第74話 一夏の成果

 朝起きると、僕の顔は千木良のお尻につぶされていた。


 目がおおわれてて見えないけど、左腕に当たるの感触からして、僕の左脇にいるのは朝比奈さんだろうし、右腕に当たるの感触からして、右脇にいるのは綾駒さんだ。

 そして、僕の右足を甘噛あまがみしてるのはうらら子先生で、右足をつかんでるたくましい腕は、柏原さんだと思う。


 それにしても、我が部の女子達って、寝相ねぞうが悪すぎる。



 昨日の夜、学校で肝試きもだめしをしていて、本物っぽい幽霊に出会った僕達は、一目散に逃げ出して民宿まで帰った。

 幽霊が出ましたって報告した僕達に、女将の千鶴さんは「やっぱり出ましたか」って、あくまでも冷静だった。


 出たのがあかね色の和服の女の子だって話したら、

「ああ、そっちなら座敷童ざしきわらしみたいなもので、特に害はありません。むしろ、見た人に幸運をもたらすって言われています」

 って、笑顔で教えてくれた。


「まずいのはの方で、あっちと出会ってたら、今頃大変なことになってたかもしれません。だから、短刀を渡したのです」

 千鶴さんは、笑顔を消して真顔で言った。


 いやいや。


 「あっち」ってなんなんだ?

 あの学校に、何がいるんだろう?


 その話を聞いて、震えが止まらなかったのを覚えている。



 恐くて眠れないから一緒に居ようって頼まれて、僕は飛鳥さんの部屋を出て、部員のみんなと寝ることになった。

 望月先生との二人部屋だったうらら子先生まで来て、みんなで雑魚寝ざこねした。


 恐くて眠れないとか言ってたくせに、女子達はすぐに寝息を立て始めて、先にスヤスヤ眠ってしまった。

 みんな寝相が悪いから、僕の手足を取ったり、上に乗っかってきたり、やりたい放題だ。


 一方の僕は、無防備な女子たちがすぐ近くで寝てるっていうこの状況に興奮して、一睡も出来なかった。

 目をぱっちりと開けたまま、一晩中固まっていた。


 女子達に囲まれていて、何も出来ないなんて、思春期の男子高校生からしたら、拷問ごうもんでしかない。





「皆さん、おはようございます。朝食の準備が出来ました」

 目が覚めてしばらくしたら、飛鳥さんが僕達を起こしに来てくれた。


 僕は、顔に乗ってる千木良を退けて、腕を掴んでいる朝比奈さんと綾駒さんをはがし、右足を甘噛みしてるうらら子先生を振りほどいて、左足を柏原さんの腕からどうにか引き抜いた。


「おはようございます」

 僕は、ふすまを開けた飛鳥さんに、立ち上がって挨拶あいさつする。


 部屋の中を見た飛鳥さんが、怪訝けげんそうな顔をした。


 僕の周りで、まだ寝ている女子達。


 柏原さんはおへそを出してるし、うらら子先生なんて、ショートパンツが脱げてお尻が見えかかっている。

 綾駒さんのTシャツの襟首からは肩が出て、ブラジャーの紐が見えていた。

「お兄ちゃん……」

 千木良が寝言を言いながら、僕の足にすりすりするし。


「いえ、違うんです!」

 僕は必死に首を振った。


 飛鳥さんは勘違いしている。


 僕がイケメンで、女たらしだったらそういうことがあるかもしれないけど、これは、ただ、女子たちの寝相が悪いだけだし、みんなお化けを怖がってこの部屋に集まっただけだ。


 僕達に、やましいことなんて、一つもない。



「朝食の準備は出来てるので、みなさん、いつでもどうぞ」

 飛鳥さん、ちょっと怒ったみたいな声で言って、ぷいって横を向いた。


「あの、ホントに違うんです!」

 僕は、なんで必死に言い訳してるんだろう?





