第31話 都市伝説

「こうやって現物が届くと、彼女を作る実感が湧くよな」

 六つの段ボール箱を前に、柏原さんが言った。


 昨日の夜、うらら子先生のマンションから運び込んだ骨格を早く見たくて、放課後急いで部室に来たら、もう、部員はみんな揃っている。

 みんなも気になって仕方ないらしい。


 上がりかまちに置いた一箱に、千木良がカッターの刃を入れて開いた。

 その箱は、頭まわりの部品が入った箱で、チタン製の銀色に輝く頭蓋骨ずがいこつが、黒いベロア地の緩衝かんしょう材の中に埋まっていた。


 様々な顔の形に対応するように、パーツが細かく分割されていて、部品を変えたり、隙間を調整できるようになっている。

 だから、頭蓋骨だけで100個近くのパーツがあった。

 段ボール箱の中に、部品を入れたトレーが何段にもなって入っている。


 大きなプラモデルみたいな感じだ。


「腕が鳴るな」

 柏原さん、目をキラキラさせて嬉しそうだった。

 柏原さんって絶対、子供の頃、遊び終わったオモチャを全部分解してたタイプだと思う。


「よし、さっそく仮組みしてみよう」

 制服のそでをまくる柏原さん。


「そうね。骨の形で顔の造形も変わるし、私もそれを把握はあくしておきたいな」

 外観担当の綾駒さんも、ブレザーを脱いだ。



「はい、そこまで!」

 俄然がぜん、やる気になっている僕達に、玄関から現れたうらら子先生がストップをかけた。


 スーツ姿の先生、足を肩幅に開いて腕を組んで、仁王立ちしている。


「あなた達は学生でしょ? 学生の本分はなんだったっけ?」

 先生が僕達に訊いた。


 学生の本分?

 僕は空で考える。


「汗とオイルです」

 柏原さんが答えた。

「世界征服とキャベツ太郎かな」

 千木良が答える。

「カワイイと女の子」

 綾駒さんが答えた。


「恋とスイーツです」

 ちょっと考えてから、朝比奈さんも答えた。


 我が部の女子達、考え方が進歩的すぎる。


「不正解。はい、西脇君」

 先生が僕を指さす。


「たぶん、勉強です」

 先生ににらまれてるから、ボケる雰囲気じゃなかった。


「はい、西脇君、正解」

 先生が大げさに拍手をする。


「勉強ってことで、この時期、我々には大切な学校行事があるよね? はい、西脇君」

「中間テストです」

「はい、西脇君、大正解。だから当然、骨格の組み立ては、中間テスト終わるまで、お預けです」


「ええーーー!」

 って、女子達が一斉にブーイングする。

 ブーイングを受けても、先生は眉一つ動かさなかった。


「私が顧問を務める部活なんだもの。文武両道でいくわ。落ちこぼれなんて、一人も出しません」

 「文」は分かるけど、彼女の組み立てって果たして「武」なのか?


「中間テストなんて、勉強しなくても満点取れて当たり前でしょ?」

 千木良が、全国の高校生を敵に回すような発言をする。


「高校の勉強なんて、詰まるところ、教科書丸ごと全部暗記すればいいだけじゃない。そんなの、一度目を通せば暗記できるでしょ」

 千木良が続けるから、先生からの命令はなかったけど、僕はとりあえず、脇腹をくすぐっておいた。

 千木良が、嘘です嘘ですって、体をよじる。



「と、いうことでね。テストが終わるまで、みんなでこの部室で自習しなさい。部員同士、分からないところを教え合って勉強すること。同じ部活の仲間なんだから助け合うの。いいわね」


「はあい」

 みんなが気のない返事をした。


「千木良さん、あなたはどうせ満点採っちゃうんでしょうから、今度の中間テスト、あなたの評価は、西脇君の成績次第で決めます」

 突然、先生がそんなことを言い出す。

「はあ? なによそれ!」

 先生に生意気な口をきいたから、千木良の脇腹をくすぐった。

 千木良が「なんですか、それ?」って言い換える。


「西脇君の成績が上がれば、その分、あなたの成績も上げます。下がったら、あなたの成績も下げます。だから、あなたは西脇君の成績が上がるように一生懸命教えなさい。それがあなたの勉強です」

 無茶なこと言うけど、うらら子先生は千木良の担任だ。


「それじゃあ、先生は職員会議だから」

 言うだけ言って、先生は行ってしまった。


 千木良が、先生の背中に向けてあっかんべーをする。




「仕方ない、それじゃあ、始めるか」

 柏原さんがあきらめて、骨格が入っていた段ボール箱を部屋の隅に片付けた。


「そうだね。確かに勉強しないとマズいかもね」

 綾駒さんも言う。

 このところ、ミナモトアイの動画作ったり生放送したり、先生の部屋に行ったりしてて、確かに勉強してない。




 居間のちゃぶ台に、4人でノートと教科書を開いた。

 僕の右隣に綾駒さん、左隣に朝比奈さんで、対面に柏原さんが座る。

 テスト範囲を確認しながら、4人で勉強を始めた。


「ほら、そこ違うでしょ」

 千木良は定位置である僕の膝の上で、家庭教師になる。

 本来なら、抱っこしてる方と、されてる方、立場が逆なんだろうけど。


「もう! ここは、この公式使うに決まってるじゃない」

 千木良は口こそ悪いけど、教え方が上手くて、勉強がはかどった。

 教え方が上手いのは、千木良がその知識を完全に理解しているからなんだろう。

 やっぱり、飛び級してきたのは伊達じゃなかった。



 それにしても、こうやって5人で勉強するって、なんだか新鮮だ。

 女子と一緒にテスト勉強するとか、僕の今までの高校生活では考えられなかった。

 女子とテスト勉強とか、都市伝説レベルだと思ってた。


 これも、僕が彼女を作ろうって行動に出たことが招いた結果なんだろう。

 やっぱり、彼女を作ろうって思ったのは、正しかった。


「ちょっと、あんた、何ニヤニヤしてるのよ」

 膝に抱いた千木良が、僕を見上げて言う。

 感情が顔に出てしまったらしい。


「あれ、西脇君、もしかして女子と勉強するのが初めてだとか?」

 綾駒さんが訊いた。


「うん」

 勘の鋭いみんなに見栄を張ってもバレそうだし、正直に答えてしまう。


「そっか、私達、西脇君の初めてになったんだ」

 綾駒さん、なまめかしい言い方はやめてください、死んでしまいます。


「それじゃあ、もう少し勉強したら、おやつにするからね」

 朝比奈さんが微笑む。

 相変わらず、朝比奈さんからは桃みたいな美味しそうな香りがした。



 勉強が楽しいって思える日が来るとか、正直思わなかった。

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