第179話 くじ運

 今日は晴れて暑くなりそうだった。



 東京アンドロイドオリンピック予選会当日の早朝、僕達「卒業までに彼女作る部」の部員と顧問のうらら子先生は、学校の駐車場に集まっている。


 集合時間の六時前にはもうみんな来ていて、部室を出ていた。


 空の雲よりも白いスカートに、花柄のスカートの朝比奈さん。

 涼しげなパステルブルーのワンピースの綾駒さん。

 ボーダーのTシャツにデニムの柏原さん。

 セーラーカラーのワンピースにカンカン帽の千木良。

 パフスリーブのブラウスにキュロットパンツの滝頭さん。

 洗いざらしのシャツにホワイトジーンズのうらら子先生。


 みんな、予選会に行くって感じじゃなくて、ゴールデンウイークで遊びに行くって感じだった。

 朝比奈さんなんて、お弁当が入った大きなバスケットを持ってるし。



 一方で、今日の主役の香は、ジャージ姿にスニーカーで、もういつ予選会を始めてもいいような臨戦態勢だった。

 唯一、いつもと違うのは、顔をメイク濃いめの「ミナモトアイ」仕様にしてあることだ。



「よし、出発しましょうか。みんな、忘れ物ないわね」

 先生が訊いて、僕達が、

「はい!」

 って小気味よい返事をする。


 予選会は、埼玉スタジアム2002で行われる。

 そこまでは、いつも通り、うらら子先生が運転するランドクルーザーと、千木良のセンチュリーの二台で向かうことになっていた。


「席順を決めましょう」

 先生が言ってくじを出す。


 どうせまた、僕は朝比奈さんと綾駒さんに挟まれた席になるんだろうって思った。

 カーブで車が揺れて、両側から腕に幸せな感触を味わうことができるあの席になるに違いない。


 ヤレヤレだぜ。


 あの感触は心地いいんだけど、もういい加減、慣れてしまった。

 腕に胸が当たるんだけど、自分から思いっきり触ることはできなくて、却ってストレス溜まるし、つれーわー。


 それとも、今回は柏原さんの隣りになるんだろうか?


 車が揺れてもたれかかった僕を、「西脇大丈夫か?」とか言って優しく受け止めてくれる柏原さんの隣の席。

 それもまたいいかもしれない。


 それとも、今度こそ千木良の隣か。


 いつもは抱っこしてるけど、隣同士になって千木良を見下ろすのもたまにはいいだろう。


 いや、今回は新人の滝頭さんの隣でいいかもしれない。


 ドライブしながら、滝頭さんにじっくりと話を聞けて、滝頭さんがどんな人か知ることができそうだ。

 滝頭さんの三つ編みにも興味があるし。


 いやまて、助手席になってうらら子先生の隣になるのもいい。


 車を運転するうらら子先生はカッコいいし、それを助手席から見るのが僕は好きだ。

 ハンドルを握る先生の代わりに、飲み物のふたを開けてあげたり、口寂しいときになにか食べさせてあげたり、色々とお世話をしてあげながらのドライブも楽しい。


 とにかく、このくじ引きには、僕的に外れがない。




 そう思って引いたんだけど………




「えっ! 僕一人で、千木良のセンチュリーですか?」

 引いた紙のくじをめくって、僕は愕然がくぜんとする。


 女子達全員がランクルの座席に割り振られるなか、僕が引いたくじは、千木良のセンチュリーを指していた。


「なんでこうなるんですか!」

 僕はくじを作ったうらら子先生に抗議した。


「いえね。部員が一人増えたから、もう、私の車に全員乗るのは無理なのよ。だから、一人だけ千木良さんの車に乗ってもらうことになるの。でも、くじ引きだから、誰が乗るのかは平等だよ。それを引いたのは君の運だね」

 うらら子先生が言う。


 六分の一の確率で、まさかそれを僕が引いちゃうとか……


 朝比奈さんと綾駒さんのおっぱいが当たるのに慣れたとか考えた僕に、ばちが当たったんだろう。



 千木良のセンチュリーの横に立つ大柄の運転手さんが微笑んでいた。

 制服に制帽姿だけど、その下の体が筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうなのを隠せない運転手さん。

