第48話 夏休みの過ごし方
「なんでやねん! なんでやねん!」
柏原さんが繰り返している。
「なんでやねん! なんでやねん!」
突っ込みを入れまくる柏原さん。
そのたびに、アンドロイドの手の甲が僕の胸に当たった。
鋭く突っ込みを入れているように見えて、その手は僕の胸にソフトタッチで適度な刺激を与えるだけだ。
アンドロイドの手は、絶妙にコントロールされていた。
「なんでやねん! なんでやねん!」
柏原さんが繰り返す。
「なんでやねん! なんでやねん!」
「柏原さん、もう、いいです」
柏原さんが
「おお、そうか」
柏原さんが突っ込みをやめる。
一学期の期末試験が終わったら、柏原さんはさっそく、骨格へのアクチュエーターの組み込み作業を始めて、すでに右腕を完成させてしまった。
部室の居間で、僕達は組み上がった腕のテストをしている。
腕は、仮のスタンドに一本だけ着けてあって、ちゃぶ台の上に乗っていた。
ガンメタリックに輝くチタンの関節と、黒いカーボンの骨格に、透き通ったオレンジ色のアクチュエーターの束が、人間の筋肉みたいに巻き付いている。
アクチュエーターに電圧をかけると、腕と手、指の一本一本までが連動して、滑らかに動いた。
アクチュエーターの筋肉がぷるぷる細かく震えていて、生きているみたいだ。
操作は、千木良が作ったワンボードマイコンのコントローラーで、パソコンから、自由に出来るようになっていた。
だから、じゃんけんをしたり、突っ込みを入れたり、色々試している。
「千木良、ちょっとキャベツ太郎持ってきて」
柏原さんが頼むと、千木良が自分の部屋からキャベツ太郎を一袋持ってきた。
柏原さんは袋を開けて、ちゃぶ台の上に置いた皿に、中身を出した。
「ほら、キャベツ太郎だって
柏原さんがパソコンで操作して、アンドロイドの腕が皿の上のキャベツ太郎一つを掴んだ。
オレンジ色の指先が、キャベツ太郎を潰すことなく、軟らかく掴んだり、放したりした。
「すごい!」
千木良が感激して目をまん丸にする。
柏原さん、分かりやすいですけど、キャベツ太郎をベンチマークに使わないでください……
でも、確かに、もろいキャベツ太郎を掴めるくらいの繊細な力加減が出来るこの腕はすごい。
本物の人間の腕みたいに
「そうだ! この腕にカメラとセンサーをつけて、ちょっとしたコードを書けば、手を汚さずにキャベツ太郎が食べられる腕が作れるんじゃない!」
千木良が目を輝かせて言った。
おい千木良、僕達の「彼女」の腕を、そんなことに使うんじゃない!
その後も、柏原さんがアンドロイドの腕で千木良の脇腹をくすぐったり、逆に、千木良がアンドロイドの腕で柏原さんの胸を揉んだり、悪戯しながらテストしてると、朝比奈さんと綾駒さん、そしてうらら子先生の残りのメンバーが、林の獣道を抜けて部室に来た。
全員そろったところで、顧問のうらら子先生が、「会議を始めます」って、僕達を居間に集める。
「さて、今日の議題は他でもありません。夏休みのことなんだけど……」
スーツ姿の先生が、ちゃぶ台を囲んだ僕達を見渡す。
「夏休み、我が『卒業までに彼女作る部』は、合宿をします!」
先生がそう言って腕を高らかに挙げた。
合宿?
なんだその、胸ときめく響きは……
「先生、合宿ってことは、みんなでどこかに泊まるんですか?」
綾駒さんが訊いた。
「当たり前でしょ、
先生が言う。
なんか、違うと思う。
「わくわくするな」
柏原さんが言った。
「ふん、くだらな……」
千木良が言い終わらないうちに、脇腹をくすぐっておく。
「みんなで一緒に寝たり、枕を付き合わせて遅くまでお話したり、楽しそうね」
朝比奈さんが言った。
うん! すごく、楽しそうです!
「だけど先生、どうして突然、そんなに積極的になったんですか?」
僕は訊いた。
うらら子先生、部活の顧問は名義を貸すだけとか言ってたのに。
夏休みは、僕達ほったらかしにされるのかと思ってた。
「当たり前でしょ。あなた達のような可愛い生徒を目の前にしたら、私の中の教師魂が
先生が言う。
「学校の先生って、夏休みは休みになるんじゃなくて、研修とかで色々忙しいらしいの。それで先生、顧問として部活の合宿に付き合うってことにして、面倒な研修から逃げ出したいみたい」
綾駒さんが小声で教えてくれた。
なるほど、うらら子先生らしい。
「それだから、みんなは夏休みの予定を書いて提出しなさい。全員に予定が入ってない日程を選んで、私が合宿の予定を立てます」
先生が言って、プリント用紙を配った。
紙には七月と八月のカレンダーに、予定を書く
「あの、僕は彼女もいないし、なんの予定もないので、提出しなくていいですか?」
僕は訊いた。
予定がなにもないから、今年も去年と同じ、お昼頃起きて、ゲームしたり、ラノベ読んだり、時々、妹の
だから、僕は合宿がいつでも構わない。
「なにも予定がないので、提出しなくていいですよね?」
僕が重ねて訊くと、うらら子先生以外のみんなが、目を逸らして、僕の話が聞こえないふりをした。
「そそそ、そうなんだ。そそ、それじゃあ、にっ、西脇君は、ててて、提出しなくていいわ。今年こそは、楽しい夏休みにしましょうね」
先生が猫なで声で言う。
「西脇君、生きてると、きっといつか良いことあるよ」
朝比奈さんが励ましてくれるけど、なんなんだろう?
その日は、みんなでお茶したあと、「ミナモトアイ」の動画を一本撮って、それで部活を終えた。
いつものように下校して家に帰ったら、家の前に、不審な黒塗りの車が停まっている。
トヨタのセンチュリーだ。
そのセンチュリーは、ナンバーが千木良の車だった。
僕が近づくと、運転手さんが降りてきて、笑顔で後席のドアを開けた。
中に入れってことらしい。
「あら、偶然ね」
後席に深々と座った千木良が言った。
キンキンにクーラーが効いた車の中で、偉そうに腕を組んでいる千木良。
いや、僕の家の前で、待ち構えるように車を停めていて、偶然もなにもないんだけど……
「ねえ、あなたって、小学生の女の子、好きよね?」
千木良が、突然僕にそんなことを訊く。
あなたって、小学生の女の子、好きよね……
なんて、センシティブな質問なんだ。
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