エピローグ~ARURU‘S side➁~

             @@@


 『……結局、その子の親御さんは見つからなかったのですね、アルル様?』

 

 旅立ちの日の前日。

 

 親しくなった方々への別れの挨拶をして回っていたところ、労いや感謝の言葉とともに、マリエラさんが悲し気な表情を浮かべながらそう言いました。

 

 わたくしの傍らには黒衣の幼女……。

 わたくしの服の裾を掴みながら、素知らぬ顔で皆の前に姿をさらす、幼女の皮を被った魔女がいました。

 

 『ああ……ええ……はい、そう、です、の……?』

 

 『アルル様?』

 

 『あ!はい!えっと、そうなのです、ええ、はい、誠に残念なことではありますが……』

 

 『行商人の父親について西方から遥々ドナにまで来たところを不運に巻き込まれてか……報われないね、父親としては』

 

 そう眉をひそめるのはキルスさん。

 日頃から明るい彼女ですが、さすがに疲れた顔をしていました。

 

 『片親だったと聞きましたし、他に頼れる親類縁者もいない天涯孤独の身……』

 

 お可哀そうに……と、顔を歪め、まるで自分のことのように心を痛めるマリエラさん。

 

 『大丈夫、リリーちゃん?辛くない?』

 

 『うん、ダイジョブ!』

 

 『もう一度聞くけど、私のところに来ない?贅沢はさせてあげられないけど、他にもたくさんお友達もいるよ?』

 

 『ううん。ウチなぁ、イッくんとアルルといっしょにいくねん』

 

 『そっか……。うん、わかった。もう聞かないね。ごめんね、しつこくて』

 

 『ま、本人がいたいところが一番だよね』

 

 『うん。アリガト、マリエラさん、キルスさん』

 

 『まぁ、ちゃんとお礼を言えるだなんて偉いねぇ、リリーちゃん』

 

 こんな天使のように優しい心を持った方に黙って頭を撫でられながら、気持ちよさそうにホクホクしている無垢な幼女の正体が、実は悪魔みたいな性悪年増だということを隠しているわたくしの良心がチクチクと痛みました。

 

 『この子のこと、よろしくお願いします、アルル様。あなた方が目指す王都・ラ・ウール。噂では孤児などの弱い立場の者に対する受け皿が充実しているといいます。そこでならきっとこの子も幸せになれることでしょう』

 

 『……マカセテオイテクダサイ』

 

 『よろしくやで、アルル』

 

 『いいじゃない、端から見れば仲の良い素敵な家族みたいだよ、アルル』

 

 『ハハハ……ハハハ……』

 


               @@@



 「あんなぁ、ウチなぁ」

 

 「…………」

 

 「実はなぁ、前からなぁ、思ってたんやけどなぁ」

 

 「…………」

 

 「『一姫二太郎』ってなぁ、言葉のなぁ、後にはなぁ、『三ネカマ』がなぁ、一番なぁ、しっくりなぁ、くるってなぁ、思っててなぁ……」

 

 「過剰!舌足らず具合が過剰!」

 

 「三番目の子供に一体何があったんやろうってなぁ、気にならへん?」

 

 「気になるけれども!あ、現実辛いのかなぁ?ストレスたまってるのかなぁ?って心配しちゃうけれども!」

 

 「あとなぁ、可愛いってなぁ、『かあいい』って言った方がなぁ、なんだか可愛いさのレベルが一段高く聞こえへん?」

 

 「聞こえない!むしろイライラッとするのが一段高くなるばかり!!」 

 

 はぁ……大きな大きなため息が出ちゃいます。


 「……そもそも何故にエセ関西弁なんですの……」


 しかもさっきから内容が心の底からどうでもいいですの。

   

 「まぁ、適当にでっち上げたとはいえ西の方からやってきたという設定にひっぱられて自然に出てきてしまったんじゃろうな……あ、違った。出てきてもうてん、いやいや、ホンマやで、ホンマ。まいるでしかし」

 

 「……わざわざ≪現世界あらよ≫の、しかも日本の西にひっぱられなくても……。ああ、もういい加減、普通に話してくれませんか、リリラ=リリス?ここにいるのはあなたの正体を知っているわたくしとイチジ様だけ。もう、無害な幼女のフリをする必要はないんですのよ?」

