2-011 神様は難題をくれるようで


 その影は真っ白だった。

 髪の色は白いわけではないはずなのに、ただ白いと感じさせる存在だった。


「呼んだ?」


 反応しない僕たちを見かねてか、白い影はもう一度質問してきた。


「あなたが……にのかみ様なのでしょうか……?」


「様なんていらないよ。そう、わたしが『にのかみ』だよ。親しみを込めて『にのかみ』と呼んでくれたら良いよ?」


 そう仰って、神様は僕らに笑いかけてくる。

 なんともフレンドリーな神様だし、見た目はこれまた、スヴェトラーナと同じぐらいの年齢に見える、日本人顔の女の子だ。


 こんな自称神様の女の子が、突然降って湧いたらみんな驚くよね?


 と思って、振り返ってミレルとスヴェトラーナを見ると、ユタキさんの時と同様に、止まっていた。


 やっぱりそうするよね。

 でも、ユタキさんの時みたいに、揺らぎみたいなものを感じなかったんだけど……?


「ユタキちゃんは、派手好きだからね〜」


 あれってそんな理由だったの?


 いや、今はそんなことより、呆けている白鶴に説明しないと。


「と言うわけで、まさか直接本人が会いに来るとは思ってなかったけど、彼女が神様である『にのかみ』らしいです。神様ってのは居るみたいだよ」


 僕の説明で我に返った白鶴は、手を硬く握って震えだした。


「そんな……! 神様が居るのは良いけど、干渉してくるなんて……そんなの……」


 僕を睨んだときより更に強い視線で、白鶴がにのかみを捉えた。


「そんなのおかしいよ!! そんな神様は居ないはずだ!!」


 拳を強く払いながら、にのかみの存在を完全否定する白鶴。

 対して、否定されたにのかみは、頬を上気させてこれ以上にないくらい──嬉しそうにしていた。


「そうよ! もっと否定して!!」


 え? なんなの?

 にのかみってドMなの?


 そんな僕を蚊帳の外に出して、2人の会話と言えない会話は続いた。


「あり得ない!」


「うん!」


「キミはいちゃいけない存在だよ!!」


「そうなんだよ!!」


「存在するなら、それは偽物でまがい物だよ!!」


「やぁん! 完ぺきぃー!! 嬉しいよぅー」


 にのかみが感極まって泣き崩れてしまった。


 あの?

 僕、帰って良いかな?

 こんな変態プレイを見せ付けられるために、僕は白鶴に伝言を伝えたのか……?


「はぁはぁ……でも、一つだけ言わせて……」


 熱の籠もった息を吐きながら、にのかみが白鶴へ慈愛を感じさせる視線を送る。


「キミの話なんて聞く必要が無い!」


 それを否定する白鶴。

 それでも構わず、にのかみは言葉を紡いだ。


「あなたは一つも間違ってないんだよ。だから、いつかわたしと同じになれるよ」


「キミとボクが同じなわけ……ない……あぁ!」


 白鶴は言葉の途中で何か察したのか、一旦言葉を途切れさせた。


 僕にはさっぱり何のことか分からないよ?


「そう言うことなのか! キミは既に……」


 にのかみは涙を流しながら、嬉しそうにコクコクと何度も頷く。

 白鶴の頬にも涙が伝った。


「これで良いんだ……」


 にのかみは白鶴を抱きしめて、優しく頭を撫でる。


「そうだよ。そうなんだよ。だから、わたしと出会った記憶は消すね?」


「うん、そうして。いつか、自分で辿り着くから」


「うん。あなたなら辿り着ける。だから、ずっと待ってる」


 抱き締め合って、お互いに理解を示す2人。

 出会い、解釈違い、相互理解からの親近感を越えた同族意識。

 えっと……これは、地雷と思ったカプの尊さを理解し合った腐女子の図?

 僕の頭は完全に混乱しているよ。


 この短い間に彼女らは何を理解し合えたんだ……


 2人は名残惜しそうにしながらも、距離を取って対峙した。

 そして、にのかみが何処からともなくボールペンみたいな円筒形の物を取り出し、白鶴の目の前にかざした。

 すると、目が開けていられないほどの光が溢れ、視界が白く塗りつぶされてしまった。


 あ、これ、記憶が消されるヤツだ……


 目が焼かれると感じるほどの眩しさなのに、魔法が自動発動することもなく、暫くすると光は収まっていった。


 ……視界に色が戻ってきても、僕の記憶に欠落はなく、白く塗りつぶされる前に見た位置に、にのかみはまだ立っていた。

 変わらず慈愛に満ちた笑顔を、静止した白鶴に向けたまま。

 え? 僕は?


