第153話 ホワイトデー

「まったく、油断もすきもあったもんじゃないわね」

 腕組みした千木良が言った。

 上から、さげすんだような目で僕を見る。


「もうちょっとで連れ込まれるところだったね」

 綾駒さんにも見下ろされた。


「そんなことになったら、腕ずくでも取り返したけどな」

 柏原さんが指をポキポキ鳴らす。

 まだ寒いのに、柏原さんは制服の上を脱いで、シャツを腕まくりしていた。



「まあまあ、西脇君も、新体操部のみんなに誘われて、断り切れなかったんだろうし」

 朝比奈さんが僕の味方になってくれる。

 その瞳が吸い込まれそうな輝きを宿しているのは、いうまでもない。



 僕は、棘学院女子の校門から部室に連行されていた。

 なぜかその居間に正座させられている。

 そんな僕を、部員の女子達とうらら子先生、そして、香が囲んでいた。



「それで、彼女達にはバレンタインデーのお返しをちゃんと渡せたの?」

 うらら子先生が訊く。


「はい、渡して、喜んでもらいました」

 僕は、みんなの顔色を見ながらひかえめに答えた。

 この場合、変に嬉しそうな顔をしてたらまた怒られそうだし、そうかといって、嫌そうな顔をするのも違う気がする。


「うん、それなら良かったじゃない。みんなも、西脇君がプレゼントをもらってもお返しをしないような薄情はくじょうな奴だったらいやでしょ?」

 先生が言って、みんなが顔を見合わせつつ頷いた。


「ホワイトデーにお返しを送って、これで西脇君もまた一つ、彼女を持つ男に近付けたよね」

 先生に改めて言われると、確かに、そんな気がする。



「それで、なにか私達にも渡すモノがあるんじゃないの?」

 千木良が言った。


「あっ、そうだ!」

 もちろん、忘れていたわけではない。

 っていうか、こっちがメインで、この日のために用意したんだから。


 僕は、千木良に千木良用のプレゼントの包みを渡す。


「なによこれ?」

 僕が渡したそれを、千木良が小さな手で大事そうに受け取った。


「うん、それは柔軟剤だよ」

「柔軟剤?」

 千木良が首を傾げる。

 そして、リボンを解いて中身の小瓶を取り出した。


「柔軟剤っていうのは、洗濯物をふんわりと仕上げるときに使う洗剤の一種だね」

 僕の代わりに朝比奈さんが説明してくれる。


「手作りの柔軟剤で、千木良をイメージした香りにしてあるから」


「私をイメージした香りに?」


「うん、千木良を想像しながら、お菓子みたいに甘くて、食べちゃいたくなるような香りにしたんだ。ペロペロしたくなる香りにした」

 僕が言ったら、なぜか千木良以外の女子達に引かれる。


 ドン引きされた。


 千木良が瓶の蓋を少し開けて、匂いを嗅ぐ。

 嗅いだ途端、千木良は目がとろんとして、うっとりとした顔をしたから、気に入ってくれたのかもしれない。


「あ、ありがと」

 千木良がほっぺたを真っ赤にして言った。


「使わせてもらうかも、ね」

 照れながら言う千木良。



 次に、柏原さんに包みを渡した。


「僕をイメージして作ってくれた柔軟剤か?」

 柏原さんはそう言いながらリボンを解いた。

 さっそく瓶を開けて匂いを嗅ぐ。


 柏原さん用のは、レモングラスとミントの精油で爽やかに仕上げた。

 運動あとに、汗をかいた柏原さんから香ってきたら、ぴったりの匂いだと思った。


「うん、スカッとする香りだな。この瓶を首からぶら下げて、常に嗅ぎたいくらいだ」

 柏原さんが言う。


 いえ、ちゃんと洗濯に使ってください……



 次は、綾駒さんに包みを渡した。


「やったー! ありがとう!」

 綾駒さんが大げさに言って跳ねるから、胸の立派なモノが揺れる。


 綾駒さんの用に作ったそれは、バニラの甘い中に、ちょっとした刺激としてシナモンがピリッと微かに漂う香りだ。


