第197話 種明かし

「こら! 先生! 西脇君、何してるの!」

 朝比奈さんが言って、うらら子先生に抱きしめられていた僕は、先生から引きがされた。

「あーん、西脇くーん」

 柏原さんに羽交はがめにされたうらら子先生が、僕に手を伸ばす。


「先生、ホントに、なにしてるんですか」

 柏原さんが冷静に言った。

「いえね。そこに西脇君がいたから、当然、抱きしめるじゃない?」

 当然、なのか?


「先輩も先輩です! しっかりしてください」

 滝頭さんに言われた。

 委員長テイストな滝頭さんに言われると、なんかこう、ゾクッと来るものがある。


「っていうか、先生、なんでここにいるんですか!」

 朝比奈さんが真っ当な質問をした。


 レーシングスーツを着た先生は、僕達といっしょにピットの上にいる。

 一方で、先生が運転しているはずの「卒業までに彼女作る部号」は、コースの上を走っていた。

 僕達のスカイラインは、お父さんとの勝負に勝って、ゆっくりとウイニングランを楽しんでいる。


 千木良が、クスクスとしてやったりみたいな笑いを漏らした。



「あのスカイラインを運転してるのは、香ちゃんだよ」

 先生が言う。


「ねっ、千木良さん」

 先生が千木良に水を向けた。

「そうよ。私が香に学習させたの。過去のあらゆる自動車レースのデータから、トップドライバーの運転技術を学ばせた。その上で、このコースを仮想空間上に作って、何万周、何百万周、って、部室のメインフレームをフル回転させてシュミレートしたの。今の香は、このサーキットを走る限り、F1ドライバーにだって勝てるわ」

 千木良が生意気な顔で言う。

 なるほど、千木良の秘策っていうのは、これだったのか。


 千木良は、車のコンピューターをいじるだけじゃなくて、そのドライバーもチューニングしたのだ。


「千木良さんから話を聞いて、打ち合わせをしておいたの。さっき、トイレに行くタイミングで、私は香ちゃんと入れ替わったんだよ。ヘルメットだし、顔は見えないからね」

 先生が種明かしをした。


 あの時の先生が不自然におしっことか言ったのは、そのためだったのか。


「それならそうと、言っておいてください!」

 朝比奈さんが言って、綾駒さんも滝頭さんも頷いている。


「ごめん、ごめん。でも、敵をあざむくには、まず味方からってね」

 先生がそう言って舌を出した。




 勝負を終えた二台の車がピットに戻ってくる。

 僕達も、観覧台を降りてピットに向かった。


 驚きを隠せないお父さんが、すぐに車から降りて僕達の方に走ってくる。


「つみき! ドライバーを変えたのか? どこからか、本物のレーサーでも連れてきたんだな」

 レーシングスーツを着たうらら子先生がピットにいるのを見て、柏原さんのお父さんが訊いた。

 同時にドライバーである香が車から降りる。

 先生とまったく同じ赤いレーシングスーツに、緑のヘルメットを被っている香。


 香がヘルメットを脱いだ。


「こんな若い女の子が……」

 香を見てお父さんが言葉を失った。

 香は、そんなお父さんに向けて微笑みかける。


「どこの誰だか知らないが、こんな優秀なレーサーを連れてくるのは、勝負として、卑怯ひきょうじゃないのか」

 お父さんが言った。

 すると、僕に抱っこされていた千木良が、僕の腕から下りる。


「いえ、卑怯ではありません」

 千木良がお父さんを見上げて言った。


「なぜなら、彼女もつみきお姉ちゃんが作ったからです」

 190㎝のお父さんの前に立って、決してひるまない千木良。


「んっ?」

 お父さんが首を傾げる。


 千木良が目配めくばせすると、香が、胴体から頭を外して見せた。

 自分の頭を自分で持って、宙に掲げる。


「彼女、アンドロイドなのか……」

 外した頭で笑顔を見せる香に、お父さんは目を丸くした。

 そして、その香が朝比奈さんとそっくりなことに、二度びっくりする。


「そうです。彼女はつみきお姉ちゃんが作りました。名前を香といいます」

 千木良が誇らしげに言った。


「まあ、メカ部分だけだけど」

 柏原さんが付け加えた。


「お父さんは、つみきお姉ちゃんがチューニングした車で勝負するって条件を付けましたよね。お姉ちゃんが作った香は、この車の一部です。今、話題になってる自動運転の車だと思ってください。この『卒業までに彼女作る部号』は、お姉ちゃんが作った香というユニットまで含めての、完全自動運転車です」

 千木良が言う。


 ちょと屁理屈な気がしないでもないけど、千木良が言うことは、大きくは間違ってないと思う。


 部長として、僕も千木良に加勢した。

「お父さんは、車を持つ人が少なくなって、自動車修理工場もやっていけなくなるから、つみきさんが跡を継ぐのに反対と聞きましたが、つみきさんはこんなに素晴らしいアンドロイドを作れるんだし、自動車の仕事が少なくなったとしても、アンドロイドの修理やチューニングの仕事で埋め合わせ出来ると思うんです。工場をもり立てていくことが出来ると思います。それに、つみきさんはお父さんの工場が好きなんです。そこはつみきさんにとって特別な場所です。だからどうか、つみきさんが工場を継ぐのを許してください」

 僕はそう言って、お父さんに頭を下げた。


「お願いします!」

「お願いします!」

「お願いします!」

 朝比奈さんや綾駒さん、滝頭さんも頭を下げる。


「お願いします!」

 胴体から頭を外したままの香も頼んだ。


 お父さんは、そんな香を見ながら、少し考えた。




「分かった」

 そして、そう言って頷く。


「それなら、やってみなさい」

 お父さんが言った。


「継いでもいいの?」

 柏原さんが目をうるうるさせて訊く。


「ああ、工場はお前にまかせる」

 お父さんが言って、柏原さんがお父さんに抱きついた。

 抱きついてきた柏原さんを、お父さんは優しく受け止めて、その頭をでる。

 お父さんに頭を撫でられる柏原さんは可愛い顔をしていた。

 あんなに可愛い顔をする柏原さんは、初めて見た気がする。


「その代わり、しばらくは修行だからな。まだ俺が動けるうちは、ビシビシときたえてやる」

 お父さんが言って、柏原さんが「うん」と頷いた。


「まったく、世話が焼ける親子だわ」

 千木良が肩をすくめる。


 そんな千木良の背中に、大企業を指揮するお母さんの手腕の片鱗へんりんを見た気がした。

 柏原さんの進路も決まったけど、千木良の将来も見えた気がする。


 今日の千木良は本当に大活躍だったから、ほっぺたすりすりを通り越して、今度部室で昼寝するときに、ご褒美に添い寝してあげようと思う。



「みんな、つみきの為に付き合ってくれてありがとう。つみきがこんなに素晴らしい友達を持っていることを、父親として誇らしく思います。今日の晩ご飯は私におごらせてください。みんな、なにがいいかな?」

 お父さんが訊いた。


「焼き肉!」

 我が部の肉食女子達は、当然、そう声をそろえた。

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