第13話 最初の緊急イベントは人命救助のようで
「どこかでお昼ご飯を食べようか?」
ランプ工房からの帰り道、ミレルにそう声を掛けた。デボラおばさんが折角お弁当を持たせてくれたんだから、どこかで景色でも眺めながらのんびり食べないと勿体ないよね。
「そうね……」
ミレルはどこか上の空で答えを返してくる。何か考え事をしてるっぽいけど……僕の殺し方じゃないよね……? ね?
今日は昨日より少し風が強く、街道で砂埃が舞っていた。日本の初夏に比べると随分乾燥しているみたい。街道沿いでお弁当を広げると砂が入りそうだ。
「湖の畔が気持ちよさそうだけどどうかな? 帰る途中に寄れそうだし」
「え? ええ、そうね。そうしましょう」
思考の淵から戻ってきてくれたようだ。
街道から少し外れて湖の方へと歩く。水辺にちょうど良さそうな岩場があったので、そこに座ってお弁当を頂くことに。
お弁当は丸いパンに野菜と干し肉を挟んだハンバーガーのようなものだった。こんな素朴な味わいのハンバーガーを食べると、ファーストフード店のジャンキーな味が恋しくなるね。
折角だからお昼ご飯を食べながら、必要なことを聞いておこう。
「ミレル、この村にアーティファクトって他に無いのかな?」
僕の質問にミレルが硬い表情を返してくる。
「まさか、貴重だから欲しいなんて思ってないわよね……?」
うん、まあ、確かに『こいつ』ならそうかもしれない。ラズバン氏のあの自信からすると、この世界では簡単に魔法を使えるようにならないのだろうし、ただ魔法を使いたいだけなら簡易魔道具を使えば良いわけだし……わざわざアーティファクトを探す理由にならない。自分には魔法が使えるという妄想を抱いてない限りは。
でも、魔道具を作り出せる魔法使いが貴重なら、その才能は見つけ出して利用したいはずだ。
「そうじゃないけど……じゃあ、魔法の才能って何かで試せるの?」
「それなら、他の人のアーティファクトを一時的に使えるようにしてもらって試してみるのよ。ラズバンさんはああいう人だから余り協力的ではないのだけど……村の子供は10歳ぐらいになると一度試させてもらうのよ」
「それだと、才能を持った人を見つけてもその人にはアーティファクトがない状態──魔法が使えない状態のままなんだよね? 勿体ないんじゃ?」
「領都や王都のような大きな街ならアーティファクトも売っているのよ。高価なものだから才能を見つけ出してからしか買わない物だけど」
うーん……それはそれで厳しいな。僕の場合は魔法が使える証明をしても、アーティファクトが無くても魔法が使えるんだから高価なものを買うという無駄が発生してしまう。ただでさえ裕福ではなさそうな村なのに、余計な出費は避けたいだろう。
「じゃあ……誰も使えない──壊れてるかもしれないアーティファクトとかは……?」
訝しげな視線で僕を見てくるミレル。
ちょっと無理があったよね……それこそ何のために必要なんだ?って気がする。
でも、予想に反して、眉間にしわを寄せながらもミレルが唸っている。言うか言うまいか迷っているような感じだ。ということは……
「それならあるのだけど……あなたの──村長の家に。不思議な形をした謎のアーティファクトが」
灯台下暗し的な……でも、あのお父さんの許可がいるのか……
「とても貴重なアーティファクトで『
なんかフランス語っぽいけど、外国の言葉って感じかな……名前からすると伝説級のアイテムな気がするけど。
「なんでそんなものがこんな辺境の村に?」
「100年ぐらい前らしいのだけど、村に来た吟遊詩人が村長の家に何日か滞在したらしいの。その時のお礼にって「いずれ使える者がここに来るから」と言葉を添えられて贈られた物と言われているわ」
何そのゲームにありそうな設定。主人公がなぜか選ばれてしまって世界を救う旅に出るヤツだよね? 僕はそういうの結構です。
だいたい転生するときに『普通の幸せ』を願ったはずだし、刺激的なイベントはミレルに殺されてることだけでお腹いっぱいだ。
フラグ臭いアーティファクトには近付かない方が良いかな……
「使用者登録されている人が他にいるんじゃないのかな?」
「それが、登録がされていないことは確認済みなんですって。でも、魔法が使える才能がある人が使ってみても、
んー……背に腹はかえられない……いやいや、そんな無理してまで妖しい物を手に入れなくても……
あっ!
魔法でそれっぽい物作れば良いだけじゃ? アーティファクト無くても魔法使えるんだし、お決まりの生産系魔法があるだろうから、それを辞書さんに聞こう。
それに、どっちにしても、今の僕ではお父さんに相手にしてもらえないし──
「わたしから村長──お父さんにお願いしてみるわ」
なぜ!? 今は出来ない理由を考えてフラグをへし折るところでしょ。だいたいミレルは僕にそんな貴重な物を渡したくないんじゃ?! さっきは警戒してたのに!!