「ありがとう。さっそくこれで服とか洗ってみるね。こんな美味しそうな香りなら、私のことも食べたくなっちゃうかもよ」

 綾駒さんが悪戯っぽく言う。


 返事に困るようなこと、言わないでください。



 そしてもちろん、朝比奈さんにも包みを渡す。


「ありがとう」

 朝比奈さんが、完璧な笑顔をくれた。

 朝比奈さん用には、薔薇とジャスミンとベルガモットの精油をブレンドした。

 フルーティーで清楚な香り。

 まさしく、朝比奈さんにふさわしいと思う。


「男子の手作りプレゼントなんて、今までもらったプレゼントの中で、一番嬉しい」

 朝比奈さんが言った。


 大袈裟に言ってくれてるだけなのかもしれないけど、それでも嬉しい。


 朝比奈さんの笑顔を見てたら、声が出せなくなって、僕達はしばらく見つめ合う。



 僕と朝比奈さんが見つめ合う横で、うらら子先生がジト目でプレッシャーをかけてきた。


「先生には、これです」

 僕は先生用の包みを渡す。


「ありがとう!」

 先生がそう言って僕を抱きしめるから、みんなに引き剥がされる。


 うらら子先生用には、イランイランとラベンダーで、思いっきり華やかで妖艶ようえんな感じの香りにした。

 ふと香ってきたら、思わず吸い寄せられるような匂いだ。


「ふう、なんか、いけないことしたくなっちゃう香りだね」

 それを嗅ぎながら、うらら子先生が僕を狙うように見た。


 いや、いけないことはしてはいけません!



 最後に残った一つの包みは、香に渡す。


「わぁ、私にも?」

 香りが目をぱちぱちさせた。


 香の香りは、カモミールとかジャスミンで、思いっきりフローラル系にした。

 素直に、華やかで良い香りだって思える香だ。


 僕が考えた最強の女の子っぽい香りだった。


 香は、瓶の蓋を開けてクンクン匂いを嗅いだ。

 目をつぶって、それを深く味わうようにした。


「これが、良い匂いなんだね」

 一頻ひとしきり香を吸い込んだあとで、香が言う。

 香りのAIが、それを一生懸命理解しようとしていた。


「そっか、これが良い香りなんだ!」

 香は、大発見でもしたみたいに、部屋中を駆け回る。


 また、何か一つ、香の心の中でとびらが開いたのかもしれない。



「新体操部のみんなの分と合わせて、色々買ったりしてお金かかったでしょ?」

 うらら子先生が訊く。


「いえ、そんなことは……」

 僕はとぼけた。


「アルバイトでとかで、相当無理したんでしょ?」

 朝比奈さんが訊く。

「ううん、そんなことはないから」

「西脇、君って奴は……」

 柏原さんが肩を竦めた。


「言ってくれれば、私のお小遣いから出したのに」

 千木良が言う。

 それだと、プレゼントの意味がないし。



「ほら、いつまで正座してるの? 足伸ばして、コタツに入りなさい」

 先生が言った。


「すぐに、お茶の時間にしようね」

 綾駒さんがコタツの上を片付ける。

「今日のおやつは、西脇君が好きなエクレアにしたよ」

 朝比奈さんが台所から手作りのおやつを持ってきた。

「ほら、私を抱っこさせてあげるから」

 千木良が僕の懐に入ってくる。

「西脇、肩こってないか?」

 柏原さんが、優しく肩を揉んでくれた。


「まったく、私達は君の気持ちだけで十分なんだから、もう、これからは無理しちゃダメだよ」

 うらら子先生が、僕の髪をくしゃくしゃってする。


 コタツに入った僕は、女子達に囲まれた。

 コタツの電源がはいってないのに、みんながくっついてくるからそれだけで温かい。



 言えない。



 辛いアルバイトなんかしてなくて、ほぼ幼女を抱っこしてただけだとか、この雰囲気の中では絶対に言えない……



 僕は、初めてのホワイトデーをこんなふうに過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る