 朝食のあと、僕達は棘学院女子新体操部の招待を受けて、体育館に向かった。


 明日が合宿の最終日で、明日は午前中に民宿を発つから、烏丸さん達新体操部のみんなが、今日までの合宿の成果を僕達に披露ひろうしてくれるという。


 体育館には、僕達の他に、満珠荘の千鶴さんと美咲さん、飛鳥さんも招待された。

 体育館の端に、パイプ椅子で観客席が作ってあって、僕達はそこに座る。


 新体操部の部員のうち、烏丸さんと他の部員四人が、青と緑の鮮やかな試合用レオタードを着ていた。

 その五人が代表で、今から団体の演技を見せてくれるらしい。



 レオタードを着た五人の部員が、フープを持って体育館の中央にV字に整列した。

 その瞬間、烏丸さんの表情が、きゅっと締まって大人っぽくなる。

 僕に対して冗談を言ってくれる烏丸さんじゃなくて、演技者としての凜々しい烏丸さんだ。


 構えた姿勢でピタリと静止して、音楽が流れ始めると、五人が体育館の中を縦横無尽じゅうおうむじん躍動やくどうする。


 五人の動きは、プログラムされたみたいに寸分の狂いもなくシンクロしていた。

 足を上げる角度、前転するタイミングとか、全部、完璧に合っている。


 一人一人の、手先、指先まで神経が行き届いた姿勢が美しい。


 天井高く投げられたフープが、移動した先でノールックの五人の手にすっぽり収まる。

 そうかと思うと、一度床に投げたフープが、意思を持ったように床を転がって、五人の手に戻ってきた。


 目まぐるしくフォーメーションが変わって、五人とフープが、ぶつかることなく、すれすれのところで交差していく。


 みんなの普段の練習がうかがえる、最高の演技が目の前で繰り広げられた。

 瞬きもしないで見とれている間に、二分ちょっとの時間が、あっという間に過ぎてしまう。


 観客の僕達は、立ち上がって盛大な拍手を送った。

 顧問の望月先生も、深く頷いて満足してるみたいだ。


 棘学院女子、新体操部の夏合宿は、大成功って言っていいんだろう。




「千木良、それじゃあ僕達もこの合宿の成果を見せようか」

 すると、柏原さんが、突然、そんなことを言い出した。


「そうね」

 生意気に腕組みした千木良が、意味ありげに頷く。


「えっ、なに?」

 僕は部長なのに、なにも聞かされてなかった。


 千木良がノートパソコンを操作すると、体育館に「彼女」が入って来る。

 「彼女」は、その手にボールを持っていた。

 ちょうど、手でつかめるくらいの大きさの青いボールだ。


 烏丸さん達と入れ替わって、「彼女」が体育館の真ん中まで進んだ。


「この曲を流してもらっていいですか?」

 柏原さんが自分のスマートフォンを渡して頼むと、望月先生がそれに応えてくれる。

 体育館のスピーカーから、音楽が流れた。


 「彼女」が、その音楽に合わせて演技を始める。



 大きく足を上げたり、バレリーナみたいに回転しながら、ボールを体にわせる「彼女」。

 ボールを高々と投げたと思うと、ハンドスプリングで縦に回りながら落下点に入って、余裕でキャッチしてみせた。


 自分達の「彼女」なのに、僕は、その技に「わあっ!」って声を上げてしまう。


 これが、チューブに入った油の筋肉と、チタンやカーボンで作られた骨格からなる無機物とは思えなかった。

 軽やかなステップとか、誘うような妖艶ようえんな動きとか、まるで魂が入ってるみたいだ。


 その中に、確かにゴーストを感じる。


 音楽が終わると、体育館が静まり返って、少しして拍手が湧き上がった。


「すごい! 西脇君達、すごい!」

 烏丸さんが興奮した声を出して、新体操部の部員のみんなも、異口同音いくどうおんめてくれた。

 でも、「彼女」の体を調整してくれたのは柏原さんだし、AIは千木良の担当だ。

 僕は、なんにもしていない。



「いや、まだまだだな。これは別に、『彼女』が自分で踊ったんじゃなくて、過去の新体操の映像を見て、それをまねしただけだから」

 柏原さんが言う。


 ハードウェアとしての「彼女」の完成を確かめるために、新体操の過去の映像からモーションを抽出ちゅうしつして、それで踊らせたって、あとで聞いた。


「そうね、確かに自律的な動きじゃない。それは、認めざるを得ないわ」

 千木良も言う。


 「彼女」が自律的な動きを出来るようにAIの熟成を始めるのは、ちゃんと頭の中に専用のチップを積んだコンピューターを入れて、完成させてからになると思う。


「でもすごいよ。これで、骨格と筋肉、中身のハードウェアは、完成って言っていいですよね」

 僕が訊いたら、うらら子先生が頷いた。


「柏原さん、ありがとう」

 合宿中、暑い中ここまで調整してくれたのは柏原さんだ。


「いや、みんなの協力があったから出来たんだ」

 柏原さんが言う。

 照れて頭を掻く柏原さんが、なんかカッコイイ。


「本当に完成したら、ライバルになるかもね」

 烏丸さんが言った。


 本当にそんなふうになったらいいんだけど。





 夕方、最後の夕飯のあとは、棘学院女子も含めて、みんなで花火をした。


 目の前の浜に出て、柏原さんがまず、景気づけに打ち上げ花火を上げる。

 雲一つない晴れた星空に、大輪たいりんの花が咲いた。


 まさか、この僕に、女子達と一緒に浜辺で花火をする夏が来ようとは……



 柏原さんは、打ち上げ花火を手際よく上げた。

 そんな柏原さんに、棘学院女子のみんなから黄色い歓声が飛んだ。

 実際、新体操部の部員の何人かは、柏原さんに恋してると思う。

 数人の目が、ハートになっていた。


 打ち上げ花火が終わると、みんなが火をつけた手持ち花火で、浜辺が昼間みたいに明るくなる。


 ネズミ花火で千木良を追いかけ回したり、民宿の物干し竿に並べた手持ち花火で、ナイヤガラをしたりして遊んだ。


 これが最後の夜だからか、みんないつもよりテンションが高くて、笑顔も、花火よりはじけている。



 全部の花火を使い切って、最後に、みんなで一本ずつ線香花火に火をつけた。

 チリチリと音を立てる線香花火が、どこか懐かしい。


「夏が終わっちゃうね」

 朝比奈さんが言った。

 朝比奈さんの顔が、線香花火のオレンジに淡く照らされている。


「いつまでも、終わらなければいいのに」

 線香花火の玉を寂しそうに見詰める朝比奈さん。

 それは僕も全く同感だ。


「よし! 寂しいから、今日もみんなで寝よう。大広間で、新体操部のみんなも一緒に寝ようじゃないの」

 うらら子先生が言った。



 その夜は、うちの部の五人と合わせて、新体操部の二十人と、望月先生、千鶴さんと美咲さん、飛鳥さんまで、みんな一緒に寝た。



 史上最大の雑魚寝で、眠れない僕が二日連続の徹夜になったのは、いうまでもない。

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