 年齢は三十代半ば。

 運転手兼千木良のボディーガードで、自衛隊の精鋭せいえい、第一空挺くうてい団にいたという経歴を持つその人。


 僕は、この運転手さんと二人でドライブするのか。


 女子に囲まれて、ハーレム状態の僕のゴールデンウイークが…………



「さあ、私達は女子会トークしながら、楽しく行きましょう」

 うらら子先生が言った。


「はーい」

 女子達が先生のランクルに乗り込む。


「優柔不断な誰かさんへの愚痴ぐちでも言い合っていこうぜ」

 柏原さんが言った(誰かさんって、誰だ?)。


「両手に美少女だわ」

 千木良と滝頭さんに挟まれた真ん中の席を射止めた綾駒さんのテンションが高い(たぶん、車内で千木良や滝頭さんにセクハラしまくると思われる)。


「馨君、むこうでね」

 香が手を振った。


「うん、あとで」

 僕も手を振って別れる。


「私もそっちに乗ろうか?」

 朝比奈さんが言ってくれたけど、

「ダメよ、くじ引きの結果は絶対。抜け駆けはダメ」

 うらら子先生が怖い顔をして、朝比奈さんもすぐに引き下がる。




 運転手さんが漆黒しっこくのセンチュリーのドアを開けてくれた。

「すみません」

 こんなことされるのに慣れてないから、恐縮してしまう。



 千木良のセンチュリーの後部座席の乗り心地は最高だった。

 柔らかすぎず、固くもないシートに身を沈めると、優しく体を包み込んでくれて、僕が今まで座った中で一番の椅子だと思う。


 先生のランクルの後ろに続いて、センチュリーが走り出した。


 走り出しても、エンジンの音や外の騒音がほとんど聞こえない。

 走り出したことにも気付かなかったくらいだ。

 静謐せいひつな応接室が移動してる感覚だった。

 さすが、VIPの車って感じがする。



 僕は運転手付きの車になんて一人で乗ったことがないから、運転手さんに話しかけていいのかも分からない。


 しばらく、車の中で沈黙が続く。



「西脇君」

 しばらくすると、運転手さんの方から声をかけてきた。


「はい?」


「いつも、ありがとうございます」

 運転手さんがそんなことを言う。


「えっ?」

 突然のことで、なにがなんだか分からなかった。


「里緒奈お嬢様がお世話になっていて、本当に感謝しています」

 運転手さんは落ち着いた声で言う。


「いえ、そんな」

 僕はただ、千木良を抱っこしたり、キャベツ太郎を食べさせたり、くすぐったり、ほっぺたすりすりしたり、時々スカートをめくってパンツの熊のバックプリントを確認したりしてるだけだ。



「去年から、お嬢様のご機嫌が良くて、学校帰りにこの車の中でも楽しそうなのです。旦那様と奥様が忙しくて、里緒奈お嬢様はずっと寂しい想いをしていらしたのですが、最近は年頃らしい無邪気な笑顔を見せられることもあって、お嬢様が物心つく前から運転手をしている私としても、喜んでいるのです」

 運転手さんが言って、バックミラー越しに僕を見た。


「本当に、ありがとうございます。これからも、お嬢様のことお願いしますね」

 運転手さんがミラー越しに目礼する。


「もちろんです!」

 僕は自信をもって答えた。


 千木良は、ご両親にも、周りの人達にも愛されてるんだと思った。

 ただのわがままなお嬢様だったら、こうはいかないだろう。


 まあ確かに、千木良は僕の前ではひねくれてるけど、静かにしてれば可愛いし、頭いいし、ほっぺたが柔らかいし、熊のパンツはいてるし。



「それから、お嬢様を悲しませるようなことをするやからには、私が地の果てまでも追いかけて全力で責任をとらせますから、そのつもりでいてください」

 運転手さんが言う。


 ルームミラーに映るその顔は、優しそうな笑顔だった。

 笑顔なだけに余計に怖い。

 地の果てまでも追いかけるっていうのは、比喩ひゆではなくて本当にそうするんだろう。



 だけど、責任、ってなんだろう?



 これからは、脇腹をくすぐったり、ほっぺたすりすりしたり、スカートめくったりするのを、少し控えたほうがいいんだろうか?




 そのあとも、運転手さんと話をしながら埼玉スタジアムまで向かった。

 運転手さんから、千木良との思い出話を色々と聞くことができて、全然飽きなかった。


 男だけのドライブだったけど、これはこれで良かった気がする。

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