第21話 オムライスの陰謀
僕がぎこちなく微笑むと、朝比奈さんも微笑み返してくれた。
柔らかそうな朝比奈さんの唇の間から、真っ白な歯が見える。
連休明け、初めて笑顔を交わしたのが朝比奈さんだなんて、僕は、未だ幸運の女神の
あの下駄箱での告白以来、僕は周りの目が気になって、校内では朝比奈さんと言葉を交わしていない。
あれ以来、僕は朝比奈さんに告白した
そもそも、あれは告白じゃなくて、僕が作る「彼女」のモデルになってほしいって頼んだだけだ。
それなのに、まるでサイコパスのような言われかたをしている。
そんな奴らに、「部活動では毎日一緒だし、ゴールデンウイークにバーベキューしたんだぞ!」って言ってやりたかったけど、我慢した。
そんなこと言って、朝比奈さん目当ての不純な動機の部員が増えたら大変だ。
我が「卒業までに彼女作る部」は、「彼女」を作りたいっていう純粋な気持ちの部員が集まった部活なのだ。
教室に入ると、雅史がもう先に来ていて、壁に寄りかかってスマホを見ていた。
「なに見てんの」
僕は雅史のスマホを覗き込む。
「はい、みなさんこんにちは、愛の源、『ミナモトアイ』でーす。第二回目の今回は、私の、この身体能力を見てもらいたくて、ダンスを踊ることにしました。この衣装を見れば、もう、何を踊るかはもう分かりますよね。そうです、あの曲です。それでは頑張って踊るので見てください。『ハレ○レユカイ』です!」
雅史が見ていたのは、ゴールデンウイーク前に僕達が撮って公開した、『ミナモトアイ」のダンス動画だった。
曲が流れて、画面の中で「ミナモトアイ」を演じている朝比奈さんが踊り出す。
前半の速い振りにもキレッキレのダンスで応える朝比奈さん。
「笑いながら」のところは、満面の笑みを見せてくれた。
「カワエエ……」
思わず
「ということで、ダンスしてみましたけど、どうだったでしょうか? よかったら、高評価、そしてチャンネル登録お願いします。それでは『ミナモトアイ』でした。ばいばーい」
「ミナモトアイ」がカメラに向けて両手を振るところで動画は終わった。
「アンドロイド・ストリーマーに、すごい新人来たな。さっき見付けて、リピートしてる」
雅史が鼻をピクピクさせて言う。
「ホント、すごいね」
僕はすっとぼけた。
「ちょっとまだ表情と動きが硬いけど、カワイイし、もう、ほとんど人間と変わんないよな」
確かに人間と変わらない。
朝比奈さんなんだから。
「誰かに似てるんだよな。う~ん、誰かなぁ」
首を傾げる雅史。
「さあ、誰かな」
「ミナモトアイ」が朝比奈さんだって、雅史には分からないみたいだ。
髪型や髪の色を変えたり、先生が別人のようにメイクをしてくれた効果は確実にあった。
朝比奈さんを神のように
「チャンネル登録しとくか」
雅史が画面の登録ボタンを押した。
二本目のダンス動画をアップしたあと、500人だったチャンネル登録者が増えて900人を越えた。
このまま行けば、三本目の動画で、確実に1000人に届くと思う。
そういうわけでゴールデンウイーク明けの部活は、「ミナモトアイ」が三本目の動画で何をするかの議論から始まった。
僕達は、いつものように居間のちゃぶ台の周りに集まっている。
朝比奈さんが作ってくれた今日のスイーツは、先日の草刈りの時に庭で見付けたヨモギを入れて作った、草団子だ。
「『ミナモトアイ』の体力測定しましょうよ!」
最初に意見を出したのは綾駒さんだった。
「体力測定と言えば、
綾駒さん、鼻息が荒い。
「まず、なぜ体力測定なのかと、なぜ、体力測定と言えば反復横跳びなのかを説明せよ」
うらら子先生が、先生みたいに質問した。
「体力測定なのは、『ミナモトアイ』の運動能力を示せるからです。そして、体力測定が反復横跳びなのは、ただただ朝比奈さんの反復横跳びが見たいからです!」
綾駒さんが趣味丸出しで力強く言った。
可愛い女の子大好きな綾駒さん。
「朝比奈さんに、ちょっと胸元が開いた衣装で反復横跳びされた日には……」
綾駒さんは自分で言っておきながら、興奮して気を失いそうだった。
「もう! エッチなのは駄目だよ。ね、部長」
朝比奈さんが僕の目を見る。
「そ、そうだよ。エッチなのはいけないと思います」
僕は、世界一心にもないことを言った。
今晩寝る前は、血の涙を流すと思う。
「よし、それなら、『ミナモトアイ』が自動車のエンジンを分解する動画にしよう。ちょうどいいトヨタの4A-Gエンジンがあるんだ。エンジンの分解動画って、いつまででも見ていられるだろ」
柏原さんが言った。
まず、エンジンを分解する動画をいつまででも見ていられる層は、「ミナモトアイ」の動画なんて見ないし、なんで、ちょうどいいトヨタの4A-Gのエンジンがあるのか疑問だ。
「それじゃあ、『ミナモトアイ』が美しいコードを書く動画にしましょう。美しいコードって、眺めてるだけでもうっとりするものね」
千木良が言った。
「却下」
うらら子先生が一刀両断する。
それに対して千木良が汚い言葉で文句を言って、僕に脇腹をくすぐられるまでがセットだ。
「ミナモトアイ」がコードを書く動画って、見てくれた人を眠らせる動画としては、優秀かもしれないけど。
「西脇君は? 何かアイディアはないの?」
先生が僕に訊いた。
「料理動画はどうでしょう?」
僕は、考えていたことを恐る恐る言う。
「ゲーム実況とか、歌ってるところを動画にしてるアンドロイド・ストリーマーはたくさんいるけど、料理動画を上げてるストリーマーはまだいないから、目立つかと思って。料理って、人間らしい行為だし、ご飯を食べないアンドロイドが料理の動画を上げるって、面白いでしょ? 最近のアンドロイドの中には、ご飯を食べられる機種もあるみたいだけど」
「そんな機種あるの?」
綾駒さんが訊いた。
「うん、この前ネットで見たけど、口に食べ物を入れて、飲み込んでお腹の中のパックに溜めておくことは出来るみたい。パートナーとして、人間と食事するふりが出来るように、そんな機能がある機種もあるんだって。まだ、食べたものから栄養を取るまでは出来ないけど、ゆくゆくはそこからエネルギーを得られるようにするらしい」
僕は、OPP AIを調べていて知ったことを話した。
「へえ、そんな機種があるなら、この中にアンドロイドが一体入り込んでいても、分からないってことね」
千木良が、そんなことを言いながら、草団子を口に放り込んだ。
「バレたか」
朝比奈さんが言って、みんなが笑う。
結局、僕の意見が採用されて、三本目の動画は料理動画にすることになった。
「作る料理は何がいいかな?」
僕がみんなに訊くと、
「オムライスに決まってるじゃない!」
うらら子先生が即答する。
決まっているらしい。
「オムライスにすれば、朝比奈さんにメイド服着せて、最後にケチャップで字を書くヤツ、出来るでしょ」
そう言ってウインクするうらら子先生。
いかにもうらら子先生らしい理由だから、みんなで笑ってしまう。
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