第一章 こうして僕は領主に認められた
1-001 始まりはケの日のようで
僕が転生神様に異世界へ転生させてもらってから、約2週間が経った。その間に色々あったけれど、やりたいことも見つけられた。
それは、美容整形医だ。
僕は転生神様から与えてもらったチートな魔法能力で、転生前の親がしていた医者の真似事をすることにした。
向こうで生きていた頃は、金の亡者のような親の意見に全く同意できず、反発して薬剤師を目指していたけど、異世界に来て実際に人を治療をして──人を『キレイ』にしてみて、ようやく分かった。
美容整形には、薬では治すことでは出来ない『過去』をキレイにして人を前に進ませる力があることが。
そんなわけで、日本のそれとは少し違い、何でも屋みたいな仕事になってるけど、僕は今日も異世界で美容整形医院をやってます。
「ボーグ、お客さんが来たわ」
隣に座っていた僕の可愛い奥さんが、そう言って立ち上がり、医院の玄関扉を開けに行ってくれる。
彼女の名前はミレル。
この異世界に転生して最初に会った人で、彼女には何度も殺されたけど、今ではとっても仲睦まじい夫婦だ。優しくて働き者という自慢の可愛い嫁さんだ。今日もゆるふわの三つ編みが可愛いです。
ミレルがお客さんと玄関前で挨拶を交わして、お喋りしながら戻ってくる。
「おはようございます、ボグダン」
今日やってきたのは女性──教会でシスターをやっているアレシアさんだ。
シスターらしく真面目で素直だけど、思い込みが激しいというか猪突猛進なところがある人だ。まあ、怒るときもお礼をするときも、すぐにその場でって感じなので、見てて気持ちの良い人だと思う。
ちなみに、『ボグダン』は僕の名前で、愛称が『ボーグ』。
僕が転生した先は、『精神的に死んだ人の身体』だったんだけど、その身体の元の持ち主の名前でそのまま呼ばれている。周りから見れば中身が変わった事なんて分からないからね。
なので僕は元の持ち主を『こいつ』と呼んでいる。もちろん、『こいつ』は精神的に死んでしまったので、もうこの世にはいない。
ただ、『こいつ』は日本なら確実に犯罪者になってるようなヤツだったので、中身が僕になったところで『こいつ』の犯した罪が消えることはなく、僕はその罪を少しずつ償っている毎日だ。
そのため、美容整形医院なのに、日照り続きで畑が水不足に困っていれば魔法で水遣りをしたり、近所の奥さんが作る晩御飯に悩んでいたら一緒に新しいメニューを考えたりと、何でも屋みたいに頼まれたら何でもしている。
「今日はその……」
アレシアさんが言葉を発したと思ったら、そこで言葉を詰まらせて俯いてしまった。
男には言いにくいことなのかも知れない。
こう言うときはミレルが聞いてくれるから、僕は一旦席を外そう。
「僕はお茶を煎れてくるから、その間に内容聞いておいて」
ミレルに目配せすれば、すぐに意図を理解してアレシアさんと話を始めてくれる。僕なら魔法を使えばその場でお茶を出せることを知ってるのに。本当に良い奥さんだ。
さてと、適当にスタッフルームでお茶でも煎れるか。
ついでに昨日の夜に新しく見付けた魔法の実験をしながら、お客さんに出す飲み物を考える。と言っても、ただのウェルカムドリンクだから、喉が渇いたときにいつも入れてるレモン水が妥当かな。
お盆にコップを3つ載せて、魔法で目的の飲み物を精製したら、僕は受付へと戻る。
受付ではミレルに相談を終えたらしいアレシアさんが、そわそわと周りを見回していた。
僕に対応出来る内容だったかな?
コップをそれぞれの前に置いてからミレルの横に座ると、彼女がすぐに耳打ちしてくれた。耳に掛かる息がこそばゆいです。
「毛を無くしたいらしいの」
毛?
聖職者だから、尼さん的に坊主にしたいと?
