第20話 ゴールデンウイーク
悲鳴が聞こえる方向を振り返ると、雑木林から、何か小さなモノが飛び出してきた。
「きゃーーーーーーーーーーーー!」
それは悲鳴を上げながら、僕達が草を刈ったばかりの庭を走り回る。
「毛虫が! 毛虫が服に! 取って取って取って!」
騒ぎ立てるそれは、よく見るとミントグリーンのワンピースを着た千木良だった。
ツインテールをなびかせて走り回る千木良の左肩に、注意しないと見えないくらいの黒い毛虫が乗っている。
林の桜の木についていた毛虫が、
「ほら、はやく取りなさい!」
散々騒いだ千木良が、僕の
僕は千木良を受け止める。
向かい合って両腕を
「はやく、取ってってば!」
涙目の千木良が言った。
2㎝くらいの小さな毛虫は、千木良の肩から顔の方にジリジリと進んでいる。
「でもそれって、人にものを頼む態度じゃないよね」
小さな虫に大騒ぎする千木良が可愛くて、ちょっとだけ意地悪したくなった。
「いいから、はやく取りなさい!」
「取ってください。お願いします、だよね」
僕が言うと、千木良は「いやよ!」って、僕のこと親の
毛虫はその間もどんどん顔に近付いていった。
「よし、それなら、『大好きな
「何よそれ! 変なこと言わせないでよ! 語尾になんか付いてるし!」
「ほら、急がないと顔についちゃうぞ」
空気を読んで
「だ、大好きな馨お兄ちゃん、取ってください、お、お願いする、にゃ、にゃん」
ちゃんと千木良が言えたから、約束通り毛虫を取って、林の方へ投げた。
千木良は大きく息を吐いて、肩から力を抜く。
もうバカバカって、僕の肩をポカポカ叩いた。
あっかんべーして僕から離れると、柏原さんの後ろに隠れる。
「千木良、ゴールデンウイークなのに、どうしたんだ?」
柏原さんが膝を折って千木良に視線を合わせて訊いた。
「うん、パパに急に仕事が入っちゃったの。バカンスはキャンセルになったわ」
「そうなのか」
「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ暇になったから、こっちのパソコンでコードでも書こうと思って、来てみたんだけど……」
千木良が言うのを、柏原さんと綾駒さんがニヤニヤしながら見る。
「なによ! ここは誰もこなくて静かだし、丁度良いって思って来ただけじゃない!」
「ふうん、千木良ちゃんって優しいんだね。一人で草刈りしてる馨お兄ちゃんの様子を見に来てくれたんでしょ?」
綾駒さんが訊いた。
「べべべ、別に、私はあいつが一人で可愛そうだとか、思ったわけじゃないんだからね!」
千木良が言うと、「ツンデレ可愛い!」って、綾駒さんが千木良を抱きしめた。
「それと、ここに来たのは私だけじゃないわよ」
千木良が綾駒さんの向こうに視線を送る。
その視線を
「さっき、ここに来る途中で一緒になったの」
その、朝比奈さんが手を振る。
「朝比奈さん! どうしたの?」
僕は思わず駆け寄って訊いた。
「家族旅行の予定だったんだけど、弟が急に熱出しちゃってね。旅行、中止になっちゃったの」
ピンクチェックのシャツに、白いデニムを穿いているのは、間違いなく朝比奈さんだ。
「そっか、残念だったね」
「ううん。ゆっくり出来るから、逆に良かったかなって」
「ふうん、弟さん病気なんだ。都合良く、こんな時にね」
綾駒さんも近付いて来て、朝比奈さんの目を覗き込む。
「う、うん。そうなの。まったく、運が悪いよね」
朝比奈さんが答えた。
ゴールデンウイークだっていうのに、ホントに運が悪い。
「だから、一人で草刈りしてる西脇君を手伝おうと思って来たんだけど、みんなも来てたんだね」
朝比奈さんが、集まった部員を順番に見た。
「みんな、同じ感じだな」
柏原さんが言って、みんなが笑う。
