2-038 頭の回転数が高いと勘違いの加速度も高いようで
プロセルピナがやる気満々に、堂々と進むものだから、人垣が割れてホール中央まで道が出来てしまった。
周りからとても注目されている。
いや、第一王子の時も、たぶん注目されていたんだろうし、僕が第一王子と踊ったのも原因の一つだろう。
タイミングが良かったからか、楽団の人たちが気を利かせたのか、ちょうど音楽も終わってスペースも用意された。
ここで踊るのは緊張するな……さっきよりはマシだけど。
ところで──
「こういう場合はどっちがリードするのでしょうか?」
一応、男性役女性役でパートわけされてるのだから、決めておかないと上手く踊れないような。
と言っても、リード側を指名されたら、ぼくは上手く踊れる気がしないけど……
「わたくしほどの知識人なれば、男性パートも踊れるのですわ。わたくしがリード役を務めさせて頂きますわ。そうです、あなたはわたしの腕の中で踊らされているのがお似合いです」
プロセルピナが、くすくすと小馬鹿にしたように笑う。
跡継ぎ争いで、充分踊らされていることが分かったから、ついでに踊らされておけば良いか。
リードされることに不満はないし。
「では、お願い致します」
そう答えて手を差し出せば、なんだか苦笑いのような微妙な表情を返された。
「調子が狂いますわね……」
僕の手を取りながら不満を溢す。
どんなリアクションを期待しているんだか……
場の空気を読んで、楽団が音楽を奏で始める。
またまた気を利かせてくれたのか、第一王子のときと同じ曲が流れ始めた。
これは、否応なく、第一王子の時と比べられてしまうね……
その良し悪しで、ギャラリーならどんな評価が下されるのかは知らないけど。
出だしは順調、流れるようにステップが始まり、魔法アシストされている僕は、滞ることなくぴったりとプロセルピナについて行った。
「あら、ダンスはお上手なのですね。これなら、さぞかしベッド上の踊りもお上手なのでしょうね」
また小馬鹿にしたような笑みで、下世話な褒め方をしてくるプロセルピナ。
ああ……やっぱり挑発してるんだ。
僕が挑発に乗らないから、調子を狂わしてるんだね。
この人は頭が良いからこそ、魔法使いをやってるし、第二王子妃もしているのだろう。
その頭の良さを活かして、言葉巧みに相手を誘導して、怒りなどで相手に実力を発揮させない状態にして勝ち上がるタイプなのかな?
ますます悪役令嬢っぽいね。
逆に予想していない返し方をされると、調子を崩してしまいそう。
「第二王子妃であられるプロセルピナ様に、殿下の夜のお相手として認めていただけるとは光栄の限りです」
まあ、僕としては全く嬉しくないわけだけどね。
「で、殿下と!? そ、そんな不埒なことは申しておりません! 下賤の輩同士、よろしくやってるのでしょうという話ですわ!!」
プロセルピナのステップが乱れ始める。
なんなん?
そっちから振った話題なのに照れてるとか……
王子に対してはウブなん?
意外に若いのか?
それとも、貴族の女性はこんな感じなのか?
でも、ダンスの良し悪しでその評価が出来るなら──
「左様で御座いますか。それにしても、プロセルピナ様はリードパートも巧みでいらっしゃいますね。これなら夜のお相手も自由自在で羨ましい限りです」
僕は表情が静かな微笑みとなるように努力しながら、同じブルージョークを返す。
すると、プロセルピナは、一瞬呆けた後、更に顔を赤く染めた。
足元もおろそかになって、ステップが止まってしまっている。
人に言うのは良くて、同じ内容を冷静に返されるとダメなの?
彼女はきっと、感情的に返されたり無視された場合は、その対応をバカにして、優位性を保ってられたんだろうけど。
この心の乱し方からすると、自分で言った論理を、そのまま自分に当てはめて冷静に返されるとか、想像もしていなかったのだろう。
ジョークを言って良いやつは、ジョークとツッコミを返される覚悟のあるヤツだけだ、ってヤツだね。
今作った言葉だけど。
「な、な、な、な、な、なんてことを…………そんなことあるわけ御座いませんわ!!!!」
激高していらっしゃる。
ちょっと可哀相な対応だったかな……?