「別にあなたの記憶を消す必要はないからね。今のはただの演出だよ。記憶を消すのに光なんていらないからね」


 ユタキさんのこと言えないぐらい、にのかみも派手好きな気がしてきた……


「記憶消して欲しいの?」


 いいえ、滅相も御座いません。

 とりあえず、今は僕とにのかみだけが、この空間で動けるってこと?


「そういうこと。あなたにはお礼をしないといけないからね」


 そう言ってからにのかみが僕に頭を下げてきた。


「伝言を伝えてくれてありがとう」


 神様から礼を言われるとは……中々無い体験だと思う。

 いや、でも、ちょっと待てよ。

 転生させたのは神様なんだから、神様がそれを選んだ結果なだけなんじゃないのかな?

 それでも、僕が白鶴に会うかどうかは、不確定だったのかな?


「宇宙というのはとてつもなく広くて、存外予想できないもんなんだよ? 未来も過去も見ることが出来たとしても、どこを見たらいいのかなんて見当もつかないぐらい、可能性は多岐にわたるし。神様でも無理なくらいにね」


 宇宙が広いというのは知っている。

 僕の知っている地球では、まだ太陽系内の星間旅行すら実現出来ていなかったから、数字上の話だけだけど。

 そこに実感は伴わない、本当の意味で天文学的な数字だったわけで。

 今、神様でも見られないほど広いという言葉で、少しだけ理解は深まったと思いたい。


 でも、僕たちみたいな転生者を作り出して、そんな広い宇宙から、白鶴という人間を探し出した理由は何なんだろう?

 さっきのやり取りが答えなんだろうけど……さっぱり理解できなかった。

 ついでに言うと、転生者の役目って白鶴を探すことだったの?

 見付かったってことは転生者は用済み?


「質問が多いんだね。全部答えることは出来るんだけど……あなたは白鶴みたいにはなれないだろうけど、転生者に選ばれる程度に素質はあって、わたしの仲間に入る可能性もあるわけだから……直接答えは言わないよ」


 あ、いくらご本人からだって、宗教の勧誘はお断りしたいんですけど? しかも責められて喜ぶ変態的な教義なんでしょ?


「テンプレな対応ありがとうね。わたしに対してもそういうボケをしてくれる人は大歓迎だよ。それは良いとして──あなたには問いをあげる。それが全ての答えに繋がるから」


 にのかみは一旦言葉を切ってから、改めて口を開いた。


「わたしじゃなくって『本当の神様』ってどんな存在なんだと思う? その存在は何をしたいんだと思う? それを考えれば、わたしが何をしたいのかも分かるよ。そしてあなたが何をするべきかも」


 本当の神様って……僕にとっては、こんな常識外れのことを簡単にやってしまうにのかみは、充分本物の神様だと思うんだけど……


「確かに神様の力を使えるけど元人間だし、わたしがこの宇宙を創ったわけじゃないから。本当の神様は、この世界の創造主という意味で考えてね」


 哲学者が必至になって考える、永遠の命題だよね。

 神は存在するのか?

 なぜ世界は存在するのか?

 なぜ自分たちは存在するのか?


 その難題の正解を探せってこと?


「別に正解を探さなくても良いんだよ。その結果、白鶴が何者で、わたしとどう関係するのかが分かるだけで。この惑星だけでも充分に広いから、いろんな人に神様ってどんな存在?って聞いて回っても良いんじゃないかな?」


 気にはなるんですよ?

 目下の問題が片付いたら考えてみたい。


「そうだね。あなたのその目下の問題も、神に関わることだし丁度良いと思うよ」


 え?

 第三王子の治療と花火の件って、神様に関係するの?


「あっと……ヒントを与えすぎてしまったね。この世界のことは白鶴が詳しいと思うから、後は白鶴に聞いてみて。たぶん白鶴とあなたが会うことは、今後無くなると思うから、これが最後のチャンスだよ」


 あ、なんか誤魔化された気がする……まあ良いか。

 白鶴は次の世界線に行かないといけないって言ってたし、それがどこのことを指すのかは分からないけど、会うことが無くなるのは確かだろう。


 あれ?

 僕とにのかみが会う可能性はまだあるの?


「ふふっ、気付いた? 可能性を考えられるだけのことはあるよね。呼ばれたら来るかもね。と言っても、あなた個人やこの惑星をどうこうするつもりが無いから、お喋りしに来るだけだけどね」


 白鶴が言ってたように、神様はお願いを叶えてくれるわけでも、手助けしてくれるわけでもないと。

 でも、話をしにくるってことは、情報は聞けるってことかな?