ハプニングで暇になったとはいえ、ゴールデンウイークにこうして部活に来てくれるなんて、みんな、すごく部活に熱心で、部長として素直に嬉しい。
千木良と朝比奈さんが加わって、午後は五人で草刈りを続けた。
柏原さんが草刈り機で大まかに刈ったところを、後の四人で丁寧に仕上げて、敷地の隅に草を運んだ。
虫が苦手な千木良は、草むらからバッタが出てきたり、土の中からミミズが出てくるたびに、大騒ぎした。
「もう、この林ごと焼き払いなさい!」
どこかの暴君みたいなセリフを言う。
一方で、虫とかに弱そうな感じに見えた朝比奈さんは、そういうの全然平気で、土の上を這っていたトカゲを捕まえて「カワイイ」って言ったり、
人手が増えたおかげで、午後四時前にはすっかり綺麗になる。
部室の前に、広くて日当たりが良い庭が現れた。
草の中に隠れてて分からなかったけど、庭の隅には
ここは、僕達が作る「彼女」のテストをする運動場にも使えるし、他にも色々と使い道がありそうだ。
さっそく、僕達は整備した庭にレジャーシートを敷いてお茶をした。
今日のお茶菓子は、朝比奈さんが持ってきてくれた
タルトには
急に旅行が中止になったのに、こんなに
「ねえ、うらら子先生に、こんな庭が出来ましたって、写真送らない?」
綾駒さんがスマホを取り出す。
「うん、それいいね」
みんなで綾駒さんの周りに集まって、綺麗になった庭をバックに五人で写真を撮った。
綾駒さんが先生に写真を送信すると、なぜかすぐ近くの林の中から、ピンポンって、通知音がする。
「あなた達、楽しそうじゃない」
林を分けて音の方から出てきたのは、僕達「卒業までに彼女作る部」の顧問だ。
「うらら子先生!」
僕達五人で声を揃えて立ち上がる。
「来てくれたんですか?」
みんなで先生を囲んだ。
「うん、イベントの方、早めに切り上げてね」
先生がウインクする。
先生は洗いざらしの白いシャツにデニムっていう、さっぱりとした服装でカッコイイ。
いつもはきっりちとまとめている髪を、今は後ろで緩くまとめている。
「西脇君と私だけだと食べきれないくらいたくさん持ってきたから、六人でも大丈夫だよね」
先生は、両手に5、6個の、パンパンに膨らんだレジ袋を抱えていた。
重そうだから、僕と柏原さんが袋を預かる。
「なんですか? これ」
「肉に野菜、焼きそば、ジュースにビール、炭とか網とか、その他もろもろね」
「これって……」
「ゴールデンウイークって言えば、バーベキューでしょ? 一人寂しく草刈りしてる西脇君に、連休の良い思い出を作ってあげようって用意してきたの。その寂しい少年が、まさか美少女四人をはべらせて、デレデレとお茶してるとは思わなかったけど」
先生がジト目で僕を見る。
そんな、はべらせるとかじゃないし。
「さあ、支度して」
うらら子先生が、先生みたいに手を叩いて追い立てた。
「僕、火を起こします」
柏原さんが見付けたばかりの煉瓦のバーベキューコンロに向かう。
「私、材料切ります」
朝比奈さんは台所に向かった。
「それじゃあ私は、お皿とか出すね」
綾駒さんも食器を取りにいく。
「私は、食べる専門になるわ。みんな、よろしくね」
やっぱり、千木良は学ばない。
僕は、みんなを手伝う前に、まず、千木良の脇腹をくすぐった。
「だけど先生、ビールとか飲んで平気なんですか? 学校まで車でしょ?」
千木良をくすぐりながら僕が訊く。
先生が持ってきたレジ袋の一つには、ビールとか缶酎ハイとかが入っている。
「大丈夫大丈夫、ここにはお風呂も布団も台所もあるんだし、泊まってけばいいじゃない。ゴールデンウイークなんだし。明日のことなんて考えなくてもいいし」
泊まる、だと。
うらら子先生は、どこまでも夢がある答えをくれる先生だ。
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