いやいや、彼女は人をバカにしたんだから、少しはバカにされる気持ちも知っておいた方が良いだろう。
しかし、よりにもよってホール中央で、止まってしまうとか邪魔にしかならないだろう。
リード役が止まってしまったなら、僕が引っ張るしかないか……
ん? 待てよ?
このワルツは第一王子に踊ってもらったから……
彼は大柄だったから、人を振り回してしまうようだけど、曲にあっていなかった訳では無く、むしろテンポは完璧だった。
それなら、僕はこのワルツのリードパートの答えを、もう知ってるわけだ。
ということは、『
「あなたが仰ったことです。ジェラール殿下風に考えれば、夜の技が教養に含まれるなら、それは誇ることでしょう? 少なくとも、ダンスは教養ですから、上手く踊れるように学ぶのでしょう?」
そう言いながら、僕は魔法を追加発動した。
するりと勝手に身体が動き出し、滑らかな動きでプロセルピナのダンスを誘う。
怒っているプロセルピナも、周りの邪魔になるのは避けたいのか、戸惑いながらも僕のリードに合わせてステップを開始した。
ダンスというのは、ステップや移動方向など、相手と気持ち良く踊るためや、周りの邪魔にならないための決まり事があると思う。
王城で踊るような公式なダンスなら尚更だ。
僕は魔法というチートツールで簡単に踊れてしまっているけど、本来はルールやマナーを覚えて、動作を何度も何度も練習をして、身体に叩き込んでようやく踊れるようになるものだろう。
洗練された美しいダンスを、見ず知らずの人たち一緒に踊るのだから。
そんなダンスを、自然に踊れるなら、それは努力の賜物であり、教養が高いと言って良いだろう。
僕が『
「これだけ完璧に踊れるのですから、あなたは教養が高いのでしょう? 歪んだ関連性を紐付けて見ていては、誤った推測や誤った判断に足元を掬われますよ。先ほど足元が止まってしまったように……」
僕はにっこりと微笑んで、プロセルピナを諭す。
僕もかなり演技するようになってきたな……
上手く出来ているかは知るよしもないけど。
第一王子とのダンスは、暴風のような、とにかく力強いダンスだったけれど、プロセルピナとのダンスは春風のような、穏やかだけど強弱のあるテンポ良いダンスだった。
本当にダンスとは人によるものなんだな。
違いを知れば、確かに相性が見られるかもしれない。
「ですが……あなたは下賤の出なのでしょう……? なのに、わたくしと同じように踊れてしまうなんて……まるであなたに教養があるようでは御座いませんか……」
下賤の人は酷い言われようだね。
ここは身分の分かれた世界なのだから、本当に貴族の家で育てられなければ、ダンスを覚える機会なんてないのかもしれない。
少なくとも彼女の中では、それ以外あり得ないようだ。
「それなら、プロセルピナ様の得られている情報が間違っているかも知れませんよ? わたしは、誰にも出自を語ってはおりませんので」
息を飲むようにプロセルピナは驚いた。
うん、全部嘘だし、最終的には喜劇団のコントのように、全員が足元を掬われて
「そういうことも御座いますのね……プラホヴァ
いや、なんで、そうなるの……まあ、良いけど。
ちょうど良く、ワルツは終わりを迎え、プロセルピナはやり切った感のある満足げな笑顔で、フィニッシュを決めた。
ギャラリーから、盛大な拍手が送られてしまった。
「殿方と踊るより安心でき、まさに心躍るダンスでしたわ……ですから、わたくしも良く考えておきますわ」
プロセルピナはダンスで上気したのか、ほんのり赤い顔で意味深なことを告げた。
そうそう、曲解せずにしっかり物事の因果を考えて下さい。
良く読み違いをしているような気がする僕が、言えたことではないかもしれないけど。
そして、僕たちは2人で並んで王子達の元へと戻った。
プロセルピナはすぐに第二王子の横に戻って、ヒソヒソと耳打ちを始めた。
そんな風にしても、僕には聞こえちゃうんだけどね……
「恐らく彼女は、正当なプラホヴァ第三爵の娘ですわ。ダンスにその教養の高さを感じられました。卿は彼女を、屋敷の外から出さずに、匿っていたのかも知れませんわ。卿の子息は悪い噂が絶えませんでしたので、場合によっては子息の代わりに跡を継がせるために育てていた可能性も……」
「なるほど、抜け目ないあの男なら、それは有り得そうな話だ。第二妃に迎えた場合、仲良くやっていけそうか?」
「はいっ! 彼女となら上手くやれそうに思います」
「ほぅ! お前がそれほど高く評価するとは……これは、わたしも興味が出てきたぞ」
あー、もう……間違った解釈をするんじゃないと、釘を刺したつもりだったのに、すぐに信じたいものを信じようとする……
それが人の性だから仕方がないけどね。
ただ、悪い印象は払拭できたから、これで王族同士の仲違いは避けられたはず。
予想以上に気に入られてしまったけど……ということは?