「あなたが可能性を広げるために必要とするなら」


 にのかみやユタキさん、それに転生の女神様は、一貫して可能性を広げることを目的としている。

 人の可能性を広げることで何が起こるんだろう?

 そもそも可能性って言うのは何のことなんだろう?


「うーん……わたしたちにとっての可能性だから……普通に生活している人たちにとっては、選択肢と言った方が分かり易いかな。行動としてではなくて、思考としてのね」


 つまり、色んなことが考えられるようになるってことだと。

 ああ、それで、またさっきの質問に戻ってくるのか。

 神様とは何なのか?という質問に。

 つまり、神様のことをたくさん考えて欲しいのか。

 それって、信仰が力になるってこと?

 いや、自分のことじゃなくて本当の神様のことを考えて欲しい、ってにのかみは言ったっけ?

 そこにどんなメリットが……??


「さてと、わたしはもう行くね」


 うーん……そんな簡単に答えの出るものじゃないよね。

 でも、一つだけ、どうしても聞いておかないと、魔法が危なくて使えない可能性があったんだった。


「一つだけ、可能性を広げる為に聞かせてください」


「うん? 今まで充分質問してきてるのに、改まってどうしたの?」


「なんで僕の使える魔法は、あんなに度が過ぎるんですか? ちょっとレベルを上げたら、飛躍的に性能が伸びてしまいます。加減が難しくて、簡単に街一つでも壊してしまいそうで怖いんですが……」


 僕の質問を聞いて、にのかみが人差し指で空中に円を描き出した。

 こういうところ、ユタキさんと似た仕草だと思う。


「それは、あなたの常識の問題だよ。もっと常識の枠を広げれば分かるんだよ。と言っても、あなたにとっては未来の歴史のことだから、思い付きにくいかな」


 未来の歴史……?


「魔法システムはね、元々ゲームだったんだけど、それを科学技術で実現したんだ。これはあなたも気付いてたでしょう? 魔法を使って簡単に、かつ自由にエネルギーが取り出せるようになると、更に科学技術は発展していったんだ。その利用先の最たる例は、ゲームみたいなファンタジーな戦争なんかじゃなくて、宇宙開発なんだよ。例えば、簡単にエネルギーが取り出せるんだから、ロケットの大きな推進装置も要らない。エネルギーから物質を作り出す魔法があれば、小さな宇宙船でも食糧に困らない。そんなエネルギーも、宇宙の資源を利用できれば、幾らでも元は取れる。ゲームの名残は色々あるけどね。どんどん宇宙開発を進めて、魔法も進化していったんだ。最初は各国が国のプロジェクトとして進めていた開発が、民間に委託されて、更には個人で自由に開発されるようになったんだよ。パソコンとプログラムみたいなもんだね。さて、これまでの説明でもう理由は分かったよね?」


 はー こう説明されると、カオスな魔法体系なのも理解できるね。

 理由も良く分かりました。

 宇宙規模の魔法を惑星上で使ってるから、ぶっ壊れ性能って思うだけなんですね。


「そうそう。あなたの基準で言うなら、最低でも太陽系規模ぐらいで考えないとダメだってことなんだ。ま、大規模すぎる魔法は惑星上では使えないようにしてたり、現地産の魔法デバイスは効率が悪くて規模が小さくなったりするけどね」


 最低でもそれですか……気を付けて使おう。


「街と言わず、別にこの惑星ぐらい……いや、この星系ぐらい破壊してしまっても良いんだよ?」


 何を言ってるんですか、この神様は。

 いや、人の可能性を広げるためには、人を生かさないと意味ないですよね?


「それで別の可能性が生まれるから良いんだよ。だいたい、この宇宙に、幾つの星があって、どれだけの人がいると思ってるの??」


 えーっと確か……僕の生きていた時代でも、兆単位と予測されていた星の数が、がけいを超える数に上方修正されていた……観測できないほどの物があったとしたら、想像もつかない数なんだろうね。


「正解は、神様でも数えたくないぐらいの数だよ」


 ……それは、単純に、にのかみが面倒くさがりなだけなのでは?


「あはは! 違いない!」


 にのかみが僕のツッコミに爆笑してしまった。

 これ、怒られるところじゃないんだ。


「わたしが思う神様は怒らないからね」


 何処か誇らしげに、にのかみが答えた。

 仏も三度までは許容してくれるし、最初は怒らないということかな?


「それも、導き出してくれたら良いんだよ。頑張ってね〜」


 最後にそれだけ言って、にのかみは来たときと同じく、場面が切り替わるかのように、一瞬で消えてしまった。


 そして、時間が動き出した。

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