第134話 どんど焼き

 成人の日の三連休最終日は、部員みんなで部室に集まってどんど焼きをした。


 正月に部室に飾っていたお飾りや、輪飾り、門松なんかを、柏原さんが庭に組んでくれたまきの炎の中に入れて焼いた。


 燃えておき火になったところへ、朝比奈さんが作ってくれたお団子を入れる。

 お団子は一人三つずつ、細い竹に刺してアルミホイルで巻いてあった。


 みんなで炎を囲んで、それを火にくべる。


 こんなふうにお正月っぽいことをするのは、初めてな気がした。

 今までこんな行事、なんとも思ってなかったんだけど、こうやってみんなでやると、いいものなんだって実感する。


 ゆらゆら揺れる炎を見ながら、ぼーっと団子を焼いているなんでもない時間が楽しかった。

 僕の両隣は朝比奈さんと綾駒さんで、抱っこ紐で千木良を抱っこしているから、外でも全然寒くないし。



「もう、お尻が熱いじゃない」

 千木良がそう言って、僕にくっついてきた。

 確かに、僕と向かい合って抱っこ紐で結ばれている千木良は、お尻を焚き火に向けている。

 でも、香がプレゼントしてくれた抱っこ紐を僕が便利に使っているってことを示すためには、こうするしかないんだ。

 うん、仕方がない。

 僕はなるべく千木良をぎゅっと抱きしめて、なるべくお尻が火からはなれるようにした。


 その香も、僕達の真似をして楽しそうに団子を焼いている。


 団子が焼けたら、日だまりの縁側えんがわに座って、みんなでそれを食べた。

 外がカリッとしていて、中がもちもちの団子は、噛んでいるとほのかな甘みがして美味しい。


「味が飽きると思うから、残りはぜんざいに入れて食べようね」

 一つ目を食べ終わった頃、朝比奈さんがそう言って鍋を持って来た。

 みんなにお椀と箸を配って、朝比奈さんが煮ておいてくれたぜんざいに団子を入れて食べる。


「ほら、あんた、ふーふーしなさい」

 猫舌の千木良にふーふーさせられた。


「それじゃあ、西脇君のぜんざいは、私がふーふーしてあげるね」

 綾駒さんが言って、ふーふーしてくれる。


「いや、僕の方が肺活量があるから、僕がふーふーしよう」

 柏原さんまでふーふーしてくれた。


「もう、甘えん坊な西脇君は、しょうがないな」

 ちょっと頬を赤らめた朝比奈さんもふーふーしてくれる。


「じゃあ、先生は、大人のふーふーを」

 うらら子先生まで、僕のお椀に息を吹きかけた。


 大人のふーふーは、濃厚な薔薇ばらの香りがする。


 四人がふーふーしてくれたのに、ぜんざいは熱々だった。



「香も食べられたらいいのに」

 食べている僕達を見ながら香がこぼす。


「無理すれば、香も食べるふりが出来るけど、ねえ」

 千木良が肩を竦めた。


 アンドロイドの一部には、人間と一緒に食事が出来るように、ものを咀嚼そしゃくしたり、食道があるタイプがあって、体内に食べたものを溜めておくタンクが付いているらしいけど、あくまでそれは食べているふりであって、食べ物からエネルギーを得られたり、幸福感を得られたりはしないようだ。


 だから、僕達は香にその装置は付けないつもりでいた。



「食べるって、どんな感じ?」

 香が訊く。


「そうだな、体がカッカと熱くなるな」

 柏原さんが言った。

 柏原さんっぽい言い方だ。


「お腹がいっぱいになって、安心するね」

 綾駒さんが言った。

 綾駒さんが、お腹をさする。


「こんなの、ただ脳みそにエネルギーを送るに過ぎないわ」

 千木良が、俺がふーふーしたのを食べながら言った。


「まあ、私は、飲んで食べるために生きてるわね」

 うらら子先生が言う。


「ふうん」

 香は、よく分からないみたいだ。


「いっぱい食べるのも、いっぱい作るのも、幸せな気分になるよ。だから、香ちゃんは食べられないけど、作る方で幸せになろう。作るのが上手くなって、みんなを幸せにして、自分も幸せになろう」

 朝比奈さんが言って、香が「うん」と、大きく頷いた。




「で、あの件はどうするの」

 ぜんざいをかきこみながら、うらら子先生が訊く。


 先生が言うのは、先日、東京アンドロイドショーで知った「東京アンドロイドオリンピック」のことだ。


 東京オリンピックのプレ大会として、人間の前にアンドロイドがその能力を競う大会。


 陸上競技や球技、格闘技などのスポーツの他に、チェスや将棋、ポーカーなどの頭脳系の競技や、ダンス、歌などの芸術系の競技もあるらしい。


 それらを組み合わせた、十種競技もあるとか。



「もちろん、香を出しましょう」

 柏原さんが言った。


 ぜんざいを食べる女子達が、全員ニヤリと口元をゆがめる。

 みんな、そのつもりだったらしい。


 なんて、戦闘的な女子達なんだ。


「香、出る!」

 香が、縁側から立ち上がって、みんなが拍手した。



「いや、あの、この部活は、彼女を作ることが目的であって……」

 我が部は、「卒業までに作る部」であって、強力なアンドロイドを作る部活ではない。


「なによ、あんただって、その彼女が、最強のの方がいいでしょ?」

 千木良が言った。


「そうだぞ西脇。彼女の概念も変わっている。彼女っていうのは、守られる弱々しい存在なだけじゃない。腕っ節で彼氏を守る、それだって立派な彼女だ」

 柏原さんが握り拳を作って言う。


「色々なことに挑戦すれば、香ちゃんだって、成長するじゃない」

 綾駒さんが言った。


「それは、そうだけど……」

 まあ、僕が何か言っても無駄なのは分かっていた。


「ひとまず『ミナモトアイ』としてエントリーして、オリンピックで活躍して、その成果を引っさげて、来年の文化祭で発表しようよ。そうすれば、文化祭のリベンジが出来るよ」

 朝比奈さんが言う。


「うん、それいいね」

 うらら子先生も頷いた。



 そうやって僕達は、香をオリンピックに出すために動き始めた。



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