第29話 ゴブリンがオークに勝つ方法



「ジェリッ――」

「黙って」


 大きな声でジェリーの名前を呼ぼうとしたトーズの口を手でふさぐ。

 声を出させないようにした僕を、トーズは出会った頃の殺したい相手を見るような目で見た。いや、あの時よりも目つきは鋭く、殺気を含んでいる。けれど今はそんなことはどうでもいい。

 僕はトーズの口を塞いだまま、いつもと同じ声の音量で言う。


「声をあげれば相手に警戒される。

 連れ去られてからかなり時間が経っている。街道からここまでは少し距離がある。街道からたまたま森に入って、たまたま川でジェリーを見つけたから連れ去ったわけじゃないだろう。


トーズ、もう一度聞くよ。この近くには何がある?」


 オークの解体にかかった時間は20分ほど、水辺へはゆっくり歩いても1分程度。水音で聞こえにくくても叫べば声が聞こえる距離で、声もあげさせず連れていくのは、相当難しいだろう。


「廃屋敷があるって聞いたことがある! 行くぞ!」


 駆け出してゆこうとするトーズの手を掴んでまた引き留める。

 もう時間が経っている。全速力で追いかけたとしても、相手は廃屋敷とやらに入ってしまっているだろう。

 トーズはギリギリと歯を食いしばり犬歯を見せて僕を威嚇する。


「多分だけど、相手は一人じゃない、きっとある程度組織だった――」

「んなこたァわかってんだよ、あと言いたい事はなんだ? 飯食ってから助けに行こうか? それとも危ないからギルドに依頼しに行こうってか」


 トーズは身体ごと持ちあげられそうなほどの力で僕のえりを掴みあげた。息をするのが苦しい、トーズが焦っているのも分かっている。


「僕だってジェリーを助けたいんだ、だからこそ冷静にっ……」


「手口で分かるんだ、ジェリーを連れ去ったのは盗賊だ。

 レオ、お前はお坊ちゃんだから何にも知らねぇだろ! 盗賊ってやつらがどんな奴なのか、どんな事をするのか……

 ジェリーは見た目がいいんだ、口にすることもできない酷い事を、どれだけされるのかっ!! お前は知らないから冷静に居られるだけなんだよ!!!」


 涙声の混ざった言葉はずっしりと重みをもつ。

 トーズの言う通りジェリーを連れ去ったのは盗賊だろう。人売りの類だろう。

 僕はそういう事をしている人達を見たこともなければ会ったこともない。トーズが今震えながら言っているのは、恐ろしさを知っているからだ。

 けれど、だからこそ、こういうときこそ冷静に動くべきなんだ、ジェリーの命がかかっているならなおさら。


-水よ舞い上がれ、風よ回れ、服の汚れも刀の血もすべて洗い流せ-


 心の中で唱えれば、川の水が光りながら舞い上がり、オークの血でまみれた身体や刃物を洗い流し、そよいでいた風が小さな竜巻のように突風を吹かせながら、ぐるぐる回り一瞬で水を乾かしてくれる。

 襟元を握っていたトーズは水を頭からかぶり、そして乾いたと同時に僕の首元から手を離した。


「血まみれの刃物じゃジェリーを助けれないだろ? そう言いたかったんだ」 

「……すまねぇ、オレ頭に血が上って、まだ屋敷の場所だってあんまりわかんねぇのに」

「それは心配ないさ、ジェリーは頭がいい、僕らに道しるべを残してくれているよ」


 散らばったキイチゴの近くに、小さな焦げ跡があり、その焦げ跡はぽつんぽつんと、斑点を作り、森へと続いていた。ジェリーが覚えたての火魔法で僕らに道を教えてくれているのだ。

 絶対に僕らが助けに来ると、そう思ってくれているのだ。


「助けに行こう。きっと待ってる」

「あぁ」


 森の中を走り抜ける。

 木の枝がムチのようにしなって身体のあちこちに当たるが、今はそんなことを気にしている余裕はない。足の速いトーズと同じスピードでついてゆくのはキツい、それでもジェリーが待ってるのだ全力で走り抜けた。

