第39話 閉じ込められた姫君

「球体関節人形?」

 綾駒さんから発せられた「球体関節人形」って言葉に、綾駒さん以外の全員が首をかしげた。

 八畳間の床に仰向けに寝たその人形だけは、身じろぎもせず、真っ直ぐに天井を見見詰めている。


「球体関節人形って、こういう人形のことだよ」

 綾駒さんが千木良からタブレットを借りて、画像を表示した。


「すごい、綺麗!」

 朝比奈さんが声を上げる。

 タブレットの画面には、なまめかしい人形の画像がたくさん出てきた。

 どれも綺麗だけれど、なにか妖しいというか、まるで生きていて意思をもっているかのような、不思議な雰囲気がある。


「その名のとおり、関節の部分が球体になっていて、中でゴム紐で留められてて、自由なポーズをとらせることができるの」

 綾駒さんが人形の長襦袢ながじゅばんをめくると、ひじの関節が見えた。

 綾駒さんが言う通り、関節はスリットが入った球体になっていて、手が自由に動く。

 手を動かすとき、長襦袢の襟元がはだけて、小さな胸が見えた。


「この作りからして、著名な作家さんの手による人形だよ。私なんかにはとてもできない造形で、憧れちゃう」

 綾駒さん、言いながらうっとりと人形を眺める。



「だけど、そんな人形が、なんでこの家の、それも屋根裏なんかに隠されてたんだろう?」

 僕は、当然の疑問を口にした。

 人形は、屋根裏の隅に隠すように置いてあった。

 もし、雨漏りがなかったら、今でも、誰の目に触れることもなく眠っていただろう。

 この部室が取り壊されるようなことがない限り、見つからなかったはずだ。


「そういえば、この部室って、昔、なんとかっていう小説家が使ってたんだよな?」

 柏原さん訊いた。

 確か、この部室は僕達が使う前は、用務員さんの休憩所として使われていて、その前に、小説家がアトリエとして使ってたって聞いた。


「ええ、用務員さんの休憩所として使われていた前は、小説家の柿崎かきざきしげるがアトリエとして使っていたそうよ。柿崎は、この学校の創設者の一人でもあるわ。もう、四十年近く前に亡くなってるけどね」

 うらら子先生は国語科の先生でもあるから詳しいけど、僕は、その柿崎重っていう小説家のことは知らなかった。


「あっ、そう言えば!」

 先生がなにか思い出したようで、目を見開く。


「ちょっと、あなた達、ここで待ってなさい!」

 先生はそう言うと、雨の中、部室を飛び出して行った。


 そして、自分が警視庁の鑑識の作業服でコスプレしてることに気付いて、すぐに戻って来る。

 先生は作業服を脱いでスーツに着替えると、また、雨の中に飛び出して行った。


 まったく、忙しい人だ。


 ってゆうか、いつも思うけど、部室にいるうらら子先生は、校内で見る先生とは全然違う。

 生徒や他の先生からも恐れられるうらら子先生と、部室のぐうたらなうらら子先生。

 まるで別人のようだ。


 一体、どっちが本当の先生なんだろう?



 やがて、二十分ほどして、学校の方からうらら子先生が戻ってくる。

 その胸には、雨に濡れないよう、二重のビニール袋に入った一冊の本が抱えられていた。


「柿崎重の『閉じ込められた姫君』ていう小説の初版本。この学校の図書室にあるの」

 先生がビニール袋の中から、古い本を取り出す。


「この本が、どうかしたんですか?」

 って、訊いて、すぐにそれが愚問ぐもんだって分かった。


「この人形じゃないですか!」

 本の表紙に使われている写真が、目の前にいるこの人形の写真だった。

 この人形の全身像が、本の表紙に使われている。


 写真の中で、この人形は、畳の上に女の子座りをしていた。

 柱に寄りかかっていて、窓から外を見ている。

 半分開いた窓には、障子しょうじがはめてあって、それが夕日のオレンジに染まっていた。

 人形は山吹色の着物を着ていて、その襟元が少し乱れている。


「どこかで見た覚えがあるって思ったんだけど、これだったんだよ」

 うらら子先生、そのことに気付いて、図書室からこの本を取ってきたらしい。

 我が是希世これきよ学園高校の創設者の一人だっていうのに、この本、読んだこともなかったし、図書室に置いてあるのも知らなかった。


「ここに、人形を作った人の名前が書いてあるよ」

 本を見ていた朝比奈さんが気付いた。


 写真が載っている表紙の裏に、


 人形 汐留み冬


 って書いてある。


 すぐに千木良がタブレットでググった。


汐留しおどめふゆ、人形作家、1950年生まれ、2008年死去だって」

「そっか。作者は、もう、亡くなってらっしゃるんだね」

 そう言われて人形を見ると、どこか寂しげな表情をしているように見える。


 千木良が画像検索すると、その人の作品が次々に出てきた。

 少年の人形と、少女の人形、そして、どちらか分からない中性的な人形。

 どの人形も、僕達が見付けたこの人形みたいに、綺麗で、妖しい色気を持っていた。

 写真を見ているだけでも、その世界に引き込まれる。


「でも、この人形の写真はないみたいね」

 確かに、ネットで調べるとこの作者の人形はたくさん出てるんだけど、この人形らしいのはなかった。

 みんなで探してみても、この人形は見付けられない。


「本の表紙にするくらいの人形なのに、おかしいわね」

 千木良が首をひねった。


 調べていくと、この「汐留み冬」っていう人の娘さんも人形作家で、現役で活動している。

 娘さんの人形も、作風がお母さんのものに似ていた。


「よし、分かった。先生が、どうにか連絡を取ってみましょう。柿崎重はこの学校の創設者の一人なんだし、そのつてをたぐれば、連絡がつかもしれない。娘さんなら、この人形のことも分かるでしょう。この正体が分からないと、もやもやするもんね」

 先生の言う通りだった。

 この人形のことが気になって他のことが手に付かない(そうだ、雨漏りのこととか、もう忘れてた)。


 それに、アンドロイドの「彼女」を作っている僕達の部室に、綺麗な等身大の人形があったのも、なんだか運命を感じた。

 僕達は、ここに集まるべくして集まったんじゃないかとか、考える。


 人形は、傷めるといけないから、座布団で作ったベッドに寝かせて、元の布にくるんでおいた。




 翌日、授業が終わって部室で待っていると、うらら子先生が部室に駆け付けて来る。

 息を切らせているから、文字通り、走ってきたみたいだ。


「人形作家の、『汐留み冬』さんの娘さんが、話を聞いてくださるそうよ。ぜひ、その人形を見たいって言ってる」

 先生、さっそく手配してくれたらしい。


「もちろん、あなた達も来るでしょ?」

 先生に訊かれて、僕達は、

「はい!」

 って、全員でそろった返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る