 

 「にょっほっほっ。確かに二人だけの世界は作りだしておったのぉ」

 

 「うっ!」

 

 「いや、正確にはお主一人がフンスフンスと発情しておっただけか」

 

 「ぴゃぁぁ……やめて……それ以上言わないで欲しいんですの……」

 

 「あのな?真面目な話、恥ずかしいのはむしろこっちじゃからね?ただ若い男女がイチャコチャしとるだけなら別に構わないんじゃが、明らかにオナゴの方で勝手にギュインギュイン空回りして、オノコが永久凍土もかくやというほどに冷め切っているその温度差をまざまざと見せつけられた我、マジでいたたまれなかったからね?」

 

 「やめて!ホント、やめて!!」

 

 「……なんか……ごめんな」

 

 「謝らないで!謝られたら、なんか負けた感じになちゃいますの!」

 

 「俺も……なんかごめん」

 

 「イチジ様まで!?」

 

 「実のところ、俺も結構いたたまれなかった」

 

 「ごふっっっ!!!!」

 

 「容赦のない追い打ち……。益荒男じゃな、イっくん」

 

 「うううう……なんでこんなことに……」

 

 「お主がチュッチュチュッチュしとったからじゃろ」

 

 「チュッチュの話はもういいんですの!!どうしてあなたがここにいるのかってことですの!!」

 

 「だから、何度も言ったじゃろ?我にもさっぱりわからんと。……確かに我は消滅した。全盛期ならともかく、あの時の我には世界の理に抗うだけの術はあっても力はなかった。≪存在認知リコグニション≫の恩恵からはずれた瞬間から、我の存在は消え失せることが確定していたし覚悟もしていた。……じゃが、気がついたらいた。どこかの痴女が半分放り出した乳を押し当てながら、男の唇を貪っているその真ん前にいたんじゃよ……っと……」

 

 「痴女て……」 

 

 「まぁ……確信に近い見当はついておるけどな(ゴソゴソ)。……あの女……このリリラ=リリス=リリラルルの目をかいくぐってあんな裏技を『宝玉』に仕掛けていたとは(ゴソゴソ)……やれやれ、やつの方が我などよりもよっぽど魔女じゃわい」

 

 「…………で……」

 

 「ん?」

 

 「どうしてあなたはソコにいるんですの?」

 

 「んん~~??」

 

 小首をかしげて不思議そうな顔をするリリラ=リリス。

 それまでちょこんと顔を出していた荷車からおもむろに這い出してきたかと思ったら。

 

 ええ、それはそれは可愛らしい、年相応な幼女の仕草を……。

 

 「……なんでわざわざイチジ様の膝の上から?」

 

 「だってここ、二人席じゃろ?」

 

 「だからこれまで大人しく荷車の方に引っ込んでたんじゃないですの」

 

 「ていよく引っ込めたの間違いじゃろ?」

 

 「うっ……」

 

 「露骨じゃのぉ、あざといのぉ。愛しいオノコとの逢瀬のためならばこんな年端も行かない幼女すらのけ者にするとか、あ~怖い怖い(スリスリ)。女の情念とはどんな破壊兵器よりも残酷なもんじゃのぉ(スリスリスリ)」

 

 「り、リリラ=リリス?ご、ごめんなさい。悪かったです。ええ、わたくしが全面的に悪かったですわ。だ、だからそろそろ後ろに戻ってはいかがです?ほら、そこからでもお話はできるでしょう?ね?だから、そこから降りましょ?ね?ほら、イチジ様の胸に顔をスリスリするの止めましょ?ね?ね?ね?」

 

 「う~ん、イっくんってばいい匂いがするのじゃぁ~♡(スリスリスリスリ)」

 

 「に、にほい!?ぐぐぐ、具体的にはどんな感じに!?」

 

 「しっとりと汗ばんだオノコらしい野性的な匂いの中に混じる、清潔な衣服に染みこんだお日様の香りとのハーモニーじゃな。人の体臭を不快に思うかどうかは生理的な好みの問題じゃが……我、この匂い好きぃ~♡」

 

 「こらこら、リリー。運転中にそんなことしたら危ないだろ?」

 

 「わたくしの時と同じセリフなのにニュアンスが雲泥の差!?」

 

 「ほ~れ、スリスリスリぃ~~♡♡♡」

 

 「ハハハハハ、やめろってば」

 

 「イチジ様が未だかつて見たことがないほどの柔らかな笑みを!!!???」

 

 どうしたんですの無感情?

 どこ行ったんですの無表情?

 

 とんだテロリストですわこの幼女……。

 世界観どころか、イチジ様のキャラ設定までぶち壊す気ですの?

 

 ちゃっかり『リリー』なんて親し気な呼び方まで定着してますし。

 

 「……はっ!!」

 

 「久々に見た気がするなぁ、そのお家芸」

 

 「い、イチジ様?も、もしかしてあなたは、とある局地的にして極地的にして常闇のごとき黒々とした業と特殊な性癖をお持ちになられた殿方が生涯を賭して目指すといわれるロスト・エデン『遥か遠けき理想郷ロリコニア』の住人の方だったのですか?……な、なるほど、それならば、わたくしの再三にわたるアプローチにも表情筋一つ緩ませなかったこともうなずけ……」

 

 「そい」

 

 「るぴゅい!!」

 

 「そそい」

 

 「ぴゅいん!……ってなんであなたにまでチョップされたんですの!?」

 

 「あんな全裸に羽を生やしただけの幼女型妖精と我を一緒くたにするでない。なんじゃ?我の主食はふわふわのマシュマロみたいな何かで、『はわわ』とか『お兄ちゃん、大好き』とか言いながらそこら中で飛び交っていなくてはならんのか?」

 

 「描写が具体的!?」

 

 「だってあるもの『ロリコニア』」

 

 「あるんですの『ロリコニア』!?」 

 

 「あるのか『ロリコニア』……」

 

 「そりゃあるじゃろ。なにも異世界……というか世界が何も≪現世界あらよ≫と≪幻世界とこよ≫の二つしかないわけがない。ほれ、言っとったじゃろ?我の仲間にも異世界人がいたと。次元やら宇宙やらにはまだまだ土地がそれこそ無限に余っとるし、魔素のような純粋無垢なエネルギー体だって無数にある。ロリペド性愛者の禍々しくも強大な願望をもってすればそんな掃きだめみたいに腐った世界、簡単に生まれ出るじゃろ。……とはいえ我らになじみ深いこの二つの世界からは随分と離れとってまず辿り着くことは叶わん。距離的なものではなく、もっと概念的なものでな。遥か遠けきとは実に言い得て妙というところじゃ」

 

 ……それを希望ととるのか、絶望ととるのか。

 

 この場にそっち方面の方はいないようなので何とも言えないところです。

 

 「……あの若い手下君もそんな世界に生まれ変わったなら悔いはないんだろうな……」

 

 「イチジ様?」

 

 少しだけ、イチジ様は目を細めます。

 その声にも若干の翳りが混じったような気がするのは気のせいでしょうか。

 

 「いや、なんでもない。……それで、リリー?」

 

 「ん?なんじゃ、イっくん?」

 

 「前から薄々勘づいてはいたんだけれど、その『イっくん』って呼び方ってやっぱり……」

 

 「お察しの通りじゃよ、イっくん」

 

 「……元気にしてた?」

 

 「こっちの正気や生気が根こそぎ奪われるほどに……」

 

 「……相変わらずか……」

 

 「あれで相変わらずなのか?……あんなのが普通に生身を持って生きていたなんて末恐ろしいところじゃな、現代の≪現世界あらよ≫」

 

 「お疲れさん、リリー……」

 

 「いや……イっくんこそ……」

 

 はぁ……と、わたくしを置いてけぼりに、二人は揃って疲れたように息を吐きます。

 

 感情表現の乏しいイチジ様にしても。

 この傲岸不遜というか厚顔で不遜なリリラ=リリスにしても。

 

 こんな顔をさせるのキャラクターの破天荒さは、イチジ様との同調時に少しだけ触れただけのわたくしにも何となく察することができました。

 

 確かに、リリラ=リリスの言う通り、あんなメチャクチャな人とともに生活をしていたらしいイチジ様の気苦労にお疲れ様を送りますわ。

 

 「……あいつに、あの世界は狭すぎたんだろうな、きっと」

 

 「……というか、世界ごときに縛れるほど容易い相手ではなかっただろうに」

 

 「『それでも世界は素晴らしい』が口癖だったけれどね」

 

 「おそらくはそれがヤツの心からの本心だったんじゃろうと思うぞ」

 

 「本心ねぇ……」

 

 「だって、そこにはお主がいた」

 

 「俺が?」

 

 「あのパツキン。あのどこまでもヌラリ、ヒラリと捉えどころがなく、そのくせ我を出し抜くくらいの巧妙な知略を巡らすことができる頭脳と度胸を持ちながら、こと行動原理という点においてはまっこと単純明快でわかりやすい女じゃった」

 

 「…………」

 

 「……イチジ様……」

 

 「すべては愛しい弟の為。……その頭脳も度胸も自分の命ですらもことごとく……。ただイっくん一人の為だけにあった。生きていても、死してもなお、あやつはただイっくんのことしか見ていないし、考えてもいなかった。……イっくんがいてくれることで輝いていた世界。その世界がイっくんを拒んだのなら、あっさりと捨て去って新しく世界を創ろうとかいう結論に至るその発想……端的にいって狂気以外の何ものでもない」

 

 「俺の為だけの世界……」

 

 「実にらしいじゃろ?」

 

 「……あのバカ姉が……」

 

 そう前方の空を見上げるイチジ様。

 わたくしも釣られて目線を上へと上げます。

 

 そこに広がるのは青。

 

 不吉な赤でも、何もない黒でもなく。

 

 美しき紅でもなければ、輝く黄金でもなく、煌めく白銀でもない。

 

 雲一つない快晴の青。

 

 その広大で終わりなど見えない空にイチジ様は何を思うのでしょう?

 

 そしてその凪の水面を思わせる澄み切った色に、イチジ様は誰を見ているのでしょう?

 

 ……ああ、また嫉妬しています。

 

 イチジ様をただ一途に想う『彼女(・・)』の強い心に。

 ようやく前を見据えはじめたイチジ様に、未だ絡みつく過ぎ去った記憶に。

 

 わたくしは、浅ましくも嫉妬しています。

 

 ……いいえ、いいえ。

 

 負けてはいけませんアルル。

 挫けてはなりませんアルル。

 

 過去は過去。今は今。

 そして未来は未来。

 

 これからイチジ様のお傍で一生涯をかけて寄り添い、この世界で共に生きていくのは、間違いなくわたくしなのです。

 

 たぶん、彼はまだわたくしを見てくれません。

 

 信頼も信用も寄せてくれています。

 

 心配もしてくれますし、好意だって抱いてくれているでしょう。


 ―― 君は一緒にいてくれるのかな、アルル? ――

 

 ええ、自惚れでなく……。

 

 この世界においてわたくしは、イチジ様のその傷だらけの心に一番近い場所へといるのでしょう。

 

 ……しかし、それはわたくしの想いとはまた別のもの。

 

 わたくしが彼を見るのと同じ目線では、イチジ様はわたくしを見てくれていません。

 

 キスだってしました。

 

 言葉にこそまだできていませんが、ただの親愛を越えた女としての情愛だってもう隠していません。

 

 一方的な空回り。

 

 リリラ=リリスにからかわれるのも仕方がないくらいの一人相撲。

 

 ……あ、泣いちゃいそう……。

 

 空を見上げる角度をもう少しだけ上げてそれをやり過ごします。

 

 ええ、やり過ごしてやります、こんな虚しさ。

 

 だって、わたくしは決めたのです。

 

 とっくに決めていたものをもっと更新して。

 とっくに落ちていたこの恋をもっともっと深く深く落としこんで……。

 

 別にファーストキスの責任をとれだとか。

 

 アプローチをうまく躱しながらも完全に拒絶するわけでもない態度を、どっちつかずだとか、思わせぶりだとか責める面倒くさい女ではありません。

 

 ですが、いつか……。

 

 いつの日かわたくしだけを見てください。

 

 わたくしが永劫変わらず抱き続けるであろうこの想いと正面から向き合ってください。

 

 考えてください。

 

 悩んでください。

 

 そうして応えてください。

 

 答えをください。

 

 そのうえでこっぴどく振られたとしても、わたくしは絶対にあなたを恨まないと誓います。

 