ぶっちゃけそんな面倒そうな物引き受けたくないんだけど……
「わたしはお父さんからあなたのことを頼まれたのよ? うん、その一環なのよ。人が変わるにはきっかけが必要だもの。そのために試してみるのも良いわね。それで行きましょう」
ミレルさん何か自分を納得させようとしてません? 僕とは反対にそのアーティファクトを見る理由をでっち上げて行っている気がするのは気のせいでしょうか……?
僕は、人が変わるには1回死ぬことが必要だと転生神様には言われてる気がします……
「こういうのは早い方が良いから、今日は家に居ないはずだから、明日の朝一に行きましょう。朝一なら確実に家にいるから」
行動力の化身か! 何で村長の予定把握してるんだ……逃げ道の塞がれようがすごい。これも「問題を解決する方向に向かう」転生特典なのでしょうか?
僕はミレルから視線を外して湖の方へ向け、遠い目をする。そう言えば昔から面倒事に勝手に巻き込まれていたような……
現実逃避で眺めている湖面に一匹の魚が跳ねた。それをコウノトリが器用に嘴でキャッチする。
はあー キレイな湖だなー コウノトリさん、魚美味しいですかー
また跳ねた。
今日は魚が良く飛ぶ日なのかなー
「な、何が起こっているの??」
横でミレルが腰を浮かせて警戒を露わにしている。
湖面に視線を戻すと、いつの間にか至る所で魚が跳ねていた。魚を啄んでいたコウノトリ達も一斉に飛び立っていく。何かから逃げるように……
「ここの湖はある時間になると魚が飛び跳ねる……わけじゃ無いよね……?」
「そんなのあるわけ無いじゃない!
ミレルのその言葉を待っていたかのように、湖の真ん中付近で水面から何かが飛び出してきた。
水しぶきを散らしながらそれは勢い良く飛び出し、空を掴むように手を動かした。
遠いから分かりにくいけど、小さい女の子な気がする。
《管理者設定によりプリセット操術『
遠くの景色がやけにハッキリと見えるようになった。
そして、少女は飛び出した時の倍以上の速さで湖へと一瞬で
いつでも動けるように腰を浮かせていたミレルが駆けだしていく。湖の方へと。
「今の女の子だったわ! 溺れてるみたい! 助けないと!!」
ちょっ!? いや、溺れてる動きじゃなかったから! ミレルには見えてなかったのかも知れないけど。
「危険だ! 僕が行くから、ミレルはそこで待ってるんだ!!」
ミレルを追い抜いて僕は湖へと入っていく。水音は付いてこない、ミレルは止まってくれたようだ。
僕は振り返らずに一気に湖へと潜っていく。
《管理者設定によりプリセット析術『
サービス良いね。
しかしこの初めて聞いた魔法、口や鼻に入った水が即座に空気に変換されていくとか、化学舐めてんのかと言いたい。酸素でないところを評価するが、逆に酸素でないから余計にふざけた性能だ。水の中で普通に呼吸が出来る。やっぱり魔法って何でもありだな……確かにこれなら土から純金も作れそうだ。
水難事故は酸欠になるから急がないと、なんて場違いな焦り方をしながら、僕は湖の中央へと急ぐ。
強化された筋肉が猛烈な勢いで水を後ろへと押し運び、魚より早く僕を前へと進ませる。すぐに湖の中央へと到達した。結構深いようで、水底は暗く見えない。
見つけた!
少し先でウツボのように細長い生物が何かを咥えたまま暴れているのが見えた。咥えられた何かはもちろん女の子だ。女の子の大きさからしてウツボは5メートルぐらいある。
女の子は既に気を失っているのか抵抗しておらず、ウツボに足首を咬まれてされるがままに振り回されていて、女の子の周りの水が徐々に赤く染まっていっている。ウツボとは少し捕食の仕方が違うけど、これは……足を食い千切るつもりか!
これでも美容整形外科医とは言え一応医者の息子だし、自分も医者を目指した身、怪我によってその先で起こる大変さを充分理解している。部位欠損なんて不自由な状態にはさせたくない! 何とかして引き剥がさないと。
まずは噛みついている口を開かせることだ。これ以上女の子に負担を掛けたくないし、ここは無理やり開くまで! ブーストされてる今の力ならいける!
僕はウツボへと勢い良く接近し、まだ振り回していたウツボの頭を上下から挟むように掴んだ。
ビクリとしたウツボの驚きが伝わってくる。いきなり掴まれるとは思ってなかったのだろう。大丈夫、僕も驚いている。動体視力も筋力も強化されているので出来た芸当だ。
そしてそのまま顎を無理矢理開いていく。抵抗する力は強いはずなのに、問題なく開くことが出来る。
開口角度が90度ぐらいになったところで女の子の足が離れた。
よし! 後は追い払うだけ。
僕が手を離すとウツボは少し潜行してからこちらを警戒してくる。強敵だと認識してもらえたようだ。
距離を取ってくれたなら好都合。
僕はウツボを追い払うために、確実に使えることが分かっている魔法を使うことにした。
簡単な魔法。でも、視界に頼る生物を一時的に行動不能に出来る魔法。
僕は目を閉じて
《
閃光が
《管理者設定により自動でプリセット閃術『
レベル6でこんなに強い光なのか……最大レベルだとどうなるんだ……最大レベルがいくつかは知らないけど、少なくとも10まではあることは
光が収まったところで目を開けてみると、一目散に潜っていくウツボが見えた。ウツボは嗅覚も強いって言うから、嗅覚が残っていれば普通に泳げるのかな……?
