第60話 満珠荘

 ここ、民宿満珠荘まんじゅそうは、女将の満珠まんじゅ千鶴ちづるさんと、その長女で、遊漁船をやっている美咲みさきさん、そして、僕より一つ年下で高校一年、次女の飛鳥あすかさんの、女性三人で切り盛りしていた。

 千鶴さんが五代目の女将で、海の幸が自慢の老舗しにせの民宿らしい。


 そんな満珠荘に、いばら学院女子の新体操部二十人と、顧問の望月先生、うちの女子部員四人と顧問のうらら子先生で、男子は僕だけだ。



 バスを降りた新体操部のみんなが、民宿の前に整列する。

 部長の烏丸さんの合図で、「よろしくお願いします」って、礼をした。

 さすが運動部って感じで声が通るし、頭の角度もきっちり揃っている。


 なんか、その横でだらだらと「お願いしまーす」みたいな感じになっちゃった僕達「卒業までに彼女作る部」が情けない。



「ようこそ。車の移動で疲れたでしょう。みなさん、くつろいでくださいね」

 臙脂えんじ色の作務衣を着た女将の千鶴さんが、笑顔で僕達を迎えてくれた。

 優しそうな笑顔で、ちょっとふくよかな、肝っ玉母さんって感じの人だ。


「お茶、どうぞ」

 玄関からすぐの大広間で、娘の飛鳥さんが、みんなにウエルカムドリンクの麦茶を出してくれる。

 髪をポニーテールにした彼女は、働き者で、よくお母さんのサポートをしていた。

 顔と、手の先だけが他より焼けてるのは、ウエットスーツを着て、サーフィンとか、やってるんだろうか。

 僕よりも一つ年下の高校一年生ってことだったけど、小柄の童顔で、もうちょっと幼く見えた。


 僕達は、麦茶を頂きながら、大広間の畳の上に足を投げ出して、長かった車移動のつかれをやす。



「みんな、部屋割りはこの通りになってるから、各々確認しなさい」

 望月先生が、プリントした部屋割りの表をみんなに回した。


 この民宿の、一階と二階の部屋、七部屋に、部員と先生が割り振ってある。

 部員は四人で一部屋を使って、先生は二人で一部屋だ。


「なんで私が、こいつらと一緒なのよ。私だけ、一人部屋を寄越しなさい」

 千木良が不満そうに言った。

 まあ、こんなことを言う千木良は、当然、くすぐりの刑に処せられるわけだけど。


「空いてる部屋は他にないんだから我慢しなさい。それとも、その部屋割りに不満だったら、千木良さんだけ先生の部屋に来る?」

 うらら子先生が訊いた。


「いえ、それは結構よ!」

 千木良がブルブル首を振る。


 部屋割りの表によると、我が「卒業までに彼女作る部」の女子四人は、二階の右端の部屋になっていた。

 新体操部のみんなも、四人ずつそれぞれに部屋が割り振られている。

 部長の烏丸さんは、一階の、玄関に一番近い部屋だった。



「あの、先生。僕の名前がないんですけど」

 部屋割りの表の中に、僕の名前が見当たらない。

 隅々まで探しても、名前はどこにもなかった。


「ええ、西脇君だけ、別棟べつむねに一人の部屋を用意したから」

 うらら子先生が言う。

「満珠さん達が住んでらっしゃる母屋の方に、西脇君一人の部屋を用意して頂いたの」


「なんで西脇だけ、部屋が離れてるんですか?」

 柏原さんが訊いた。


「だって、この民宿の中に男の子は西脇君しかいなんだもの。さすがに、女子達と同じ所には、置いておけないでしょ? 西脇君だって、一応、男の子なんだし」

 先生が言う。


 いえ、いくらなんでも、僕はみんなを襲ったりしません。


「特にここは、元気な肉食系の女子が多いから、か弱い西脇君が襲われて、骨も残らないくらいに食べられちゃったら、大変だしね」

 うらら子先生が冗談めかして言った。

 なるほど、女子じゃなくて、僕を守るための処置か。

 どこからか、「チッ!」って、舌打ちが聞こえたような気がする。



「はい、それじゃあみんな、部屋に荷物を置いてきなさい」

 望月先生が、新体操部の部員に指示した。


「私達も、車から荷物を出して、とりあえず『あれ』も、女子達の部屋に置いておきましょうか」

 うらら子先生が言う。

 先生が言う「あれ」っていうのは、もちろん、「彼女」のことだろう。


 僕は、自分の部屋に行く前に、ランクルからの荷物の運び出しを、女子達と一緒にした。

 「彼女」を、柏原さんと二人で慎重に二階に運び上げる。


