1-SP7 スヴェトラーナの仕事4


 魔法研究を続けていて分かったことが幾つかある。

 魔法ランクについてだ。

 効果の割にランクが高くて使えなかったり、その逆で性能が良いのに簡単に使えたり、なんだかちぐはぐを感じていたんだけど、何となく分かってきた。


 一つは安全に関わるかどうか。

 と言っても、直接的に攻撃するような、いわゆる攻撃魔法が該当するわけじゃない。

 犯罪に使えて証拠が残りにくい魔法は、ランクが引き上げられているようだ。

 コピーの魔法が、やけにランクが高かったのがそうみたい。

 その上で更に、発現効果に制限が掛けられていたりする。

 正しく使えば人を助けられる場合は、ある程度ランクを低くして使えるようにしてあるけど、効果がすぐ解けるようにされていたりする。

 ネブンに使った眠らせるための魔法が、これにあたる。

 逆に、人命救助に直接関わる魔法のランクは低くて、比較的誰でも使えるようにしてあるようだ。

 ちょっとゲーム時代の名残はあって、性能の良い側がランク高くなってるけど。


 そして、人気の魔法かどうか。

 どうやら、みんなが使いたがるような魔法は、ランクが高いらしい。

 異種族を生み出す魔法がある中で、年齢を変えるなんて些細なことなのに、若返らせる魔法のランクが高かった理由はこれらしい。

 見た目を変化させるファッション系の魔法も、少しランクは高くて使いにくい。


 後は、使用されるエネルギーが多いかどうかも関係してそう。

 と言っても、属性でエネルギー使用量に明らかな差があるから、同属性の中で比較した場合だけど。

 極術で無から有を生み出すのに使うエネルギーは、他のに比べて多いだろうけど、極術の中ではランクの低い部類になっていた。

 要求される知識レベルも違うのだから、属性間の差異を考えるのは難しそう。

 ユタキさんが仰ってた、僕の使えない真言術の時間操作なんて、使用エネルギーが桁外れに多そうだったし。


 これだけでは説明しきれないランクもあるので、場合によっては、法則に従わない場合もあるのかも知れない。

 議論の結果その時々で違う決定がされた、とか、問題が発生して引き上げられた、とか、往々にしてあることだからね。

 転生前に日本で遊んでいたゲームも、リリース後にガンガン調整されてたし、そういうもんなんだと思う。

 最強だと思って課金して手に入れたカードが、弱体化されたときの金返せ感は半端なかったけど……今では良い思い出……と言うことにしておこう。


 さて、なんでこんな考えに至ったかというと、ミレル達を案内した、水耕栽培の工場を作るときに、異様と感じた魔法があったからだ。


 統術『自然派の箱庭ラストガーデン』という、水耕栽培のキットが作れる魔法なんだけど、出来上がる物に対してランクが低くて、統術ランク4の僕でも使えてしまった。

 種を選んで植えることと収獲すること以外は、完全メンテナンスフリーで植物が育てられるキットを作り出す魔法で、やりたいことにちょうど合っていたから使わせてもらった。

 でも、今まで使っている魔法に比べると、回りくどい魔法だ。

 魔法で何でも作り出せてしまうのだから、植物を直接的に作り出せば良い筈なのに、植物を育てるための物を作るなんて。

 一部の人が趣味で使っていたのかもしれないし、魔法が発展していく途中で作られた魔法なのかもしれないし、魔法で作り出す植物に抵抗があった人が作ったのかもしれないし、植物を作り出す魔法はランクが高いので使えなかったから仕方なく使っていただけかもしれないし、植物を作り出す魔法を知らなかっただけかもしれない。