「ムダ毛の方よ、全身して欲しいらしいわ」
美容整形医院なんだから、当然でしたね。
そんなことなら簡単に出来る。
踵を鳴らせば終わっている、なんてことは無いけど、レーザー脱毛なんて目じゃないくらいに一瞬で終わって、一回やればもう生えてこないし、身体に負担もない。
魔法とはそう言うものだ。
問題があるとしたら……
「聖職者だし、無用に裸を見るわけにもいかないか……」
怪我の治療とか緊急を要する内容じゃないから、宗教的には避けた方が良いだろう。
毛を無くすだけなら僕が見る必要も無いし、確認はご本人にしてもらえば良いか。
って言っても魔法の効果で、服着てても透視してるような状態になっちゃうけど。
「じゃあ、すぐに終わらせますから施術室の方に行きましょう」
僕は受付に『施術中』が分かるイラストの描かれた札を立てて、2人を連れて移動する。
ミレルを連れていく理由は、お客さんを安心させるためだ。犯罪を犯しそうな『こいつ』と密室に二人きりなんて、どう考えても避けたいシチュエーションだと思うから。
ということで、外から見えない施術室へ移動して、アレシアさんへ声を掛ける。
「魔法はすぐに終わります。魔法を掛け終わったら僕は外に出ますから、問題ないか確認してください。すぐ外に居ますから問題があれば声を掛けてください」
アレシアさんが頷くのを待ってから、施術台に仰向けで大の字に寝転がってもらった。
僕はアレシアさんの顔の前に右手を
手は翳す必要性はないんだけど、相手への意思表示のためにやっている。
《
念じれば魔法が発動して、頭の中にメッセージが聞こえる。
そして、僕の視界に変化が訪れる。
アレシアさんの全身の毛が、服越しだけど目立つようハイライト表示される。
魔法の効果による補助表示だ。
服着たままだけど身体のラインがはっきりと分かってしまうのは、こういう仕事だから諦めてもらおう。
この補助表示は僕にしか見えないし、言わぬが花というものだ。
こうやって魔法を通して見ると、人間は意外に全身がうぶ毛に覆われていることが分かる。
ミレルの話からすると、全てのムダ毛を永久脱毛したい雰囲気だった。
理由は分からないが、きっと聖職者の身嗜みとしてそっちの方が良いんだろう。
身体のラインが仔細に分かってしまうこの魔法を、長い時間使っているのは忍びないので、上から順番に
さくさくっと全ての毛を無くしていく。
この魔法のイメージとしては、ゲームのキャラメイクみたいなもので、突然消滅させたり、逆に何も無いところから生やしたり出来る。
魔法とはとにかく便利なモノだ。
ただ、使える者は少ない。
なぜなら、魔法を使えるようになるためには、どうやら科学的な知識が必要だから。
この世界は、剣と魔法のファンタジー世界そのものの文明レベルなので、どうしてもランクの高い魔法は使えるようにならないようだ。
だから、こんなレベルの魔法を使えるのは、多分この世界では転生者しか居ない。
少なくともこの国では僕しか居ないらしい。
こういう話を聞くとイヤな予感しかしないけど、なるべく平和に生きていきたいと切に願う。
僕はそんなことを考えながら、てきぱきと全ての処理を終わらせ、ついでに幾つかの魔法を発動してから口を開いた。
「はい、終わりました。では、僕は出ておきますので確認してください」
戸惑い気味のアレシアさんを置いて、一度ミレルと視線を合わせてから、僕は施術室から出た。
施術室の外壁に背をもたれさせて少し待つ。
施術室の中が少し騒がしくなったと思ったら、すぐに扉が開いた。
ミレルが報告に出て来てくれたのかと思って視線を送り、そして僕は天井を見上げた。
「ボグダン、ありがとう! これで雑念に邪魔されることなく、シスターの責務を果たすことが出来るわ!」
勢い込んでお礼を伝えてくるアレシアさんに、僕は両手を上げて視線を逸らすことしか出来ない。
「ちょっと聞いてますか! やましいことがないなら話をするときは相手の顔を見て、と昔から言ってるじゃないですか!」
やましいことが無いとも言えないです!
というか、やましいのはアレシアさんの方じゃないかな……
「分かりました、アレシアさん! でもそれは今じゃないです! 今はご自分の状態を見てください!」
「しっかり見たからこうしてすぐにお礼を言いに来てるんです! これで若い子達を悶々と眺める必要も無くなるのかと!」
若い子達って……修道院の女の子ってどう見ても10代前半なんだけど……その子達と比べても──聖職者には聖職者の悩みがあるのだろう、ツッコミは入れないでおこう。
それよりも今は大事なことがある。
「そう言う意味ではなくて、自分の格好を見て下さい!!」
「何を、言って……る……の……」
アレシアさんは勢いを急速に
結局見てしまった……僕が配慮したのは何のためだったんだろう……
上げていた顔を正面に戻すと、アレシアさんと入れ替わりで出て来たミレルと目が合った。
彼女はなんだかとても嬉しそうに微笑みを浮かべている。
今の場面を見られて、嫁さんにそんな顔をされると、逆に怖いんだけど……怒ってるわけでは無さそうだ。
ミレルはとととっと僕の傍に寄ってきて、また耳打ちしてくる。
「無い方が好みなら、わたしのも無くしてね」
顔を赤らめながらそんなことを宣われたら、僕も赤くなるしかないじゃん!
可愛いな、もう!!
