第170話 無敵のアンドロイド

「あっ、もうちょっと上」

「ここですか?」

「いいえ、そこは違う、上すぎよ」

「ここ、ですか?」

「うん、その辺かな」

「どうですか?」

「うん、気持ちいい。あなた、上手いのね」

「はい、先輩に褒めて頂いて、光栄です」



 放課後になって部室に行くと、居間で滝頭さんの膝に座った千木良が、彼女に肩を揉ませている。

 千木良は目をつぶって、気持ちよさそうに完全に彼女に体を預けていた。

 黒髪を三つ編みにしている滝頭さんと、ツインテールの千木良。


 見方によっては、優しいお姉ちゃんに抱っこされている無邪気な妹、っていう感じがしないでもない。


「首の後ろもお願い。ずっとディスプレイに向かってたから、体中がこってるのよね」

 ビジュアルとは裏腹に、千木良が先輩風を吹かせていた。

 年齢的には千木良の方が年下だけど、まあ、千木良は普段から僕に対してもタメ口をきいてるわけだし。


「はい、心を込めて、揉んで差し上げます」

 一方の滝頭さんは千木良に従順だ。


「千木良、何してるんだ。いい加減にしろ」

 僕は注意した。

 僕が入ってきたことに気付いて、滝頭さんが僕に対して頭を下げる。

 一方の千木良は、こっちを向くことさえしなかった。


「なによ、彼女が自主的にやりたいっていうんだから、いいじゃない」

 千木良には少しも悪びれた様子がない。


「彼女はうちの部に体験入部しただけで、千木良の召使いになったわけじゃないんだぞ!」


「だって彼女、アンドロイドなんだし、つかれ知らずなんだから問題ないわ」

 千木良が言う。

「そうです。問題ありません」

 滝頭さんも胸を張って笑顔を見せた。


 彼女、見た目は真面目そうな委員長って感じなのに、やっぱり不思議ちゃんだ。




 そうやって僕達が話してたら、庭の洗濯機から、ピーピーと電子音が鳴った。


「先輩、ちょっと、洗濯物干してきていいですか?」

 滝頭さんが千木良に訊く。


「ええ、いいわよ。早く済ませてきなさい」


「はい!」

 滝頭さんが立ち上がった。


 だけど洗濯物って?



 僕も彼女と一緒に庭に出た。


 滝頭さんは、庭の古い二槽式の洗濯機からいっぱいの洗濯物を出して、洗濯籠に入れる。

 そしてそれを庭の物干し竿に吊した洗濯ハンガーに干していった。


 滝頭さんが干すのは、黒とか紫のキャミソール、ブラジャーにパンツ。

 僕はそれらに見覚えがあったから、誰のものかはすぐに分かった。


「滝頭さん、なんで、うらら子先生の洗濯物なんて干してるの?」

 僕は訊く。


「はい、先生が、家で溜まっていた洗濯物を持ってこられて、洗濯しておいてくれないって頼まれましたので」

 滝頭さんが言った。


 うらら子先生、なにしてるんだ……

 仮入部の新入生に、こんなことさせるなんて!