スッと僕の前に、第二王子が手を差し伸べてきた。
「わたしとも踊っていただけますかな?」
まあ、そうなるよね。
第三王子が、頭を抱えたそうにしてるけど……たぶん、このメイク魔法が呪われてるから諦めてくれ。
僕も諦めて、第二王子の手を取るから。
今度は別の曲が演奏されていたけど、第二王子の完璧なリードで、問題なく踊ることが出来た。
ちょっと完璧すぎる──というか、規律的で決められたシークエンスを実行しているだけに感じられるダンスだったけど。
第二王子は、かなり神経質なんだろうね。
何事も知識を優先して、完璧に熟すことを目標としてそうだ。
完璧に熟すってことは、完熟なのか?
つまり、完熟王子なのか?
うん、どうでも良いけど。
ただ、そんな神経質な王子も、『
「こんなに完璧なダンスを踊れるのは、プロセルピナ以来だ! 踊るということが楽しいものだというのを、わたしにも理解させてくれる。本当に……地位が目当てなら、傷物であんな口先で生きてるようなフェルールはやめて、わたしのところに来ないか?」
傷物で口先だけ、とは辛辣だな。
やっぱり第二王子は、プロセルピナと似たもの同士で、知識先行で物事を測りたがる……いや、兄弟として付き合いは長いだろうから、傷を負ってからの彼を充分見てきた上で言っているのだろう。
僕としては、第三王子はブリンダージと一緒で、商売上手という認識なんだけど、見る人によっては違うのかな。
これも、ただの
それだけ、みんな王位を争ってるってことかな。
「王位争いの最中だとは存じませんでしたので……ロビー活動は得意ではありませんので、少し考えさせて下さい」
僕には本当に、次の王が誰とか関係ない。
レムス王国に所属しているので、全く関係ないわけじゃないけど、こんなに腹の探り合いをしてばかりの、ギスギスした王城に務める気はない。
和気あいあいとした楽しげな雰囲気なら、一考しても良いような気はするけど。
いや、これは、決して、王子のうち誰かに嫁ぐという意味ではないよ。
「わたしたちも好きでやっているわけではないが……能力のある者が国を動かすのは定めというもの。そうではないか?」
国を動かす者が無能であっては、国益が損なわれて国が成り立たなくなるので、この言葉には一理あると思う。
それこそ、好き嫌いで決められては、国民はまともな生活も送れなくなるかもしれないし、他国に攻め滅ぼされるかもしれない。
逆に、どこかの国のように、国益を優先しすぎても同様だ。
バランスの良い国政とは何かなんて、簡単に答えが出るものではないけど、だからと言って考えないのは論外だ。
だからこそ、それを考えるために、多かれ少なかれ考えられる能力は必要になる。
ただ、その能力の選定が、正しいかどうかから始まっているところを、忘れないで欲しい。
自分が思う能力のある者が、本当に必要なのか、自分が思う能力のない者が、本当に必要ないのか。
少なくとも、それをしっかり考える真摯さが必要だとは思う。
人を大事にしない国はすぐに滅びるものだからね。
「王子であらせられる皆様は、それぞれ国に必要とされる能力をお持ちと存じます。皆様で力を合わせて国を動かされればよろしいではないですか」
三本の矢のような話だね。
でも、恐らく、餅は餅屋と言うように、それぞれに必要とされる分野が違うだけで、必要な力となるだろう。
近くにある能力を使わずに、新しい力を欲するのは、強欲だと神様に怒られるよ?
