第212話 ある夏の日

 早朝のラジオ体操で、一日が始まった。


 久しぶりに雨が上がって、部室の中庭にまぶしい太陽の光が降り注いでいる。

 部室を囲む林からは、せみの大合唱が聞こえた。


 僕達は、眠い目をこすりながらラジオの音声に合わせて体操をする。

 昨日のお酒がまだ少し残っているうらら子先生も、庭に出ていた。

 まだ半分夢の中にいる千木良が寝ぼけて倒れそうになったから、僕が支える。

 綾駒さんが大あくびをして、それが滝頭さんに伝染した。

 朝比奈さんも普段よりふにゃっとしてて、それが可愛さを500パーセント増量している。

 アンドロイドの香と弐号機も、朝はなんだか動きが鈍い感じがした。


 そんな中でも、柏原さんと烏丸さんは、ぱっちりと目が冴えている。

 二人は、もうとっくに起きて、学校の周りをジョギングをしてきたらしい。

 二人とも玉のような汗をかいていて、Tシャツが濡れていた。

 朝から元気な二人を見ているとこっちまで元気になる。


 眠い中でラジオ体操はどうにか深呼吸まで辿り着いた。

 みんなで部室に戻る。



「さあ、烏丸さん、一緒にシャワー浴びよう」

 柏原さんが烏丸さんを誘った。

「うん、浴びよう」

 二人が連れ立ってお風呂に入っていく。


 脱衣所がないから、お風呂場のドアの前にカーテンを閉めて、二人はそこで着替えた。

 僕は、薄い布一枚の向こうで着替える二人の透視を試みて失敗する。


 まもなく、お風呂の中から、シャワーの水音が聞こえた。

 この水音だけで、ご飯三杯くらい食べられると思う。


「さあ、香ちゃん、私達は朝ご飯の支度しようか」

 朝比奈さんが言って、香が、「うん、するする!」って元気な声を出した。


 二人が台所で料理する間に、弐号機がちゃぶ台の上に僕達の茶碗や箸を配膳する。

 うらら子先生は朝刊を開いて、難しい顔をしながら読み始めた。

 綾駒さんは、滝頭さんの三つ編みを編んであげている。


 手持ちぶさたな僕は、とりあえず千木良のわき腹をぷにぷにしておいた。

 千木良が暴れるからツインテールが僕の鼻を触ってくすぐったい。



 夏休み初日の朝は、こんなふうにゆったりと始まった。

 僕達はずっと合宿してたけど、このあと学校に行かなくっていいってなると、気持ちがどこまでも自由になる。

 一日中、部員の女子達と一緒にいられるし。



 香がほとんど一人で作った朝食を、みんなで食べた。


 目玉焼きは中身がとろとろの半熟だし、水菜のおひたしは、適度にしゃきしゃき感が残って、なおかつ柔らかかった。

 アジの干物は、アジをさばいて干物にするところから香がやっていて、普通にお店に売っていそうな出来映えだ。


 だけど、香が自分で考えた創作料理、バナナサラダは、再考の余地があると思った。

 ポテトサラダのポテトの代わりにバナナを使ったってことだけど、時間が経ってちょっと茶色っぽくなってるし、甘すぎる。


 料理はまだまだ特訓の余地有りだ。



 朝食が終わると、お化粧をしてスーツに着替えたうらら子先生を玄関で見送った。

 夏休みでも先生は仕事なのだ。


「みんな、だらだらしてないで、ちゃんと勉強も部活もするんだよ」

 教師の顔になった先生が言った。

 切り替えた先生は、もう、お酒の匂いもしないし、目つきも鋭くなっている。

「はーい!」

 僕達は元気な返事で先生を送り出す。



 先生を送り出したら、朝比奈さんと香、弐号機が台所で食器の片づけをして、柏原さんと滝頭さん、烏丸さん、千木良が掃除、そして、僕と綾駒さんが洗濯物を干した。


 まず、中庭に洗濯紐を張って、みんなのシーツを干す。

 それを終えると、Tシャツやブラジャー、キャミソールやパンツを物干し台に干していった。

 洗濯機から取り出したばかりの洗濯物から、微かに柔軟剤が香って、それにうっとりする。


「西脇君は、もう、ブラジャーの干し方もパンツの干し方も上手くなったし、いつお婿むこに出しても大丈夫だね」

 一緒に干しながら綾駒さんが褒めてくれた。


 入道雲が湧いた青空の下に、僕とみんなのパンツが並んで泳いでいる光景は壮観だ。



 一通り家事を終えたら、居間と八畳間にテーブルを出して、みんなで宿題をした。

 僕達は八月にオリンピックで忙しくなるから、宿題は七月中に済ませてしまうつもりだった。


「あんた、そこ違うでしょ」

 懐に抱っこした千木良が言う。

 千木良は自分の宿題をしながら僕の宿題を見てくれた。

「ほら、そこも計算違うわよ」

 何回も千木良に直される。


 千木良は最高の先生だけど、その指導は厳しかった。



 午前中を勉強に充てたら、そうめんをでて、それをお昼ご飯にする。

 大きなおけいっぱいに茹でて、それをみんなでつついた。

 暑い中、辛子からし味噌みそが入ったピリ辛の付けだれで、みんなで汗をかく。

 桶一杯のそうめんが空っぽになっちゃううちの女子達の食欲に感心した。



 午後は、部活動の時間にする。

 夜までグラウンドやプール、体育館が使えないから、庭で弐号機がダンスの練習をして、香はテントの中で柏原さんが整備、千木良がコンピュータールームでAIのチェックをした。

 僕は、柏原さんの汗をタオルで拭いたり、水を渡したり、整備の補助をする。

 隙を見て、庭にビニールプールを据えて水を張って、スイカを浮かべておいた。


 みんなで縁側に座ってすいかを食べるおやつを挟んで、弐号機に綾駒さんが彫刻を教えて、香はゴルフの練習をする。


 香は、部室の裏に作ったバンカーに見立てた砂場から、屋根を越えた中庭のカップにボールを入れる練習をした。

 最初、80パーセントくらいだった確率は、最終的に98パーセントくらいまで上がる。


 練習の合間に、ビニールプールの水に足を浸けて涼んだり、水を水鉄砲に入れて掛け合ったり、縁側の風鈴の下で昼寝したりした。



「お帰りなさい!」

 夕方、学校から帰ってきた先生をみんなで玄関で迎える。


 香が作った夕飯を食べながら、僕が先生にビールをおしゃくした。

 先生が職場での愚痴ぐちを言って、僕がよしよしして慰める。


 夕飯を食べ終わったら、弐号機が体育館でダンスの練習をして、香がグラウンドで陸上競技の練習をした。


 練習を終えて部室に帰ったら、順番にお風呂に入る。

 汗をかいたところでのお風呂はさっぱりと気持ちいいんだけど、女子達が窓から僕のお風呂を覗こうとするから、それだけは止めてほしい。


 お風呂に入ったら、布団を敷いて八畳間に蚊帳かやを吊った。

 外が林で天然のクーラーだから、窓を開け放つと涼しい風が吹き抜ける。

 みんなと蚊帳の中に入って寝ると、なんだかテントの中で寝てるみたいなアウトドア気分を楽しめた。

 蚊帳が狭くて、いつもよりみんなと密着してるし。


 疲れてるからか、僕は横になったらすぐに眠りに落ちてしまった。

 本当は、僕にくっついてる朝比奈さんや、綾駒さんの感触を、もっと楽しみたいんだけど。



 僕達の夏休みの一日は、こんなふうに終わった。

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