第87話 二人の朝比奈さん
目の前に、スクール水着(旧型)を着た朝比奈さんがいる。
椅子に座って、真っ直ぐに前を見ていた。
正面から見ると吸い込まれそうな深い輝きを宿した瞳。
きゅっと閉じた唇。
手足が長い細身なのに、出るところは出ている奇跡的なスタイル。
すっと伸びた太股が、ふくらはぎからくるぶし、小指の先まで、水墨画の名人が一筆で描ききったみたいな美しい曲線で繋がっている。
紺色の水着に隠れたそのおっぱいは、陰影だけで重量感を感じることができた。
ただ一つ違うのは、腰まで届くそのサラサラの髪が、朝比奈さんの黒髪じゃなくて、金色なことだ。
「丸坊主だったから、私のコスプレ用のウイッグをつけておいたよ」
うらら子先生が言う。
朝比奈さんには、こんな風に金色の髪も似合うって思った。
北欧の森の中で育った美少女って感じだ。
いや、目の前にいるのは朝比奈さんじゃなくて、僕達が作った「彼女」なんだけど。
「電源入れてみる?」
千木良が訊いた。
「電源、入るの?」
「ええ、まだ何も出来ないけど、センサーは生きてるから、光に反応したり、ある程度の
千木良が答える。
「それじゃあ、お願い」
僕が言うと、千木良が自分のノートパソコンを操作して電源を入れた。
しばらくすると、それまでただ真っ直ぐ焦点を合わさずに前を向いているだけだった彼女が、座ったまま瞬きを始める。
そして、不思議そうに辺りを見渡した。
「こんにちは」
千木良が問いかけると、「彼女」が微かに口角を上げてにっこり微笑む。
千木良のこと見てるから、人の顔の認識も出来るらしい。
「こんにちは」
朝比奈さんが腰を折って顔を覗き込むと、「彼女」は同じように微笑む。
「よろしくな」
「可愛くて、お持ち帰りしたい!」
柏原さんと綾駒さんが言って、彼女が二人にも笑いかけた。
「は、はじめまして」
僕も話しかけてみる。
これが、僕が夢見た「彼女」だと思うと、緊張して声が震えてしまった。
僕が問いかけると、「彼女」の顔から笑みが消えて、首を傾げた。
これなに? って感じで、
「やっぱり、
千木良がそう言って、僕を指さして笑った。
「もう、千木良さん、そんなこと言っちゃダメよ」
うらら子先生が注意するけど、後ろを向いてプークスクスって笑う。
本物の女子だけじゃなくて、「彼女」とのコミュニケーションも、色々大変みたいだ。
起動した彼女は、座ったまま、あちこちを見渡す。
目に入るものすべてが珍しいみたいで、なんにでも興味を引かれた。
目の前にいる朝比奈さんの制服のボタンを引っ張ったり、千木良のツインテールの片方を引っ張ったりする。
本当に、千木良が言う通り、まだ赤ちゃんだ。
「先生、もう一着、スクール水着ありますか?」
僕は訊いた。
「えっ? まあ、あるけど」
「ここは、本当に朝比奈さんにそっくりなのか確かめるために、朝比奈さんもスクール水着になる必要があると思うんです。同じ衣装で二人が並んだところを見て、本当にそっくりなのか確かめましょう!」
僕が言うと、
「はっ?」
って女子全員が反応した(彼女以外の)。
「いえ、これは決してエロい気持ちからじゃないんです。朝比奈さんがスクール水着を着てるところを見たいとか、それをマジマジと
僕のその気持ちに、一点の曇りもない。
「色々と
千木良が言った。
「まだ、『朝比奈さんのスクール水着が見たい!』とか正直に叫んだほうがましだよね」
綾駒さんも言う。
「西脇、欲望に忠実になれ」
柏原さんがそう言って僕の肩を叩いた。
「私は別にいいよ。西脇君がそうして欲しいなら、スクール水着を着ても……」
朝比奈さんがうつむき加減で言った。
さすがは朝比奈さん。
部のことを考えてくれて、部長として本当に嬉しい。
「しょうがないな。朝比奈さんのために、新品のスクール水着の一つをおろすか」
うらら子先生が言う。
先生、スクール水着(旧型)をいくつ持ってるんだ……
僕はいったん、居間に戻された。
「よし、入って来ていいよ」
うらら子先生の声に、僕は襖を開けて居間に入る。
八畳間には、スクール水着(旧型)を着た二人が並んで立っていた。
右側に金髪の「彼女」と、左側に黒髪の朝比奈さん。
二人(?)とも、紺のスクール水着(旧型)を着ている。
やっぱり、こうやって同じ衣装にすると、この二人がまったく同じ顔、そして同じ体をしてるってことが分かった。
並ぶと、おっぱいが同じ大きさ、同じ形をしてるのも分かる(だからスクール水着を着ての検証が必要だったのだ)。
体の形だけじゃなくて、ふわふわした朝比奈さんの雰囲気もちゃんと捉えている気がした。
髪の色が同じだったら、どっちがどっちか分からなかったんじゃないだろうか。
「どう? 『彼女』を、突っついてみたら」
綾駒さんが言う。
「いいの?」
「ええ、肌の感触も、人間と同じだよ」
綾駒さんは得意げだ。
それなら遠慮なく、突っつこう。
どこを突っつくかって迷って、まさか、みんなの前でおっぱいを突っつくわけにもいかないし、お尻を突っつくわけにもいかない。ほっぺたとか、腕をつっつくのはちょっと普通すぎるから、とりあえず、お
「きゃ!」
僕が突っついたら、「彼女」が悲鳴を上げる。
ん?
なんだこの反応?
「彼女」、声を出せるのか?
僕が考えてたら、みんなが大笑いする。
「本物の朝比奈さんに金髪のウイッグを被せて、彼女には黒髪のウイッグをつけたんだよ」
うらら子先生がタネを明かした。
「それじゃあ僕が今突っついたのって……」
「本物の朝比奈さんよ」
千木良が言う。
「もう! 西脇君、
金髪の朝比奈さんが、お臍を抑えて抗議した。
知らなかったとはいえ、朝比奈さんのお臍に指を突っ込んでしまった。
突っ込んで、ぐりぐりしてしまった。
「ごめん!」
僕は、平謝りする(僕は、この指を一生洗わないって決めた)。
「ウイッグ被せただけで、西脇が分からないくらい、『彼女』は人間に近いってことだよな」
柏原さんが言った。
「そうね。普段、朝比奈さんのことを馬鹿みたいに口開けて見つめてるこいつを
千吉良が言う。
確かに、僕は、金髪の方が「彼女」で、黒髪の方が朝比奈さんって思って疑わなかったし、それは、彼女の完成度が高いってことだ。
「ねえ、文化祭なんだけどさ」
綾駒さんが、含みのある笑みを浮かべて言った。
こんなときの綾駒さんは、なんか
「文化祭で、我が校のミスコンに、この『彼女』を出してみない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます