第9話 やっぱり村中から疎まれているみたいで〜そして僕は殺される
村長と会話をして出てくると既に日が傾き始めていた。
ここに来るのも遅かったし、更に山間で日没が早いのかもしれない。
「今日はもう遅いみたいだし、村の説明は終わりにしましょう?」
「日が沈んでからでも見て回れるところって無いのかな?」
ミレルが呆れたような表情で肩をすくめる。
「こんな田舎で何を言ってるのよ。領都でもないんだから歓楽街なんて無いし、人が来ないからお店も宿屋だって閉めるわよ? 酒場ぐらいなら開いてるかも知れないけど……みんな朝が早いから夜中に開ける意味が無いのよね」
そうなのか。ファンタジーな世界って冒険者とかで酒場は溢れてて、その近くは夜でもお店をやってるのかと思ってた。
人通りの少ない街道沿いの田舎なんてそんなもんなのかもしれない。
「分かった、今日は終わりにしよう。帰ってまた話を聞かせて」
そういえば、冒険者やハンターみたいな職業について聞いてないな。転生したら就いてみたい職業ナンバーワンだと思うけど、命の危険は今でも充分味わってるから当分は必要ない気はする……
「じゃあ、帰りましょう、我が家へ……」
ミレルが楽しそうな薄い笑顔を浮かべて僕を誘う。
これが二人で住むのを純粋に楽しみにしている笑顔ならとても魅力的なのだけど、これって「どう料理してやろうか」って殺す方法を夢想している顔じゃなかろうか……女の子と二人で住むなどという日本ではとてもじゃないけど考えられなかったウェルカムな状況なはずなのに、今は地獄か戦場に向かう気分だ。
気分が軽そうだけど、『こいつ』の中身が僕になって抵抗されないって安心してるのかな?
もちろん女の子に危害を加える気が僕には無いけど、抵抗はする予定なんだけどな……
◇◇
村長の家から坂を下っていくと、徐々に農作業帰りの女性と子供に会いだした。
予想していたことだけど……すれ違う女性からの視線が怖いです!
一番多いのが、たぶん僕を見てしまったことに不快感を露わにするおばさん達。軽く会釈をすると驚いた後に「ふんっ」と聞こえそうなぐらい鼻を鳴らしてすれ違っていく。
次に僕の影を見つけた途端に、明らかに怯えて横を走り抜けていく子供が少し。
最後に呪いでも掛けるように恨みの籠もった眼差しで睨んでくる少女が数人。古かったり新しかったりはするけど、みんなどこかしらに怪我あるような。
彼女らは、そういうテンプレートがあるのかと疑いたくなるぐらいに、みんなミレルを見て驚いた後に内緒話をして去っていくという。
いやー 嫌われてますねー ものすごく嫌われてますねー
良くもこんなので『こいつ』は生活できてたよね……もはや村八分になっててもおかしくない。村長の息子という部分だけで何とか生きていたんだろうな。
この状況が何なのかミレルに聞いてみよう。
「なんかみんなの態度が余所余所しいんだけど、もしかして、僕って嫌われてたりするのかな……?」
ミレルが無感動な表情でこちらを眺めてくる。
ああ、ミレルさん、そんなに呆れたような顔をしないで! 分かってて聞いてるから……
「あなたが畑の野菜を勝手に食べたりしてたからじゃないかしら……」
それだけじゃないですよねー
ただ『こいつ』が死ななかった理由が一つ分かった。やったね。
◇◇
橋のところまで戻ってきて、もうすぐ家に着くというところで、農作業帰りの男性も見かけるようになった。
もう辺りは暗くなり始めているので、今日はこれ以上作業をしていても効率が悪いんだろう。
そして、僕は先ほどの女性や子供と似たような反応を浴びるわけで……基本どこに居ても針のむしろなんじゃ?
無視したり、舌打ちしたり、不快さを紛らわせるために路肩の石を蹴って川に落としたり。
ただ、女性陣とは違って好意的な目線も少し。まあ、そういう人たちはみんな脛に傷持ってそうな雰囲気で、仲間意識な気がするけど。その中で声を掛けてこようとする人に対しては、ミレルが先制して僕の方に来ないようにしていた。
元同類が寄ってきてしまったら性格が戻らないとも限らないもんね。そんな風に思って不安になっても仕方がない。
僕は絶対にならないけどね!
◇◇
家の前まで戻ってきたところで、ミレルが僕に先に入ってるように促した。
「わたしはお父さんとお母さんに報告があるから出掛けるけど、夕飯を作りに戻るから」
一緒に帰ってきたのは余計なトラブルを起こさないためか。帰ってくるまでのあの雰囲気からすると、独りでいたら何かありそうだよね……ってことは、着いていかない方が良いんだろうね。
それはそうと、もう日が暮れる。
街灯らしきものは無かったけど大丈夫なのかな?
「夜道は暗いから気を付けてね?」
例によって例のごとくミレルは僕がこんなことを言うなんてという意外そうな顔をする。
そろそろ慣れ始めてくれても良いかと思うんだけど……
「そうね、最近狼を見かけるらしいから気を付けるわ……まあ、一番の危険人物が暴れなくなったから大丈夫よ……」
後半は小声で言ったのかも知れないけど聞こえてますよ? まあ、安全なら問題ない。
ミレルはああ言ってるけど、代わりに晩御飯でも作って待っていよう。思い付きの毒対策だけど、他にやることないだろうし。
◇◇
独り暮らしで料理は慣れている……と思ったんだけどな。
ミレルの話を聞いて予想していた通り、電磁調理器やレンジは当然ないし、水道もガスコンロも便利な調理器具も一切無い状態での料理ってかなり難しい。奥様方が農作業から一足早く帰ってくるわけだ。
どうしたものか……とりあえず
キッチンで何か道具がないかと探してみたけれど、着火用の魔法道具らしきものしか見つからなかった。これも置いてある場所と形状からの予測でしかないけど。
こんなものでもあるだけ良いよね。毎日摩擦熱とか火打ち石で火付けするとか、さすがに無理だよね?
道具を見つけたものの使い方が分からない……とりあえず念じてみれば良いのかな?
《
うぉ! マジで発動した!
長いメッセージと共に点火棒の先端に小さな火が灯って、すぐに消えた。
いや、これじゃあ火が付かないでしょ……驚いて念じるのを止めたからかな?
じゃあもう一回。
《
さっきと同じメッセージが聞こえて、今度は火が消えない。
なるほど、こんな風に使うのか。
揺らめく炎を眺めていると、有名なライターを思い出してしまう。
そんなことより、これで竈に火が入れられる。薪は出たところすぐに積んであったから多少無駄に使っても大丈夫だろう。
ということで、今日のメニューは家捜ししてるときに見つけた干し肉と昼の残りのカボチャでスープを作ります! 味付けは塩とまともな香草類です。他は……材料が無いから今日はパスで。スープとデボラさんのパンのみです。
キッチンにあったランプも点火棒と同じように点けて調理開始だ。
ただ、ランプは火ではなく光だったことと、集中していなくても消えなかったのが謎……何か構造的なものが違うのかな? 明日ランプ工房に行ったときに聞いてみよう。
しかし、呪文詠唱が必要な系統じゃなくて良かった……
◇◇
意外に竈で料理するのは楽しかった。特に火の調節とか試行錯誤しながらなところが。
定型通りミレルに驚かれたりしたけれど、問題ない味だったし、ミレルも美味しそうに食べてくれたから僕が作る分にも問題無さそう。
あと特筆すべきは、ミレルが持って帰ってきてくれた間引き野菜のサラダが美味しかったってこと。新鮮な野菜は美味しいね! 欲を言えばドレッシングが欲しいけど……
◇◇
農作業の朝は早いので寝るのも早いとか。ご飯食べたら、今日一日の身体の汚れを落としてもう寝る時間みたい。
ということで、就寝時間です。
ドキドキの就寝時間です。
僕にとって初めての女の子と一緒の夜ですよ?
そして、おそらくミレルにとっても初めての夫婦水入らずの夜ですよ?
やることなんて決まってますよね?
殺し合いDEATHよ!
いやいや、そうじゃないけど、そうなりますよねー
分かりきってたことでしたね、すいません。
ベッドも用意できてないからミレルが「リビングのソファで寝る」って言ったから、僕はもちろんソファで寝ることにしたよ! 女の子がソファに寝て、男がベッドに寝るなんて、あり得ないよね?
一緒に……なんて少し期待してみたけど、僕にそんなこと言う勇気も無ければ、ナニかをする勇気も無いわけで、当たり前のように別々に寝ることに。
僕の知ってる日本においても、ネットで夫婦でも別々に寝ることが多いというアンケート結果を見て、意味も無く安心したものです……大体ミレルは僕のこと好きでもないんだから、好きでもない相手と寝るのはね不快でしかないと思う。だから悔しくなんか無いんだよ? ホントだよ? なんせ相手はミレルさんなわけですよ。すんなり寝てくれてむしろ安心するぐらいですよね?
晩御飯も僕が作ったから、文字通り毒気を抜かれて今日は何もしないのかと思ったんだけど……
そんなわけ無いですよねー 逆ですよねー 毒を盛る機会が減った分、直接的な方法で来ますよねー
真夜中に目が覚めたら毛布が血で濡れてるという猟奇的な状態。寝てる間にすでに1回殺されたっぽい。
いつものメッセージは聞かなかったけど、痛みはすでにないし、怪我もすでに治っている。
周りを見ればソファの横には人影が。
カボチャは持ってないけど鉈を持ってる。ミレルがお昼に、夜には僕がカボチャを切った鉈なので切れ味は証明済み。今にも「嘘だッ!!!」って斬りかかってきそう。
昨日の夜より痛みが少ないから、正直疲れるのを待っても良いんだけど……精神疾患のある人は夜の方が不安定になるっていうし、パートナーが優しくケアをすることが大切なんだけどな。
って僕じゃん!!
待って、確かにパートナーと言われてるけど、相手のことも全然知らないし! 心療内科の先生は初対面の人を治療しないといけないわけで、それに比べれば話をした時間は充分に長いとも言えるけど、心療内科の場合相手は相談に来てる人なわけで、殺しに来た人ではないし──とか余計なことを考えてる間に2回目を振りかぶっている!
《管理者設定によりプリセット操術『
ミレルをしっかり認識できた上で、動きもはっきり分かるようになった。微妙に体感時間も長くなった気がする。
攻撃されないと確信しているからなのか、それともまだまだ恨みが強いからなのか分からないけど、動作に躊躇いがない。躊躇せずに首を狙ってくる。
寝てる状態からでは避けられない!
ここは動きが分かるんだから、ミレルが振り下ろす手を止めるしかない。
僕は鉈を持つミレルの手を掴んだ。
「きゃっ!」
ミレルが可愛いらしい驚きの声を上げる。掴まれると思ってなかったのかな……
《管理者設定によりプリセット析術『
ミレルの手を握り押し返す力が強まった。
あれ? 前回はレベル3だったような……
「痛っ……!」
「あっ、ごめん……」
軽く力を弱める、でも離さない。
離さないままゆっくりと上体を起こす。
それでも必死に力を入れて斬りかかろうとするミレル。諦めない子だな。
なんて声を掛ければ良いのか……こんなことなら親父をしっかり見ておくんだったな。って後悔しても仕方がない。
「ミレル……」
「何でよ……何でなのよ……」
昨日と同じ言葉だ。
殺そうと思った相手を殺した、なのに死なない。だから納得できない。
そんな思いが伝わってくる。
僕を睨む視線に悔しさが見える。憎しみが見える。
「ミレル、少しこのまま話をしよう」
僕はミレルの手を握ったまま、答えを待たずに言葉を続ける。