アレシアさんが修道服を着て出て来てしまったので、ミレルに抱き付きたい気持ちを抑えて、二人でアレシアさんを玄関まで見送る。
今日もほのぼのと平和に過ごせそうだ。
と思ったら、アレシアさんと入れ替わりで、イケメンな男が入ってきた。
「おう、ボグダン! 村長が呼んでるぜ!」
「おはよう、マリウス。使いっ走り?」
「使いっ走りじゃねぇよ! オレもこの村の一員としてだな、しっかり働こうとしているんじゃねぇか」
マリウスはキレ気味の返答を返してくる。
彼は『こいつ』の悪友で、あまり善良な村民ではなかったらしいけど、僕が彼をイケメンにして、更に彼女であるダマリスを『キレイ』にしたら、人が変わったように働くようになったみたい。
そして、そのぶっきらぼうな彼女と一緒に住んでいるらしい。
「ダマリスは元気にしてるかな?」
「おう、おめぇに治療されてから外に出るようにもなった」
それは良かった。
容姿のことを気にしてダマリスが引き籠もっていたのも『こいつ』に原因があったから、少しは『こいつ』の罪も償えたと思いたい。
「
何を隠そう『こいつ』は村長の息子だったので、僕の父が村長ということになっている。
あまりにバカ息子だったから村長と『こいつ』の関係には、親子とは思えない距離感があった。
だから逆に、僕としては助かっている。
いきなり知らない人がお父さんって言われても、ね?
「じゃあ、オレは村長に頼まれた他のことをしてくるから」
そう言ってマリウスはさっさと帰って行った。真面目に働いているようで何よりだ。
かく言う僕も、『こいつ』の贖罪のためにも僕の意志としても、この村には貢献したいと思っているから──
「ごめんね、ミレル。行ってくるから、お客さんが来たら、依頼内容を聞いてメモしておいてくれるかな?」
「分かったわ、まだメモは苦手だけど……何とかするわ。お義父さんによろしくね」
山奥の村で識字率も高くないから、少しでもメモが取れるだけでも彼女は優秀だ。
なのに申し訳なさそうにするミレルの表情を見て、僕は相好を崩しながら彼女の頭を撫でる。
嬉しそうに首をすくめるのが可愛いから、いつまでも頭を撫でていたくなるね。
……一応この村で一番偉い人に呼ばれているわけだから、あまり待たせるわけにもいかないので、名残惜しけど僕はすぐに出かけることにした。
◇◇
「おお、良く来てくれた。今日は村のことで話をしたくてな」
村長の家の応接室に通されて、
村の話というと、僕が新しく作った安全な
先日、点火棒という魔法具を真夜中に子供が使って、火事になってしまったという事件が発生した。その対策品として僕は新しく、使える人を限定した認証式の点火棒を製作したのだ。
村の大人全員分を用意させられたのには辟易したけど、対策品が用意できるという話をしてから、息子を見る村長の目が大きく変わったので、良かったと思っている。
「それで、前に話していた、お前のやる事というのは決まったのか?」
息子と将来の話を楽しげに話す親の顔で、村長は僕に聞いてきた。
いつもピリピリしていた村長がこんなに柔和になってくれたんだから、ホントにやって良かったと思う。
「はい。色々村の状況を聞いておいて何ですが、結局、自分のやりたいことをすることにしました」
村長の表情は変わらず笑顔のままだ。
折角教えてやったのに、ってちょっとぐらい気にするかと思ったけど……流石にあれだけ目立つ建物を一日で建てたんだから、もう分かってるのかな。
「村のみんなから噂は聞いてはいるが、何をしようとしているかお前から聞かせてくれるか?」
「はい。何でも相談所みたいなことになってますけど、僕がしたいことは『美容整形医院』です。みんなを『キレイ』にして、笑顔で過ごしてもらおうと思ってます」
村長は僕の言葉を聞いてうんうんと嬉しそうに頷いている。
「こんな山奥の村に美人が溢れてわしも嬉しい。他にも色々してきたことをわしもしっかり耳にした。なので隠さんでも良いぞ?」
え? 何を? 今言ったことが全てなんだけど?
少し、村長が真面目な顔になってから、話を続けた。
「分かっておる。お前はこの村にハンターや傭兵のような強い者を呼び込みたいんだろ? 領や国にに所属する騎士は確かに呼んでこられないからな、ならば流れの猛者に留まってもらうのが、村の防衛を固めるための最善策だ。流石のわしもそこまで耄碌しておらんよ、お前のしてきたことを聞けばすぐに分かった」
は??
何ですと!?
村を強くしたい?!
確かにそれは必要なことだと、以前村長の話を聞いてちらりと思ったけど……まだ何もしていないつもりなんだけど??
美容整形の話をしたはずなのに、どうしてこうなった!?
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