「すごい! いい景色!」

 二階の女子達の部屋は、窓を開けると正面に海が見える絶好の場所だった。

 白い砂浜も見えて、窓枠がそのままおしゃれなポスターみたいに風景を切り取っている。


「まあ、環境だけはいいじゃない」

 窓から体を乗り出して、千木良も認めた。


 女子達の荷物と「彼女」、撮影機材を、汗をかきながら運んだ。

 「彼女」は、包んでいた布を剥がして、椅子に座らせておく。



「ねえ、西脇君の部屋も見に行こうよ」

 綾駒さんが言った。

「そうだな。あとで忍び込むためにも、鍵の位置とか見ておく必要があるな」

 柏原さんが、なんか、恐ろしいことを言う。


 別棟にあるという僕の部屋に、我が部の女子達が付いてきた。




 別棟の母屋は、民宿から一旦外に出て、飛び石の通路の先にある。

 「満珠」って表札が出ていて、本来は満珠さん一家が普通に暮らしてる家みたいだ。


「この二階ですから」

 飛鳥さんが僕達を案内してくれた。

 古い民家の、急な階段を上がった先に、部屋が二つある。


「手前が、西脇さんの部屋です」

 飛鳥さんが、そう言って微笑む。

 丁寧なことに、ドアの前に「西脇様」って張り紙があった。


 そのふすまを開けた途端、僕は、

「うわああ!」

 って、思わず大声を上げてしまう。


 客間みたいなのを想像してたら、壁にブレザーとミニスカートの制服が掛かってるし、勉強机と出窓に無数の縫いぐるみがあるし、白いロココ調の家具とか、ピンクのベッドとか、ここ、普通に女子の部屋だった。


「ここは、私の部屋なんです」

 飛鳥さんが言う。


「西脇さんは、この部屋を使ってください。皆さんが合宿でここにいる間、私は、隣のお姉ちゃんの部屋で寝るので」

 飛鳥さんが続けた。


「っていうことは、このベッドは……」

 僕は、恐る恐る訊く。

「はい、普段、私が寝てるベッドです」

 飛鳥さんが、笑顔で答えた。


 僕は、会ったばかりの、一つ年下のJKのベッドに寝るのか……


「ってことは、この洋服箪笥たんすとかも、全部飛鳥ちゃんの?」

 朝比奈さんが訊く。

「はい、そうです」

 飛鳥さんが頷いた。

 飾り彫刻が施された、可愛らしい箪笥だ。


「西脇君、飛鳥ちゃんのパンツが入った引き出しとか、開けちゃダメだよ」

 綾駒さんが言った。


「開けません!」

 思わず大声で突っ込んでしまう。

 大声すぎて逆に、わざとらしかったかもしれない。


「飛鳥ちゃんの制服をくんかくんかしたり、椅子の座面にほっぺたすりすりしちゃダメだよ」

 綾駒さんが意地悪く言った。


 えっと、僕の性癖せいへきは、そこまでゆがんでません。


「テレビとか、部屋の中のものはなんでも使ってもらってもかまわないので」

 飛鳥さんが言う。


 飛鳥さんによると、時々、民宿の方が一杯のとき、常連のお客さんをこっちに泊めることもあって、こんなのは慣れっこらしい。


「この高さなら、雨樋あまどいを登れば、外から忍び込めるよね」

 柏原さんが窓の周りを確かめて言った。


 だから、さっきから柏原さん、何を確かめてるんだ……





「それじゃあ、暑いし、今日のところは難しいこと抜きで、海で遊ぼうか?」

 荷物を部屋に置いて大広間に戻ると、うらら子先生が言った。


「賛成!」

 うちの部も、新体操部も、みんなが黄色い歓声を上げる。


「よし、水着に着替えて、浜に飛び出せ!」

 先生が言って、僕達は「はい!」っていい返事をした。


「こら、女子たち! 今日は男の子がいるんだから、その場で脱がない!」

 望月先生が、慌てて新体操部のみんなを注意する。


 新体操部の女子達、もうその場で制服を脱ぎかけていた。


「あっ! ごめんなさい」

 烏丸さんが、脱いだ制服で胸を隠しながら言う。


 これが、女子校ならではの、男子の目を気にしない感じか……


 望月先生が止めてくれたから、致命傷にならずに済んだ。

 もし、新体操部の女子達がそれ以上脱いでたら、僕はこの場でぶっ倒れてたと思う。



 水着に着替えた僕達は、砂浜めがけて走った。


 僕は今、久しぶりに夏っていえる夏を過ごしている。

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