 廃屋敷へと近づくにつれて周りには魔避草が増えてゆく、魔獣を寄せ付けないために、拠点をより良い場所にするために誰かが植えたものだ。



 廃屋敷は僕らがオークを狩った場所からそう離れてない場所にあった。


 ツタの絡まった壁はところどころ崩壊が始まってはいるが、元の重厚感のある建築様式が垣間見える。大商人の屋敷か、貴族の別荘かなにかだったのだろう。 


 地面には美しい屋敷とはかけ離れた、残飯と齧られたような動物の骨が、乱雑に投げ捨てられていた。

 動物の骨はまだ新しいわりに数が多い、数人程度だと思っていた盗賊は軽く十は居そうだった。


「トーズ、多分十数人くらいは居るよ。正面突破はまずい」

「それくれぇならわかるぜ、裏から入るつってもこんなボロ屋敷じゃ、どこが裏で表かわかんねぇしな」

「いや表はたぶんあそこだよ」


 僕はそう言ってボロ屋敷の隣にある小屋を指さした。

 天井は剥がれていてかろうじて建っている建物だが、そこからはかいだことのある臭いが漂っている。動物の臭いだ、そして周りにはその動物がしたらしき糞が落ちている。


「馬がいるから、あそこから出入りしてる」

「だとしたら余計にやべぇな」


 馬を飼っている盗賊というのは、どうやら危険度が高いらしい。

 通常一般市民が乗れないであろう馬を乗るせいか、それとも機動力があるせいか分からないが、トーズが青い顔をしているのだから相当危険なのだろう。


 ジェリーが目と鼻の先に居ると分かれば、すぐにも走って建物の中に入って行きそうだったトーズは、自分の動き出そうとした脚に爪を立てぐっとこらえていた。


 僕にとって一番大切な人が聖女様なら、トーズにとっての一番大切な人は、きっとジェリーなのだ。

 僕だってあの人がまだ生きていて、今日みたいに誘拐されたとしたら、居てもたってもいられないだろう。冷静になれなんて言われても、きっと出来はしない。


 けれどトーズはぐっとこらえていた。


 あの直情的なトーズが、歯を食いしばって堪えていた。


「絶対にジェリーを無事に取り戻そう。僕らがゴブリンで盗賊たちはオークだ。ゴブリンがオークに勝つ方法を試そう」


「どうやってゴブリンがオークに勝つんだ?一対一じゃねぇし、オークのが多いぜ? 俺は夜まで待つのは反対だかんな、それなら一人でやる」


「時間がないんだろ、分かってる。すぐに始めよう。

 トーズ、ゴブリンがオークに勝つ方法はね……ゴブリンに有利な状況で、戦闘態勢じゃないオークを討つことにあると思うんだ」


 そう言うと僕は、廃屋敷の壁の前で、手のひらだけを空へと向けて、魔力を手のひらの上からあふれさせた。

 淡く青白く光る魔力が、どんどん手のひらから零れ落ちてゆく。



 外で試すのは、初めてだった――


 手からあふれ出した魔力は水のような形状でもって、地面にしたたり落ちる寸前で、霧の様になって目に見えない魔力として空気中を漂う。

 魔力独特の青白い光は、霧になった瞬間、目では把握できないものへと変わる。


「……なに、やって」


 目を見開いて驚いているトーズの横で、僕は額に脂汗がにじむのを感じながら、自身の魔力を霧状に分散させるのに集中する。



 これは元々、教会内でだけ使われている魔法で、"かみ"と呼ばれているものだ。


 密閉された木箱に入っているモノを、神に愛された者のみが神の眼を借り、箱の中を見ることができる奇跡の所業。

 なんて言い伝えられているが、実際はただの魔法だ。

 使えるのはごく少数、取得は難しく、だからこそ"神の眼"と呼ばれるに値するのかもしれない。


 その実、仕組みは単純だ。いや単純だからこそ難しい。

 霧より細かく砕き分散させた魔力を、隙間から箱内部に満たして、霧の形状から中に何があるのかを感じ取る、というものだ。


 自身の魔力を、魔力発光が見えないほどにまで細かく分散する制御力、分散された霧の動きを把握する力、闇夜に床に落とした小麦粉の粉の粒子一つ一つの位置を少しもズレることなく、認識できるほどの正確さが求められるのだ。


 出来る様になるまで時間がかかった。

 すごく大変で辛かったけど、夜にずっと練習していて本当に良かったと思う。


「この先の部屋に2人、座っている人がいる。体格からして男性、獲物だよトーズ」


 蓋の閉められた箱はこの屋敷の各部屋、屋敷全体を一度に"神の眼"にかけることは無理でも、一部屋ずつなら僕の霧の魔力を部屋に満たして、そこに何があるかを把握できるのだ。





 廃屋敷を拠点にしている盗賊たちは、じきに後悔することになる。自分たちがさらってきた赤毛の女の子に連れられて、二匹の悪魔もやってきたのだから――

 



-------

お読み頂きありがとうございます^^

フォロワーさんが増えてとても嬉しいです^///^

❤をおくれ。作者が喜びます🐵


次回:不運の新入り盗賊のお話

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る