「ミレルが過去の僕を恨んでるのは分かってる。村のことを色々と考えてるのも今日一日ミレルを見ただけでも分かった。それでしなくてはならないと思ってるかも知れない……でも、今日一日君も僕を見たはずだ。君も気付いてるはずだ。僕が何か変わったことを。僕がいつから変わったかも」
僕を睨むミレルの視線が少しだけ揺れた。話は聞いて理解を示してくれている。
じゃあ、会話にもう少し興味を持ってもらおう。
「ミレルは記憶喪失という言葉を知っているかい?」
ミレルの瞳が更に揺れ、僕の手を押し返す力が少し弱まった。そして、軽く首を左右に振った。反射的に振ったという感じだ。
やっぱり素直な子だな。
質問されたら反射的に返そうとしてしまうのだろう。
「記憶喪失ってのは今の僕みたいな状態なんだ。脳への物理的な衝撃や精神的なショックなどによって記憶が思い出せなくなることだよ。そうなった理由に心当たりがあるんじゃないかな?」
実際には違うけど誰も分からないことだし、今はミレルの誘導が目的だから問題ない。良い方に考えてもらわないと。
ミレルの鉈を握る手から力が抜ける。自分のしたことと記憶喪失がどう関連するのか気付いたようだ。でも、僕はミレルの手を掴んだまま離さない。話が終わっていないから。
「僕にはミレルが何を望んで行動を起こしたのかは分からないけれど、君が行動を起こした結果僕の記憶が無くなったのは確かだと思う。君の行動を讃えて神様が望みを叶えてくれたのかも知れないよ? 君の知っている過去の僕と、今日一日見た僕と同じに見える? もし同じに見えるなら、君の私怨で殺してしまっても構わない。きっとそれだけ恨まれることをしたんだろうから。でも、もし、全く違うように見えるのなら、殺す必要は無いんじゃないかな? 記憶喪失は強い衝撃をもう一回与えると治るって聞くし、元に戻したいんじゃ無ければ、止めた方が良いよ」
ミレルの殺人衝動を抑えることは出来ないかも知れないけど、自分の起こした行動に価値があって変わっていくかも知れないことは理解してくれたはずだ。ミレルは賢い子だから、これで少し考えてくれるだろう。
まあ、記憶喪失の治し方は衝撃じゃないけどね。
「僕は別にミレルの望まないことをする気はないよ。ただ、問題が起きそうなら今みたいに望むことを止めてもう少し考えて欲しいって言うかも知れないけど」
ここでようやく僕はミレルの手を離した。
ミレルの手からこぼれ落ちる鉈を受け取り、刃の部分を持って立ち上がると、ミレルが一歩下がった。
「キッチンに返しておくね」
昨日のことを考えると、刃に付いた血すらも明日には消えてるそうな気がするけど、拭うだけしておこう。
振り返るとミレルが口を押さえて僕の方を向いていた。不安なのかな……
「ミレルは疲れてるんだよ。だから、悪夢を見てるんだ。朝起きたら悪夢は終わるから、ベッドに帰って眠ると良いよ」
ミレルの背中を押して寝室へと送り出す。
力無く歩き出すミレルの背中を見送りながら、昼に話の出た『悪魔憑き』の話を思い出す。
人が変わって悪いことばかり起こるから『悪魔憑き』みたいに負のイメージがある言葉で呼ぶんだよね。じゃあ、悪い人が良い人に変わるのは……?
「ミレル、一つ質問が」
ミレルが足を止めて僕を振り返る。不安そうな表情は消えていない。
「天使憑きって言葉は聞いたことがあるかな?」
僕の言葉にゆっくりと首を傾げていくミレル。
思い当たる言葉は無いみたいだ。世の中悪い言葉の方が多いのかも知れない。
「ごめん、何でもないから忘れて。おやすみ」
自分が天使なんて恥ずかしい過ぎるし、悪魔が憑いていたとしても悪魔とは言わないよな。むしろ安心させるために聞こえの良い物にするよね。
これは失敗だったかな……
表情を隠すために僕はソファに寝転がってミレルに背を向けた。
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