「滝頭さんはそんなことしなくていいよ。まったく、先生ひどいよ」

 僕が言うと、

「いいんです。私、アンドロイドなので全然疲れません。だから、西脇先輩も私になんでも言いつけてください」

 彼女が言う。


 西脇先輩、っていうフレーズに、ちょっと感動してしまった。

 下級生の可愛い女子に、僕がそんなことを言ってもらえる日が来るなんて、去年までの僕なら想像も出来なかった。


 いや、そんなことで感激してる場合じゃない。


「ほら、滝頭さんは休んでて、これは僕がやるから」

 僕はそう言って彼女から洗濯物を取り上げた。


「いいんです先輩。無理してませんから」

 彼女がそれを取り戻そうとする。


 洗濯物が、僕と滝頭さんの間を行き交った。



「あなた達、なにしてるの」

 そんなところへ、当の本人であるうらら子先生が林を抜けて現れる。

 先生は職員会議から逃げて、部室におやつを食べに来たに違いなかった。


「先生、自分の洗濯を滝頭さんにやらせたりして、酷いじゃないですか!」

 僕は部長として抗議する。


「だって、彼女がなんでもしますって言うし、ここのところ忙しくて、洗濯物が溜まり放題だったから、仕方がないじゃない」

 先生が言って、口をとがらせた(ちょっとカワイイ)。


「習慣的に洗濯をしない先生が悪いんですよ。洗濯物をそんなに溜め込んだらダメでしょ」

 これではどっちが教師か分からない。


「確かに正論だけど、私のパンツを握りしめてる君に、そんなこと言われたくないな」

 うらら子先生が言った。


 僕は自分の手の中を見る。


 それは、さっき干そうとしてた滝頭さんから取り上げて握った洗濯物だった。


 先生の、黒くて小さなパンツ。

 それも、サイドがきわどくレースになってるヤツ。


 僕は慌てて先生のパンツを洗濯籠に戻す。



「もう、うるさいわね。彼女がいいって言うんだから、いいじゃない」

 揉めている僕達を見て、千木良まで庭に出てきた。

 そうよそうよ、って先生が加勢する。


「ははーん」

 千木良が、口元を歪めていやらしい顔をした。


「なんだよ」


「滝頭さんが私を抱っこしてたから、あんたいてるんでしょ」

 千木良がそんなことを言い出す。


「幼女好きのあんたは、私を抱っこしていたいのね。その役割を滝頭さんにとられちゃったから、怒ってるんだ」

 ジト目で僕を見る千木良。


「そんなことあるか!」

 思わず大きな声を出してしまった。


「分かってるわよ。ロリコンでちっぱい好きのあんたは、私を抱っこしたくてしょうがないんでしょ? まったく、困ったものだわ」

 千木良が言うと、

「えっ、西脇先輩ってロリコンでちっぱい好きなんですか?」

 って、滝頭さんまで言い出す始末。


「だからそんなことないって! 第一に僕はロリコンじゃない。確かにちっぱいも好きだけど、綾駒さんとか朝比奈さんみたいな大きなおっぱいも好きだ。大好きだ! 大好きなんだ!」

 僕が言ったら、「まあっ」って別のところから声が聞こえた。


 ちょうど部室に顔を出すところだった綾駒さんと朝比奈さんが、顔を赤くしている。


「そんな、私のおっぱいが好きだとか、林中に響く声で言わなくても……」

 綾駒さんが言って、上目遣いで僕を見た。

 朝比奈さんは、両手をクロスして胸を隠す。


「あ、いや、その……」


「嬉しいけど、そんなふうにおおっぴらに言われると、照れちゃうな」

 綾駒さんが言った。


 嬉しいのか……



「おーい、滝頭、こっちで薪割り手伝ってくれ」

 部室の裏から声がする。

 裏から出てきたジャージ姿の柏原さんは、おのを担いでまきの束を持っていた。


「はい、お手伝いします!」

 滝頭さんが走って行く。


「バーベキュー用の薪だ。我が部ではことあるごとにバーベキューするから、薪の補充は重要なんだ」

 柏原さんが説明した。


「そうなんですね」

 滝頭さんが大きく頷く。


 重い斧を持っただけで振り回される滝頭さんは、絶対にアンドロイドじゃないと思う。


「それじゃあ、私もあとでフィギュアの離型剤落とすの手伝ってもらおうかな」

 綾駒さんが言った。


「私も、お台所で一緒にスイーツ作りたいな」

 朝比奈さんが言う。


 女子達、どれだけ滝頭さんをこき使うつもりなんだ……



 それにしても、なんで彼女は、自分のことアンドロイドだって言い張ってるんだろう?

 疑問は深まる。

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