした。
香は、そっちに向けて手を振る。
ファンの声が、香を初めて見た観客にも伝染して、歓声が徐々に大きくなった。
大観衆の前で堂々としてる香を見てたら、なんだか目頭が熱くなる。
娘の発表会を見に来た父親のような感覚だ。
まあ、僕は娘どころか、彼女もいないんだけど。
全員の入場が終わって、トラックの中のフィールドにみんなが並んだ。
予選会を勝ち抜いたアンドロイドと、招待アンドロイドも含めて、100体が
一段と大きな拍手で、競技場が包まれる。
開会式のプログラムに沿って、国歌が流されたり、偉い人の開会宣言があったりした。
たくさんのアンドロイドによる開会式のパフォーマンスが始まって、フィールド上で、ダンスや、一糸乱れぬ集団行動なんかが披露される。
開会式の最後に花火が上がって、空に何か光るものが見えると思ったら、遠くから轟音を響かせてジェット機が飛んできた。
自衛隊の無人戦闘機「F-3改」の編隊だ。
入間基地の方角から飛んで来た七機の編隊は、競技場の上空に七色のスモークで虹を描いて、そのまま海に抜ける。
競技場の上にスモークの綺麗な虹が架かった。
アンドロイドのオリンピックだから、AIで飛ぶ無人機のアクロバット飛行チームが選ばれたらしい。
海に抜けた無人戦闘機は、そのまま、ほぼ直角に向きを変えて急上昇、太陽の中に見えなくなった。
こんな急上昇、人間のパイロットだったら耐えられないんだろう。
バルコニーで、うらら子先生とシャンパングラスを傾けている千木良のお母さんが、満足げな顔をしていた。
そういえば、自衛隊に無人機を納入するのは、お母さんの会社だ。
開会式が大歓声に包まれたまま終わると、競技場はあっという間に無数のアンドロイドによって片づけられて、早速、陸上競技の予選が始まった。
個別の種目の合間に、香が出場する十種競技の陸上種目も行われる。
「よし、僕達も行こう」
柏原さんが言った。
僕達は、香を近くで見守るためにコーチエリアに降りる。
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