 それでもあなたの傍で、あなたを支えてあげることをわたくしの誇りにかけて誓います。

 

 ですからゆっくりと……。

 

 わたくしはいつまでも待ちます。

 

 いつまででも待つことができます。

 

 あなたがその黒い瞳に、わたくしの銀色だけを映し込むその日を、わたくしはお待ちしております。

 

 ……あ、でもやっぱり……フラれてしまうのはちょっぴり悲しいですわね。

 

 なので、黙って待つことはしませんから。

 

 どれだけ拒まれても、猛烈にアピールしまくりまくってやりますから。

 

 なんとかわたくしのことを。

 

 この一国の王女にして稀代の天才・アルル=シルヴァリナ=ラ・ウールという女を。

 

 もう、愛しくて恋しくて想いが空回りしちゃうくらいにまで。

 

 絶対に惚れさせてあげるんですの。 

 

 



 パチン……



 


 「うん?」


 「え?」


 わたくしとイチジ様。


 共に空を見上げていたわたくしたちは、その軽快な一音に同時に目線を下ろします。


 黒衣の幼女は素知らぬ顔で澄ましています。


 疾走する馬車の車輪の音にかき消えはしましたが、何か遠くの方で人の声らしきものが聞こえたような?


 「……最初から最後までまっこと無粋極まれりじゃな……」


 「リリラ=リリス?」


 「まだこの身がこうしてある理由に明確な答えが出てない以上、あまり現代への介入は避けたいところじゃったが……。新しい一歩を踏み始めた若者たちの足をからめとらんとする無粋……さすがに看過はできんぞ、痴れ者が……」


 イチジ様の懐にちょこんと座った小さき幼女。


 特に表情に変化らしい変化もなく、彼女が見つめる目の先にはどこまでも真っ直ぐ伸びる山道があるばかり。


 しかし、ほんの一瞬だけ。


 その体から醸し出された威圧的な雰囲気は、あの時。


 彼女が一度消えゆく前にわたくしが錯覚したような。


 真紅のドレスで着飾った≪創世の魔女≫が垣間見せた凄みがありました。


 「……よしっ!決めたぞ!」


 「リリー?」


 「……イっくん。ちょっとちょっと……」


 「ん?」


 「いいから、ちいとこっちに屈むのじゃ」


 「うん?」


 よくわからないまま、イチジ様が言われたとおりに大きな体を少しだけ前に屈めます。

 


 『≪創世の七人≫が一人、リリラ=リリス=リリラルルの名と矜持と友との盟約によって宣誓する』

 


  ポウッ……



 「……これは……魔力?……と、詠唱??」



 リリラ=リリスの全身が薄っすらと青白い魔力の光が包まれます。



 『この日、この時、この瞬間を持って、わが一片、わが一滴、わが一端、わが一心、わが一命のすべてをそなたに……』


 「リリーなにを……」

 

 「ちゅ」

 

 「んむっ」

 

 そうして屈んだイチジ様の唇に、正面からリリラ=リリスの唇が重なります。

 

 ……ん?

 

 ……くちびる?

 

 「…………は?」

 

 は?

 

 「ちゅ……んちゅ……」

 

 は??

 は???

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?????」

 

 「ちゅ……んちゅ……ちゅ……ちゅ……」

 

 「ななななななななな……」

 

 「んちゅ……ちゅ……ちゅ……ちゅる……」

 

 「なにしてくれてやがりますのぉぉぉぉぉ!!!?????」

 

 一瞬の呆けから、おそらくわたくし史上、最速にして最大の力を持って幼女をイチジ様から引きはがします。

 

 引きはがして、引っぺがして、引きちぎるくらいのレベルで。

 

 「うむ、結構なお手前で」

 

 「ちょ、な、り、ば、け、ぼ……」

 

 「『ぼ』?」

 

 「ぼらぐにす!!」

 

 「なんじゃその電撃系最強の魔術みたいなのは?」

 

 「……トールハンマーァァァァァァァ(ボラグニス?エディション)!!!」



  ヴァリヴァリヴァリヴァリ!!!!!!!