 電卓の方が安く手に入って操作も簡単なのに、算盤そろばんを使う事があるように。


 そして、そんな魔法は幾つも有って、今回他にも使っている。

 『自然派の箱庭』と同じで、工場みたいな生産施設を作り出す魔法群もそうだった。

 魔法で何でも作り出せるようになって、工場は不要になったのかもしれない。

 その割に個人の家を作り出す魔法群は、ランクが高めだったのが、人気に左右されていることがうかがえるというもの。

 道路とか公園を作る魔法群も、ランクが低かったけど、ちょっと違った理由かも知れないけど。公共工事に使いそうなのは、圧力がかかって下げさせられたのかも。

 ランクが低くても、こう言った魔法は統術系ばかりだから、この世界の人達にはほぼ使えないんだろうけど。


 実際どんな理由があったかは分からないけど、ランクが低くて魔法が使いやすいのは、僕にとって大変有難い。

 複雑な仕事が、魔法でサクサク進められてしまうのだから。

 調子に乗って、地下室をとにかく拡げ過ぎて、外に繋げてしまったときは焦ったけど。ちゃんと埋めたので許して欲しい。

 そんな失敗をしたものの、やっぱりバカでかい生産工場を建ててしまった。

 温泉作った時に目覚めてしまったのかも知れないけど、なんだか大きい物を作るのが楽しくて、ついやってしまっただけだけど……

 作ってしまったのは仕方がないので、この工場が必要な理由を色々後付けで考えたものの、計算が間違っていることをミレルに指摘されてしまった。

 恥ずかしい話だね……

 ミレルが何となく嬉しそうにしていたから、まあいいか。


 実際、この世界の食糧事情は天候に左右されるので、生産工場が有って損は無い。

 人が増えることを考えたら、余裕は有る方が良いだろう。

 飢饉になるような天候不順が起こったら、他の町や村にも配る必要があるだろう。

 そのためには、余裕があってもあり過ぎることはないと思う。

 うん、良いと思う。

 そう納得しよう。

 広すぎる工場にしてしまったから、ゴーレム達が必要だったわけだし、それでゴーレム達の実験も出来たんだから、良い方向に失敗したと思うことにしよう。


 そんな言い訳を自分にしながら、ミレル達を案内し終えたところで、スヴェトラーナが必要な理由がもう一つ思い浮かんだ。


 味見だ。

 そう、ゴーレム達には味が分からない。

 探せば、味を検査する魔法とかありそうだけど、そんな不粋なことをする必要は無い。


「ここでスヴェトラーナにやってもらうことは2つ。1つは収獲した物の運搬。ゴーレムを他の人に見られたくないから、外に運び出すのに使えないから。地下1階に貯めておくから、必要な分を地上に出して欲しい。場合によっては、デボラおばさんのところで料理の研究をしてもらうために、持っていくことになると思う」


 一旦言葉を切ってスヴェトラーナの反応を見る。

 問題なく分かってくれているようで、しっかり返事をくれた。

 力仕事になるから、後で魔石をいくつか渡しておこう。


「そして、もう一つの仕事は、味見だ」


「味見ですか……? 毒味ではなく?」


 少し驚いているようだけど、そんな物騒な役はしなくていい。


「ゴーレム達は味覚が無いからね。若い芽から少し少し熟れすぎた野菜まで、どの辺りが一番美味しいか調べて欲しいんだ。成長が早いから、食べ頃を見極めるのが難しいから」


 保存に関しては、析術『適切保存スマートロック』という便利な魔法がある。

 保存対象の水分量や排出ガスや酸化具合などから、適切な保存方法をとってくれるという優れもの。

 忙しい主婦と主夫の味方、これ1つで冷蔵庫いらず、生鮮食品もまとめ買い、賢い主婦と主夫の時短術、なんて謳い文句が聞こえて来そうだ。

 説明を見る限りは、この魔法で1年ぐらいはつらしい。

 時間経過を早めて実験なんて僕には出来ないから1年後のお楽しみだけど。

 とにかく、一番美味しい状態かその一歩手前ぐらいで収穫してしまえば、この魔法で保存は問題なく行えそうだ。


「そんな仕事で良いんですか?」


 スヴェトラーナが、何に興味を持って仕事をしたいと言ったのかは分からないけど、何となく拍子抜けしているように見えるのは気のせいかな?


「簡単そうに見えて大変な仕事なんだよ? あ、もしかして……野菜が嫌いだったりする?」


 しまったね。スヴェトラーナの好き嫌いを考慮していなかった。

 嫌いな物を味見させるとか酷なことはしたくないよ。

 第一、嫌いな物だと、基本的に美味しくないという評価になるから、この仕事が出来ないんだけど。


 彼女を見ると、激しく首を左右に振っている。


「滅相もないです! 新鮮で元気な野菜が食べられるなんて、それだけで幸せなことです!」


 スヴェトラーナは、そう全力で言い切ってくる。


 なかなか過酷な環境で生きてきたんだね……奴隷として売られたんだから、貧乏暮らしだったんだろう。

 全世界の人を救いたいとは言わないけど、手の届く範囲ぐらいは、そういう苦労をさせたくないな。


「そう言ってもらえると助かるよ。あ、でも、生のままだと分かりにくいのもあるか……かと言って味が変わりすぎたら意味ないし。調理台と塩ぐらいは用意しておくよ」


 そんな僕の言葉に、スヴェトラーナが驚きの表情を浮かべる。


「塩って! わたしなんかが勝手に使って良いんでしょうか?!」


 何を驚いているのかな……?

