第38話 大きな繭
「包みの中に、女の死体が入ってます!」
柏原さんが、天井を指して震えている。
「死体って、柏原さん!」
柏原さんの両腕を取っているうらら子先生が、柏原さんの目を正面から見ようとするのだけれど、その視線は、先生を通り越して、天井に注がれていた。
「柏原さん、しっかりしなさい!」
先生が柏原さんの腕を揺さぶる。
「ああ、先生」
そこでようやく、柏原さんが正気に戻った。
「油紙の
いつも冷静な柏原さんが慌てて屋根から駆け下りてきたんだから、相当、驚いたに違いない。
「マネキンかなんかの、見間違いじゃないの?」
先生が訊いた。
なぜ、マネキンが屋根裏に隠してあったのかは別にして、死体よりそっちの方が説明がつく。
「いえ、確かにマネキンとは違う、生々しい感じの女性でした。その人が、目を見開いたまま、包みの中に入ってたんです。ライトの明かりだけで暗かったけど、間違いありません」
柏原さんが力説した。
柏原さんの性格からして、悪ふざけしたり、嘘を言ったりってことはないと思う。
それは先生も分かってるから、「うーん」って頭を抱えた。
「警察に、電話しますか?」
朝比奈さんが訊く。
朝比奈さんも不安そうに天井を見ていた。
「いえ、間違いだったら困るし、先生が確認して来るよ」
うらら子先生はそう言って、柏原さんが持っていたマグライトを手にする。
「なにしてるのよ、今度こそ、あんたも行きなさい!」
千木良がそう言って、僕の脇腹の辺りを突っついた。
さすがに、ここは部長として僕も屋根裏に上がるべきだろう。
先生も一緒だし、大丈夫なはずだ…………たぶん。
「ちょっと、待ってなさい」
先生はそう言うと、八畳間のコスプレ衣装が詰まったタンスをひっくり返して、一着の服を引っ張り出した。
僕達が何事かと見ていると、先生は隣の居間で、キャミソールにショートパンツっていう服装から、青色の作業着に着替えてくる。
よく、ドラマとか映画の、警察の鑑識が着る作業服みたいだった。
背中にはしっかりと「警視庁」ってオレンジの文字が入っている。
「なんで、そんな衣装もってるんですか……」
綾駒さんが半分
「うん、前に、某刑事物のコスプレしたときに作ったんだよね」
先生がそう言って、服を
まあ、確かに、動きやすそうだし、天井裏を歩き回るには、ふさわしい服装だけど……
「先生って、何の衣装でも持ってるんですね」
「何でもは持ってないわよ。持っている物だけ」
なんか、こんなやりとり、前にも聞いた気がする。
作業服のうらら子先生に続いて、僕も天井裏に上がった。
真っ暗な屋根裏は、所々、天井板の隙間から光が漏れていた。
天井板には、分厚く
先生が、柏原さんが見ていた縁側の端の方にライトを向けると、そこには確かに茶色い包みがあった。
寝袋に人が入っているような形っていうか、包帯でぐるぐる巻きにされたミイラって感じもする。
死体が入ってるっていう柏原さんの言葉で先入観があったからか、中に人間が入ってるようにしか見えない。
僕とうらら子先生は、ゆっくりとその包みに近づいた。
僕が思わず先生の腕に
僕達は天井板を踏み抜かないように、ゆっくりと歩く。
頭が屋根に着くから、中腰で歩くのが歩きづらい。
移動する間、揺れるライトにチラチラと見えるそれが、不意に動き出さないかって、僕はそんなことばかり考えていた。
包みに手が届く所まで近づいて、先生がライトを当てる。
茶色い油紙で覆われた包みは、ハムを
ロープで虫の
長さは一メートル半くらいあるだろうか。
そして、柏原さんが油紙を剥がしたあたり、破れているところから、長い髪が見えた。
それが、包みからはみ出してとぐろを巻いている。
真っ黒な長い髪だった。
艶やかな綺麗な髪で、安っぽいカツラではない。
本物の、人間の髪みたいだ。
「それじゃあ、油紙をめくってみるわよ」
先生が言って、僕は頷く。
先生が、それを覆っている油紙に手を伸ばして、ゆっくりと剥くように開いた。
「わっ」
僕は思わず声を上げて、先生の腕をきつく掴んでしまう。
そこには、女性の顔があった。
青白い顔に、まつげが長い大きな目。
鼻がすっと通っていてツンと上を向いている。
唇は薄く控え目で、口元が少し開いているように見えた。
整った、今にもしゃべり出しそうな顔だ。
けれどもそれは、瞬きもしないし、身じろぎもしなかった。
大きな目は、ずっと
「人形、ですよね」
僕は確認するように先生に訊いてしまった。
「ええ、少なくとも、死体ではないわ」
先生の口からそれを聞けて、やっと安心する。
「でも、なんでこんなところに?」
それに、いつからあったんだろう?
僕達がここを部室と決めて使い始めた頃には、既にあったんだろうか?
「とりあえず、降ろしてみましょうか」
先生が言う。
「はい」
その前に、下で待っている女子達に、人形だったよって報告すると、下から、
包みのまま、僕が頭の方を持って、先生が足を持つ。
人形の目が、ずっと僕の方を見てる気がして怖かった。
天袋の穴の所まで来ると、下で柏原さんに受け取ってもらって、包みごと、足から人形を床に降ろした。
人形は、八畳間の床に寝かせる。
僕とうらら子先生も天井から下りた。
みんなで人形の包みを囲む。
千木良は怖がって僕の後ろに隠れた。
「包みを全部剥がしてみましょうか」
柏原さんがハサミを持ってきて、包みを結んでいたロープを切る。
人形は、油紙の下に、テントで使うような頑丈な布で何重にも巻かれていた。
僕と柏原さん、先生の三人がかりで、壊さないように、慎重に布を剥がす。
巻かれていた布を全部剥がすと、包みは体積が四分の一くらいになった。
人形は、最後に一枚、
体全体が見えて、それが繊細に作り込まれた人形だって分かった。
ちょうど、朝比奈さんと同じくらいの身長。
体全体がすごく
ちらっと見える鎖骨とか、首筋とか、色っぽくて妖しい感じがする。
その妖しさは、青白くて、血管が浮き出ていそうな肌の質感からもくるんだろう。
柏原さんが、本物の死体って間違えたのも、分かる気がした。
人形というにはあまりにも生々しくて、今にも、動き出しそうなのだ。
「すごい! これ、球体関節人形じゃない!」
僕達の中で一人、綾駒さんだけが、目を輝かせていた。
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