にのかみは全く気にしなさそうだけど。
「むぅ……? 父上のようなことを言うのだな……? ぬぬぬ……タイミングと良い、その素養と良い……はっ! プラホヴァ卿がどの派閥にも属さないのはそういうことか!」
第二王子がまた何か勘違いを始めたような……?
変に頭が回るというのは困りものだね。
自分の思う理想の状態へと、勝手に考えを進めてしまう。
プロセルピナとは似たもの同士で、神経質な王子と上手くやっていけてるのは頷けるけど。
第二王子が勘違いしたところで動きを止め、同時に曲も終わった。
「次はわたしが主催するパーティーで踊っていただきたいですな」
いやいや、そんな時間はもうないよ。
正直、後継争いとか構ってられないんだよ?
ただ、第三王子という国王陛下へのパスをもらったと思ったのに、教会関係者だったというのは誤算だった……
それなら、第二王子に乗り換えるか?
でも、何となく、教会関係者だとしても、第三王子の方が信頼できるんだよな……
いっそこの姿のまま全部解決して、帰ってしまえば良いのでは……?
ダメだダメだ、それだと領主様の面目が潰れてしまうから、ボグダンとして治療はして帰らないといけない。
あれ? でも、みんな
いやいや、シエナ村のボグダンでないと、花火の話の信憑性が低くなる。
というか、ここに来て花火や内乱の話を全く聞いてないんだけど、忘れ去られてない?
何が危険なのか、訳が分からなくなってきた……早く帰って情報の整理がしたい。
今日は慣れないことで疲れてしまって、頭が回っていない気がする。
この整理しきれていない状態で、第二王子に乗り換えなんて危険な決断をすると、失敗する気がする。
これまでの決断が成功していたのか、怪しい思いもあるけど……少なくとも、僕たちが危険にさらされるような状況にはなっていないから、良しとしよう。
だから、とりあえず、第二王子の申し出は、答えを濁しておこう。
「お呼ばれいただけるとは光栄です。ですが少し考えさせて下さい。出来ることならば、国王陛下のお考えを伺ってから、お誘い頂けると助かります」
さっきの会話から続いて、跡目争いのことを解決してからにしろ、と言う意味でもあり、国王陛下に会わせろ、と言う意味でもある。
これで簡単に国王と話が出来れば、もう少し状況が収まりそうなんだけどな。
「なるほど、父上に聞くのが良いか。確かにそうだな」
第二王子は一人で納得して、硬いお辞儀をしてプロセルピナと共に引き上げていった。
もちろん、第三王子への挨拶はしていったけど、心ここにあらず形だけの挨拶だった。
何をどう勘違いしたのか、聞けるなら聞いてみたいところだね。
ダンスというのは情報交換の場でもあるようだけど……邪推の場でもあるようだ。
ああ! しまった!
2人にペースに流されて、魔法使いとしての実力を調べるの忘れた……
一度天井を仰いだ視線を、第三王子に落とせば、彼も疲れた顔をしていた。
他の王子達に、望まぬ形で乱入されて、悩ましい状況なことだろう。
心中察するよ。
「個性的なお兄様方ですね。お付き合いが大変そうです」
「それを分かって頂けただけでも、今日の収穫とします」
疲れた笑顔で僕を見る第三王子。
挨拶に来る貴族もいなくなったことだし、そろそろこのパーティーもお開きかな。
それなら、最後にしておくことは決まっているよね。
波に揉まれて疲れた者同士、このパーティーを開催した意義も含めて、慰めあっておくのが後味が良いだろう。
「踊っていただけますか?」
僕が手を差し出すと、王子はキョトンとした顔で僕を見た後、顔を綻ばせた。
王子は恭しく礼をした後、僕の手を引いた。
「喜んで。こちらからもお願い致します」
やっぱり一番、第三王子が好感が持てる気がする。
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