第120話 想定外

「ミス是清学園コンテスト、準グランプリは、朝比奈花圃さん。そして、グランプリは、千木良里緒奈さんです!」

 司会者の声が、講堂に高らかに響いた。


 客席から大歓声と拍手が上がって、それが、ステージ中央の千木良と香に向けられる。

 盛大な拍手と歓声は、しばらく止むことがなかった。


 ステージ上の千木良は、何が起きたか分からないみたいで、きょとんとしている。

 隣に立っている香が、千木良に向けて、たぶん、「おめでとう」って話しかけていた。


 二人に賞賛が向けられる中、呆然ぼうぜんとしていた僕も、事態を整理しようと努力する。


 ミス是清学園コンテストで、グランプリが千木良で、準グランプリが朝比奈さん(香)。

 司会者はそう言ったし、結果もそうらしい。


 ステージ上では、御所河原会長が、香に準グランプリのトロフィーを渡して、千木良にはグランプリのトロフィーと、そして、彼女には大きすぎる臙脂えんじ色のローブをかけていた。



「西脇君、どうするの? 西脇君!」

 歓声が一段落して、イヤフォンからうらら子先生の声が聞こえてきた。

 歓声でかき消されてたけど、先生はずっと呼びかけたらしい。


「どうするんだ?」

 柏原さんの声も聞こえた。

「どうするの?」

 綾駒さんの声もする。

「困ったね」

 朝比奈さんも言った。


 計画では、ここで僕達がステージに上がって、我が「卒業までに彼女作る部」の成果を堂々と誇る場面だ。


「香ちゃんは完璧なんだから、このまま、計画通りステージに上がってもいいんじゃない?」

 綾駒さんが言った。


「そうだな。準グランプリだって、十分インパクトあるしな」

 柏原さんも言う。


「どうしようか? 私、ステージに上がろうか?」

 朝比奈さんが言った。


 確かに、あの完成度の香なら、ここで朝比奈さんと並べば、十分にインパクトはある。

 双子みたいな二人を見たら、誰だって、僕達のことを認めてくれるだろう。

 コンテストのあいだ、今まで誰も香がアンドロイドだって気付かなかったし、ピアノだって弾けるし、「恋○サーキュレーション」だって歌える。

 それで文句を言う人は、相当な偏屈へんくつだ。



「ここでホントのこと発表するのは、やめよ」

 ところが、そう発したのは香だった。

 香は、ステージ上で微笑みながら、僕達の通信に割り込んで、音声を送ってくる。


「こんな中途半端な発表は、もったいないよ。一番じゃないとダメだよ。私、もっと頑張るから。来年までに、もっともっと人間らしくなって、絶対にミス是清学園になるから、その時、堂々と発表しよう」

 香の言葉には、完全に意思がこもっていた。

 僕達以上に、人間らしくて熱い。


「今発表するのは、やめよう」



「香ちゃんがそう言うなら、ねえ」

 うらら子先生の声が聞こえた。


「そうだな」

「そうだね」

「うん、そうしよう」

 柏原さんと、綾駒さん、朝比奈さんもそれに同意する。


「それじゃあ、発表は止めましょう。また来年チャレンジしましょう」

 僕は、部長として決断した。


 グランプリは取れなかったけど、今の香は僕達の努力の結晶だし、この、文化祭準備期間にやったことは、決して無駄ではないと思う。

 まだ香は生まれたばかりだから、一年したら、もう、僕達なんか超越した存在になってるかもしれない。


 来年、また挑戦しよう。




 ステージ上では、グランプリの千木良が司会者からインタビューを受けていた。


「どうも、みなさん。私に投票してくれて、ありがとうございました」

 そう言って、ぺこりと頭を下げる千木良。


 千木良、語尾に「ぉ」を付ける設定、忘れてるし…………



 ミス是清学園コンテストのステージはそんなふうに終わった。

 文化祭が終わる喪失そうしつ感と、残念だったコンテストの余韻よいんの中、僕達は部室に帰る。






「ごめんなさい」

 珍しく、千木良が殊勝しゅしょうな顔をしている。


 ステージから降りた、アイスブルーのドレスのままの千木良。


 計画が台無しになって、千木良も責任を感じてるようだ。


「いいんだよ千木良。僕達は気にしてない」

 柏原さんが千木良の頭をなでなでした。

「来年に向けて、新しい目標も出来たし、ここで完成じゃつまんないもんね」

 綾駒さんがしゃがんで、千木良と視線を合わせて言う。


「千木良ちゃん、可愛かったし」

 朝比奈さんが千木良を優しくハグしてあげた(羨ましい)。


「そうだよ。千木良は何か悪いことしたわけじゃない。我が校の、僕以外の男子生徒が、ロリコンだったことが問題なだけで」

 僕も、そう言ってなぐさめた。


 千木良が、パフォーマンスでちょっと目立つことをしたら、それが受けちゃっただけだ。

 文化祭っていう異様な熱狂の中で、それがピタッとはまってしまったのだ。

 そういうことってたまにある。

 それで、香のピアノを弾くっていう、正攻法のアピールが霞んでしまったんだ。


「千木良ちゃん、来年は負けないよ」

 香もそう言って千木良を励ました。



「そうよね。私の美貌びぼうが、この私の可愛さが世の男達を狂わせてしまったんだから、仕方ないのよね。本当に、私って、罪な女だわ」

 千木良が、肩を竦めて言った。


 前言撤回。


 僕は、その場で千木良を脇腹くすぐりの刑に処する。


 千木良が畳の上を転がり回って「ゴメンなさい」って言うまでくすぐった。



「ああでも、これで香ちゃんのダンスの相手が西脇君になったんだから、ちょうど良かったんじゃない?」

 朝比奈さんが言う。


「うん、香、馨とダンス踊る!」

 香が弾けた笑顔を見せた。


 そうだ、まだ、後夜祭があった。

 僕がミスター是清学園にエントリーしたのは、元はといえば、香が後夜祭でダンスを踊る相手になるためだったのだ。


「私は、あのバスケ部のなんとかっていうのと踊るのね」

 千木良が仏頂面ぶっちょうづらをした。


「ミスター是清学園グランプリの遠藤先輩に対して、失礼だろ」

 柏原さんがたしなめる。

「そうだよ。ファンクラブだってあるし、遠藤先輩とダンスしたいっていう女子は、たくさんいるんだよ」

 綾駒さんが言う。


「だって、あの人、おっきくて怖そうなんだもの。力とか強そうで、がさつな感じがするし。ダンスを踊るなら、私のこと抱き慣れてるこいつのほうが、まだマシだったわ」

 千木良が僕を指して言った。


 いや、千木良、私のこと抱き慣れてるとか、すごい誤解を与えるから、それは人前で言うのは絶対にやめよう。



「さあ、それじゃあ、あなた達は後夜祭、楽しんできなさい」

 うらら子先生が言った。

 後夜祭は、基本的に教師の立ち入りが禁止だ。


「私は、先に火を起こして始めてるから」

 先生がそう言ってウインクした。


 たぶんうちの部は、後夜祭のあと、朝まで焼き肉パーティーだと思う。

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