第133話 新たな目標
東京アンドロイドショーの会場で、千木良が香を連れてどこかに行ってしまった。
止めようとしたけど、二人は人混みの向こうに溶け込むように消えて、すぐに見えなくなってしまう。
「ねえ、千木良ちゃん、もしかしたら香ちゃんを連れて、あの、アンドロイド・ストリーマーのステージに乱入しようっていうんじゃない?」
綾駒さんが言った。
「あっ!」
そこにいる全員が納得する。
千木良なら、そんなことをしかねない。
「私が作った子の方が優秀よ!」
とか言って、香をステージに上げる様子が簡単に想像出来た。
僕達は、人垣を掻き分けて最前列のステージのすぐ下まで行く。
ステージに上がる階段のところにみんなで陣取った。
もし、千木良が香を連れて乱入しようものなら、すぐに引きずり下ろして逃げるつもりでいたのだ。
ステージ上には、次々に有名アンドロイド・ストリーマーが出てきた。
それぞれの歌やダンスが繰り広げられていく。
みんな、人と見分けがつかないし、身体能力とかは人のそれ以上だ。
ところが、ずっと見ていても千木良や香が乱入して来るような気配はなかった。
ステージ上のプログラムが、淡々と進んでいく。
僕達の考えすぎだったんだろうか。
いくら千木良でも、そんなことはしないか。
でも、そうじゃなかった。
最初に異変に気付いたのは、朝比奈さんだ。
「なんか、お客さん少なくなってない?」
ステージの前は、それぞれのアンドロイド・ストリーマーのファンや、見学の客で混んでいたのに、確かに、今見るとスカスカになっている。
最前列にいたから気付かなかったけど、僕達の後ろは、熱心な数十人のファンがいるだけで、後ろの方に人はいないし、通りかかって足を止めるようなお客さんが少ない。
さっきまであんなに盛り上がっていたのに、一体、どうしたんだろう?
「なんか、あっちの方が、盛り上がってるぞ」
背が高い柏原さんが離れたブースの方を見渡して言った。
柏原さんが言うように、そっちの方に人だかりが出来ていて、盛り上がっている。
確かそっちは、千木良のお母さんの会社が出しているステージの方だ。
とてつもなく悪い予感がした。
そっちのステージから歌声が聞こえる。
その声には、ものすごく聞き覚えがあった。
曲は「恋愛○ーキュレーション」。
そしてその声はもちろん、香の声だ。
急いで見に行くと、少し前、集団行動を披露していた広いステージに、香が立っていた。
いや、香っていうか、「ミナモトアイ」が立っている。
コートを脱いで、白いブラウスにチェックのミニスカートの「ミナモトアイ」が、踊りながら歌を披露した。
香は、文化祭で見たときよりも躍動している。
広いステージを駆け回って、歌いながらお客さんに
香の歌は続く。
恋愛○ーキュレーションの次は、
星○飛行
鳥○詩
ebb and ○low
CCさ○らのプ○チナ
次々に歌った。
だけど、なぜ、選曲がアニソンの名曲ばかりなんだ……
でも、その効果はてきめんだった。
みんな、手を挙げたり、拍手をして歌う香を応援してくれている。
さっき大手アンドロイド・ストリーマーのステージにいたお客さんが、かなりこっちに来てる気がした。
ステージ後ろの液晶の大スクリーンには、「ミナモトアイ」の文字がでかでかと出ていて、CGも踊っている。
舞台袖のパソコンでその映像を動かしてるのは千木良だった。
楽曲のオケを用意したり、映像を用意したり、千木良はさすが手際がいい。
最後の曲は、「○od knows...」だった。
香は、それを堂々と最後まで歌い上げる。
僕達は、人だかりの後ろで、
「みんな、アイのステージに来てくれてありがとう! 私、配信もやってるので見てくださいね。それではミナモトアイでした、バイバイ!」
歌いきった香がステージを降りる。
集まっていたお客さんが、大歓声でそれを送った。
「やらかしてくれたわね」
うらら子先生が、苦笑いしている。
ステージを降りた香と、したり顔の千木良が帰ってきた。
「千木良! どういうことだ!」
当然、部長として僕は訊いた。
「なによ! ママの会社のステージに空き時間があったから、それを使わせてもらっただけじゃない。別に、誰にも迷惑はかけてないわ」
逆に突っかかってくる千木良。
千木良は、お母さんに電話をして、ステージとステージの間に香がそこに上がることをねじ込んだらしい。
千木良が言うとおり、香がステージを降りると、元のヘカトンケイレス・システムズの集団行動の展示が始まった。
「でもさ……香ちゃんだって、いきなりでびっくりしたでしょ?」
僕は香に訊いた。
「ううん、お歌が歌えてすっごく楽しかったよ。たくさんの人が
香がニコニコしながら言う。
そう言われたら、もう言い返せない。
「どう? 香だって、あっちのアンドロイド・ストリーマーに負けないくらい、盛り上げたでしょ?」
「ああ……」
むしろ、香の方が盛り上がっていた。
「当たり前よ、私が作ったんだもの」
ドヤ顔の千木良。
悔しいから、とりあえず脇腹をくすぐっておく。
「まあ、『ミナモトアイ』の宣伝に大いに役立ったのは、間違いないわね」
うらら子先生が言った。
辺りを見回してみると、人だかりが出来ている。
「ミナモトアイだ」
「アイちゃんだ!」
「やっぱ、カワイイ」
口々にそんな声が聞こえてくる。
人だかりが大きくなって、そのうち騒ぎになりそうだったから、僕達は香にコートのフードを被せて、ひとまずそこを離れた。
ホールを出て、階段の柱に隠れる。
そこで、しばらく騒ぎが収まるのをやり過ごした。
「まったく、千木良のせいだぞ」
僕は、逃げる時に無意識に抱っこしていた千木良を下ろす。
千木良は僕の言葉を聞いてないみたいに、何かを見ていた。
その視線の方向を追って、階段の柱に貼ってあったポスターに目が止まる。
そのポスターには、こんなふうに書いてあった。
「東京アンドロイドオリンピック、この春、開幕」
「次の目標が出来たじゃない」
うらら子先生が言った。
うちの女子達、もう、鼻息が荒くなっている。
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