第82話 揉み比べ

 「彼女」のおっぱいは、銃火器でも入っていそうなプラスチックのハードケースに、厳重に梱包こんぽうされていた。

 ケースが入っていた小包には、「われもの注意」、「精密機械」のシールが何枚も貼ってあって丁寧に扱われている。


 おっぱいは大切なものだから、これくらいの扱いで丁度いいのかもしれない。

 おっぱいは、銃火器以上の破壊力を持ってるんだし。



「これだけは専門の業者に特注したの」

 綾駒さんが言って、ケースを開く(おっぱいの専門業者って、夢がある響きだ)。

 ケースの中で、紫色のビロードの布に包まれたそれは、灰色のゴムみたいな質感で、ブラジャーのような形をしていた。

 ブラジャーのカップの部分に液体が入ってるみたいで、たぷたぷ揺れる。

 その、液体が入った部分から蛇腹じゃばらのパイプが出ていて、銀色の小さなタンクにつながっていた。

 パイプの部分から、何本か配線も出ている。



「これが、朝比奈のおっぱいをモデルにしたおっぱいか?」

 柏原さんが訊くと、綾駒さんが頷いた。


 まだ肌が張られていない灰色のゴムだけど、その小高い二つの丘の美しさは、その状態でも解った。

 これは多分、世界で最も美しい曲線で構成された物体じゃないかって思う。



「もう! 西脇くん、あんまり見ちゃダメ!」

 突然、目の前が真っ暗になって、顔に柔らかい感触を感じると思ったら、朝比奈さんが、手で後ろから僕に目隠ししていた。


 朝比奈さんの細い指が、僕の顔に触れて目をおおっている。


 女子にこんなふうに目隠しされるって、男子高校生が選ぶ、彼女が出来たら不意にやってびっくりさせてほしい行動、三位くらいに入ると思う。



「こんなので恥ずかしがっててどうするのよ。もうすぐ、あんたにそっくりな『彼女』ができるのよ」

 千木良が言った。


「それはそうだけど……」

 朝比奈さんが目隠しを外してくれる。


 ほっぺたを赤くした朝比奈さんが可愛い。

 いや、朝比奈さんは常に可愛くて、生まれてからこれまで、可愛くなかった瞬間なんて、一秒も、一刹那せつなもなかったんだけど。



「よし、形だけじゃなくて、感触を確かめるために、本物とおっぱいのみ比べしよう」

 柏原さんが言った。


 「おっぱいの揉み比べ」って、なんだそのパワーワード。


「それじゃあ朝比奈、ちょっと触るぞ」

 柏原さんが朝比奈さんの後ろに回って、両脇から手を入れて胸を触った。


「きゃん!」

 朝比奈さんが、世界一可愛い悲鳴を上げる。


 柏原さんは、そのまま五、六回揉んでその感触を確かめると、同じように灰色の作り物の方を揉んだ。


「ちょっと、張りが足りないんじゃないか?」

 首を傾げて柏原さんが言った。


「えっ、そうかな?」

 今度は、綾駒さんが朝比奈さんの胸を触って、次に作り物の方を触る。

 朝比奈さんが「もう!」って言いながら、上気した。


「うん、そうかも」

 作り物を触りながら綾駒さんが納得する。


「そうだろ。朝比奈のはもっと、ぱんって、張りがある感じだし」

 柏原さんが言って、綾駒さんがもう一度、後ろから両手で朝比奈さんの胸を触る。


「うん、確かに、こっちの方が張りがあるね」

 何度も揉みながら、綾駒さんが確認した(綾駒さん、五秒でいいから代わってください!)。


「でも大丈夫。微調整できるから」

 綾駒さんが言う。


「調整って、この銀色のタンクがそうなの?」

 うらら子先生が訊いた。


 おっぱいのカップ部分の後ろから伸びた、蛇腹のパイプの先にあるタンク。

 僕も、さっきからそれがなんなのか気になっていた。


「はい、それがリザーバータンクです」

 綾駒さんが答える。


「おっぱいに強い圧力が掛かったり、強く揉みしだかれたりした場合に、中の液体をこのタンクに逃がして、圧力を弱めるんです。そうすることで、おっぱいの破裂はれつを防ぎます」

 パイプは、両方のおっぱいと繋がっていた。


「欲情に任せて揉みしだく可能性がある西脇がいるから、必須ひっすの装備だな」

 柏原さん、変なこと言わないでください。


「そんな安全装置なくても、こいつが胸を触ろうとしたら、フルスイングでビンタするようにAIに教えればいいだけよ」

 千木良が言った。


 千木良、変なこと教えるのは止めなさい。



「安全装置としての役割だけじゃなくて、リザーバータンクの中の液体をおっぱいに送り込むことで、一時的に巨乳にしたり、逆にタンクに液体を戻して貧乳にしたり、スタイルを変化させることも出来るよ」

 綾駒さんが言った。


 なんだその謎機能。


「車のエアサスで、車高が変えられるみたいなもんか」

 柏原さんが頷いている。


 柏原さん、「彼女」のおっぱいを車のサスペンションに例えないでください。



「えっと、綾駒さん。そろそろ揉むの止めてもらっていいかな?」

 朝比奈さんが言って、吐息を漏らす。


「あ、ゴメンゴメン、忘れてた」

 話の間、ずっと朝比奈さんの胸を揉んでいた綾駒さんが手を放す。


 忘れてたとか絶対に嘘だ!

 綾駒さん、鼻息荒いし。




「あ、あの。僕も、触っていい?」

 僕は、我慢できなくなって恐る恐る訊いた。


 女子達が、顔を見合わせる。

 そして、全員が、しょうがないにゃあ、みたいな目で僕を見る。


「朝比奈のはダメだけど、こっちの作り物のほうはいいぞ」

 柏原さんが言った。


 僕だって、最初から朝比奈さんのが無理なのは解っている。



 僕は、正面から静かに作り物のおっぱいに手をつけて、ゆっくりと揉んだ。


「もう! 西脇君、嫌らしい手つきで触らないで!」

 朝比奈さんが抗議した。


 でも、嫌らしくない手つきでおっぱいを触るなんて、絶対に不可能だと思う。

 そんな方法があったら、逆に教えてほしい。

 聖人君子だって、おっぱいを触るときは嫌らしい手つきになるはずだ。



 僕は、目をつぶって揉んでみる。


 それは、適度に弾力があって、揉みほぐそうとする僕の手を跳ね返してきた。

 だけど、絶妙な柔らかさもあって、僕の指の腹を優しく受け止めてくれる。

 中の液体に秘密があるのか、体温のような暖かさも感じた。


「ホントだ。これ、朝比奈さんのおっぱいの感触とそっくりだけど、ちょっと軟らかい」

 僕は言った。


 言ってから、マズいって思った。


「なんで西脇君が、私のおっぱいの感触知ってるの!」

 朝比奈さんが手で胸を守りながら、当然の質問をする。


「あの、それは……」

 言えない、普段、朝比奈さんが隣にいて、時々僕の腕に胸が触れる瞬間があるから、僕はその感触を良く知ってるなんて言えない。



「もう、おしまいね!」

 朝比奈さんが作り物のおっぱいに布を掛けて隠してしまった。

 全てにおいて可愛い朝比奈さんは、怒った顔も可愛い。



「よし、おっぱいも届いたし、皮膚の培養ばいようもいい感じになってきたし、いよいよ外装に入るね」

 綾駒さんが言った。



 僕達は、綾駒さんの造形技術が、フィギュアだけじゃなくて1分の1のアンドロイドにも有効なことを思い知ることになる。

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