 え? 異世界あるあるか?

 そういえば、こういう世界では大抵、塩って貴重なんだっけ?

 その割にはミレルが驚いてないけど?


「もう慣れましたよ?」


 ううん……これは、非常識な人に慣れすぎて、常識人が減っていくヤツだ。

 なんでもぽんぽん魔法で作っちゃうから、貴重な物が分からなくなるんだよね。

 そういえばミレルは、温泉造りの産廃を使って、プラチナを大量精製したのも知ってるんだった。

 塩は化合物だから、プラチナに比べて精製する難易度が高いと感じるかと……って、原子や分子の違いが分からないんだった。

 実際、魔法で作り出す上では、魔法のランクに差があっても、使えるなら難易度に差なんて無いはずだからね……

 ミレル以外の常識を崩しすぎないように、魔法を使っていかないと。当初の予定通り、外ではあまり大っぴらに魔法を使わないように、肝に銘じておこう。

 うん? ミレルはもう手遅れだよ。


「ボーグ? なんか顔が緩んでるんだけど?」


 おっと、ついついミレルに緩い視線を送ってしまった。

 同じ感覚の人が近くに居るのは、とても嬉しいことだからね。

 さて、話を戻そう。


「スヴェトラーナが使うことには全然問題がないよ。ただ、塩は摂り過ぎると身体に良くないので、一日で摂って良い上限だけ決めておくよ」


 塩の致死量って意外に低いし、胃ガンや高血圧の原因になるとも言われてるし、一般的に問題のないと言われる範囲を設定しておこう。

 ああ、それなら、魔法は便利な処方箋では?って考えたときに、思い付いた物を作ってみよう。


 イメージはテーブルソルト、振れば塩が出て来るガラス容器をとりあえず精製する。

 ただ、砂時計みたいに、ちょうど真ん中で部屋が2つに分かれている。因みに、砂時計とは違って部屋同士は繋がっていない。

 その中に半分は粒子の小さめな塩を5グラム入れて、もう半分はからにしてある。

 そして、塩が5グラムになるように・・・・・調整した塩精製魔法を魔石に登録して、真ん中の仕切り部分に貼り付ける。

 この魔石を、一日一回だけ発動するように設定する。もちろん、発動できるのはスヴェトラーナだけにしておくのを忘れない。


「はい、これを上げる。今上半分に入ってるのが塩」


 そう説明しながら、ゴーレムが運んできたお茶のソーサーに、塩を振り出してみる。

 念のため、指に付けて舐めてみると、いわゆる精製塩の味がする。

 他のミネラルが入ってる方が美味しいんだけど……今の目的はそこじゃないから、今回はこのままにしておく。

 他の2人にも差し出して、味を確認してもらう。

 貴重な物と言うだけあって、2人はその何でも無い味に驚きを示している。

 ミレルさんは慣れたんじゃなかったの?


「ボーグが何でも作ってしまうことには慣れたけど、それを味わうのはまた違うのよ」


 ちょっと恥ずかしそうに口を尖らせているのがかわいいです。


「これが、塩ですか! なんだか、これを食べることに背徳感があります!!」


 貴重な物を口にする勿体なさ……かな?


「もう半分には、毎日水を入れてくれるかな? その真ん中に貼り付けた魔石で、一日一回だけ、水を材料にして今入ってる分量になるように塩を精製出来るから」


 説明を終えて、テーブルソルトをスヴェトラーナに手渡した。

 すると、彼女は恐る恐るそれを受け取ると、目の高さに掲げて色んな角度から眺め始めた。

 ミレルも横で物珍しそうに一緒に眺めている。


 うん、その感覚は分からないでも無い。

 初めて砂時計を見たときは、僕も同じようなことをした。

 これは砂が落ちないけど、ガラス製品をほとんど見ないこの村では、珍しい物の分類になるだろう。


「ありがとうございます! 大切に使わせて頂きます!!」


 うん、まあ、今目の前で見てたから分かるとは思うけど、簡単に作れる物だからね?

 あと、毎日5グラム増えるんじゃなくて、5グラムになるだけだから、貯めておいても増えないからね?


 分かっているのか分かっていないのか……スヴェトラーナは飽きることなくテーブルソルトを眺めているのだった。


 ミレルが羨ましそうな雰囲気を少しだけ出していたので、後で砂時計を作って上げたのは言うまでも無い。

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