第126話 パパの苦悩

「それじゃ、つけるぞ」

 柏原さんが言って、スイッチを入れた。

 部室から引っ張った電気で、枝に渡した無数のLEDがチカチカと点灯する。

 木の枝に吊した金や銀の飾りに光が映って、キラキラと輝いた。

 部室の外の林に、一本のクリスマスツリーが出来上がる。


 モミの木じゃなくて、杉の木だけど。



「綺麗……」

 香はそれを見上げて喜んでいた。

 クリスマス気分を盛り上げるために、放課後、寒い中、みんなで飾り付けしたけれど、その甲斐かいがあった。

 僕達はしばらくそのクリスマスツリーを眺める。


「よし、お茶にしようか」

 北風が吹いて、僕達人間は急いでこたつがある居間に逃げ込んだ。


 香だけが一人庭に残って、楽しそうにいつまでもツリーを眺めている。




「それで、みんなはクリスマスどうするの?」

 紅茶を飲みながら、うらら子先生が訊いた。

 朝比奈さんが作った今日のスイーツは、紅玉こうぎょくリンゴのアップルパイだ。


「私は、パパとママとパーティーに出るわ」

 堂々と僕の膝に座る千木良が言った。


「私は、家族と過ごすかな」

 朝比奈さんが言う。

「私も家族とかな」

 綾駒さんも頷いた。


「僕は、みんながパーティーしようって言うからそこに行くかな」

 女子からも絶大な人気を誇る柏原さんは、そのファンの女子達が柏原さんを囲んだパーティーを開いてくれるらしい。


「先生も、女子会だね。彼氏がいない女同士、集まって酒盛りをするわ。私達の魅力が分からない、世の中の馬鹿な男達をせせら笑いながらね」

 先生が言って、アップルパイを噛み切った。


 でも、なんかそれはそれで楽しそうな気がする。














「で、なんで僕の予定は訊かないんですか!」

 長すぎる沈黙のあと、僕は質問しながら突っ込んでしまった。


「だって、西脇君になんの予定もないのは、分かりきってることでしょ?」

 先生が言う。

「そうだな。太陽が東から昇るのと同じくらい、分かりきったことだな」

 柏原さんが言った。


「逆に予定なんかあったら、地球が滅びるんじゃないかしら」

 千木良が言う。


 いつものことだけど、ひどい言われようだ。


「それで、一応、訊いてあげるけど、西脇君、予定はあるの?」

 綾駒さんが訊いた。


「ないですけど……」

 見事に何の予定もない。

 クリスマスに彼女とデートするとか、パーティーとか、僕は、そんなの都市伝説だって思っている。



「ううん、西脇君には予定があるじゃない」

 ところが、朝比奈さんが言った。

「香ちゃんのサンタクロースにならないといけないでしょ?」


 そうだった。


 サンタクロースがいるっていう香の夢を壊さないために、僕は、サンタクロース役をやらないといけないのだ。


「大丈夫、クリスマスイブの24日の夜は充電タイムにして、香の機能を全部停止しておくわ。あんたは、夜中にこの部室に忍び込んで、プレゼントを置いて逃げなさい」

 千木良が言う。


 クリスマスイブに、一人でこの部室まで来て、プレゼント置いてくのか……

 香のためとはいえ、なんか、むなしい気がすりゅ。



「ああ、そういえば、香が欲しいプレゼントってなんなんだろう? 誰か、訊いてる?」

 僕はみんなに訊いた。


「さあ?」

 女子達は、全員首を傾げる。


「あんた、訊いてきなさいよ」

 抱いている千木良が僕の腹にひじを入れた。


 仕方なく、僕はコタツから出て、ツリーの前の香のところまで行く。



「ねえ、香ちゃん?」

「んっ、なに? 馨君」

 香は、ツリーを見たまま返事をした。


「もうすぐ、クリスマスだね」

「うん、そうだね」

「香ちゃんは、サンタさんにどんなプレゼントをお願いしたの?」

 僕は、直接訊く。


「内緒」

 そう言って口の前に人差し指を立てる香。


「でもほら、僕が、香が欲しいものをサンタさんに連絡する係だから、教えてもらわないと、欲しいものがもらえないよ」

 僕は、咄嗟とっさに言いつくろった。


「なんで馨君が、サンタさんの係なの? 馨君、サンタさんの連絡先知ってるの? どこに住んでるの? 連絡手段はなに? 手紙? メール? それとも、まったく別の方法? それは、どういう通信プロトコルなの?」

 香から、矢継やつばやに質問をされる。


 僕は、やむなく撤退した。

 なんか、世のお父さんやお母さんの苦労を知った気がする。




「何の成果も得られませんでした!」

 居間に戻って僕が言うと、みんなが溜息を吐いた。


「もう、しょうがないなあ」

 朝比奈さんがコタツから立ち上がって訊きに行く。



「訊いてきたよ」

 朝比奈さんは、ものの5分で香から回答を得て帰って来た。


 やっぱり、パパよりもママのほうが子供に人気があるって、アンドロイドも人間も同じなのか……


 まだ子供どころか、彼女だっていない僕が、父親の苦労を知る。



「それで、香ちゃん、なにが欲しいって?」


「それがね……」

 朝比奈さん、そこまで言ってためを作った。


「それが、香ちゃん、いつも西脇君が千木良ちゃんを抱っこするの大変そうだから、西脇君に、千木良ちゃん用の抱っこひもをお願いしたいんだって」

 言いながら、朝比奈さんがこらえきれずに笑い出す。


「千木良の、抱っこ紐って!」

 柏原さんも腹を抱えて爆笑した。


「何よそれ!」

 千木良が顔を真っ赤にする。


「抱っこ紐で西脇君に抱っこされる千木良ちゃんに萌えるわ」

 綾駒さんだけ興奮していた。


「香ちゃん、自分のプレゼントを差し置いて、西脇君のためにサンタさんにお願いするんだよ。西脇君のことを考えてるんだよ。偉いじゃない。それにしても、千木良さんの抱っこ紐って…………うぷぷぷぷ」

 途中まで我慢していたうらら子先生も、我慢しきれずに笑い出した。


 みんな、人ごとだと思って……


「西脇君、ちゃんと香ちゃんに抱っこ紐プレゼントしてあげてね」

 朝比奈さんが僕の目を見て言う。



 クリスマスイブに、自分のために抱っこ紐をプレゼントしにいく僕は、幸せなんだろうか、それとも不幸なんだろうか。


 微妙なところだ。

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