と、そんなことに感心している場合ではない。女の子を助けないと。
酸欠の問題があるのですぐに水面に上がらないと危険ではあるけれど、ここなら誰も見ていない。誰にも知られずに魔法で傷を癒やせる可能性がある。なら素早く確認して治療してしまえばまだ間に合う。
僕の少し斜め上を漂っている女の子に近づき状態を確認する。
ウツボに噛みつかれていた左足首が酷く抉れていて骨が見えている。魔法を使えるのがラズバン氏しかいないのなら、この深い傷を他の誰かが魔法で癒やせるとは思えない。
幸いミレルはこの子がウツボに引き込まれたことを知らない。溺れていただけだと思っている。
ならば、傷を完全に治療してしまっても大丈夫だろう。
どのレベルでどれだけ治るのか実験してる暇なんてないから、最大レベルで治療して確実に治す!
初日の感覚では喪ったものを集めて治療している感じがしたから、それをイメージすれば……
僕は治療を強く意識する。
《
思った通り治療魔法は発動した。
ただ、そのレベルは予想外だった。
女の子の傷が瞬く間に傷跡も残らずに完治する。
また思考が逸れてしまった。余計なことを考えてる時間はない。
僕は怪我の完治した女の子を左腕で抱えて、まず水面へ向けて浮上する。
水面へ出たら今度は女の子を背負うようにして平泳ぎでミレルの方へ向かう。
そんなに時間は掛けてないはずだけど、ミレルは女の子が心配だったのか、腰まで水に浸かる位置まで湖を進んできていた。水に浸かるとまだ傷が痛むだろうに……
「とりあえずさっきの岩場に運ぶよ」
ミレルにそう声を掛けて、僕は女の子を背負ったまま岩場まで進む。
そして、岩の上へ静かに寝かせた、すぐにバイタルの確認をする。
分かっていたことだが意識はなく、呼吸も心臓も止まっている。
横で僕を見ながら、自分も女の子に触れて確認していたミレルが顔を青ざめさせている。
「残念だけど……後は祈るしか……」
手を組み合わせて祈り始めるミレル。ミレルは溺れている時間が長かったと感じているのかな……?
僕がこの岩場で女の子を見たときにはまだ意識があった。その時から体感で5分も経っていない。意識を失ってから最長でも5分と言うことになる。心停止するまで早い気がするけど……水面に顔を出すまでの間にも水を飲んでいたとしたら充分か。心停止してからの時間はもっと短いから──
うん、大丈夫、相手は若いし素早くやれば充分間に合う。
「ミレル手伝ってくれ!」
ミレルに声を掛けてから、僕は心肺蘇生法に取りかかる。
水難事故の場合にキーとなるのは酸素。なので人工呼吸が何より大事。
でも相手が女の子だしそこはミレルに任せよう。やり方を知らなくても比較的簡単な方だし。
僕は女の子の首と顎を持って気道を確保出来る体勢を取らせる。
「僕が合図したらこの子の口へ、自分の息を思い切り吹き込んで欲しい。周りに漏れないようにしっかりカバーしながらね」
ミレルはわたしがするの?みたいなキョトンとした顔をしたけど、すぐに素直に頷いてくれた。僕の真剣な表情から緊急性を理解してくれたんだろう。
僕はすぐに心臓マッサージを開始する。1回目は身体強化の影響を考慮して極弱く、2回目からは感覚に従って10回繰り返す。
「ミレル、2回連続で息を吹き込んで!」
ミレルが僕の指示に従って、思い切り吸い込んだ息を女の子の肺へと送り込んでいく。息が漏れないようにしっかり自分の口で女の子の口を覆っている。ミレルは筋が良さそうだ。正義感もあるし度胸もあるから看護師に向いてるかもね。
ミレルの人工呼吸が終わったところで、僕はマッサージを再開する。
このやり取りを5回ほど繰り返したところで、女の子が咳をした。
よし!! 成功だ!!
素早く女の子の体勢を変えて水を吐き出させる。
そして、もう一度寝かせてバイタルをチェック。
うん、安定している。大丈夫そうだ。良かった……
ミレルを見ると口に手を当てて目を潤ませている。
ミレルも女の子の生還を喜んでくれているんだろう。
発見から処置まですぐに対応できたし、充分希望のある蘇生で良かった。努力したのに無駄に終わるのは悔しいもんね。
「とりあえず、どこかで安静にさせたいから、この子を寝かせられるところはないかな?」
「え? あ、そうね、修道院が近いからそこに運びましょう。あそこならベッドを貸してくれると思うわ」
僕が女の子を背負って立ち上がると、ミレルは広げていたお弁当セットを片付けて前を歩き出した。
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