 「おっと(ヒラリ)……あぶないのぉ。てゆーかお主、本気で殺りにきよったな」


 「ふふふ……ふふふ……」


 そりゃ、やりますよ。殺りますわよ。


 ゆうにことかいてわたくしの目の前で。


 わたくしの気持ちを知っていながらこの眼前で。


 ちゅって……。

 んちゅって……。


 おまけに、ちゅるって……ちゅるるって……。


 絶対それ、舌はいってますわよね?


 舌と舌が絡み合った擬音ですわよね?ちゅるって?


 わたくしだってそこまではしなかったというのに……。


 「……今のはどういう意味なんだろうか、リリー?」


 突然のキスにも驚いた様子のないイチジ様が冷静にそう尋ねます。


 「うーん、なんとなく?」

 

 「と、トールハン……」

 

 「アルル、とりあえずその鬼スタンガンしまってくれ。たぶんそれ、リリーが躱して俺に当たる流れだから」

 

 「だ、だってぇ~」

 

 いつまでも待つとは言いましたが、目の前で愛しい殿方の唇が奪われて興奮するほどわたくしの性癖は倒錯しておりませし、黙って見過ごすほど貞淑でもないんですの。

 

 突然ふって湧いたような淫売に物理的な排除を試みて何が悪いんですの。

 

 「にょっほっほっほ。悪い悪い。今まで応援してくれていた親友ポジションからの寝取られエンド。その手の業界ではよくあるバッドなエンドじゃな」

 

 ……まぁ、それでも。

 

 あの魔力と詠唱があったおかげで、あの口づけが何かしらの意味を含んでいるのだという事実が、いくらかわたくしの気を休めてくれます。

 

 ええ、ホント……いくらか。

 

 「……なんの魔術ですの?」

 

 「眷属契約。今適当にこしらえた任意のものじゃがな」

 

 「眷属?イチジ様を?」

 

 「逆じゃ逆。我がイっくんの眷属となったんじゃ」

 

 「あまりに脈絡がなさすぎるでしょうそれ。……さきほど誰かに対して怒っていたようにみえたのと関係が?」

 

 「さぁ、どうだかのぉ♪とにかくこれで我のすべてはそなたのものじゃぞ、マスター?このピーチクパーチクうるさい姫君とともに御身の命は我が守ってやる」

 

 「……なるほど……」

 

 「……イチジ様?よくわからないなら黙っていてくださいませ」

 

 「アルル、怒ってる?」

 

 「つーん、知りません」

 

 「問おう……あなたが我のマスターか?」

 

 「……それ言いたいだけだったなら本気でいきますからね……」

 

 「こーわーいぃ。お兄ちゃん、助けてぇ。ビリビリババアがウチをいじめる~(ヒシッ)」

 

 「可愛い」

 

 「イチジ様!?」

 

 「ウチの全部は大好きなお兄ちゃんのもんや~(スリスリスリ)」

 

 「……可愛い」

 

 「や、やはりロリコニアン!?」

 

 「ウチ、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するぅ~」

 

 「かあいい」

 

 「ま、まけませんわ!イチジ様!?十分ください!十分でこの胸の贅肉や女の子としては平均よりやや上くらいの身長を削り取る覚悟と作業を終えますので!!」

 

 「何ふざけたことを言ってるんだ、アルル」

 

 「え?」

 

 「君のその素晴らしき双丘は、麗しき豊満は。他でもないご両親からの授かりものだ。一刻の勢いでそれをどうにかしようとしちゃけない。……君は君のままでいればいい」

 

 「イチジ様……」


 「ウチのおっぱいなんもあらへん……(グス)……」


 「君は君のまま、いつまでも小さいままでいいんだよ(ポンポン)」


 「大好きぃ~~♡♡♡」

 

 「イチジ様ぁ!?」 

 

 


 ぎゃぁぎゃぁと。わーわーと……。

 

 姦しいと表すには一人女性が足りませんが。

 

 それでもわたくしとイチジ様とリリラ=リリス。

 

 なんだかよくわからないうちに集まってしまった三人。

 家族でも仲間でも友達でもない、よくわからない三人組が。

 

 人っ子一人通らない山道を、一路ラ・ウール王国の首都へと目指して進みます。


 わたくしにはわたくしの目的があり。

 イチジ様にはイチジ様の事情があり。

 魔女には魔女の思惑がありました。

 

 そんな立場にしても体つきにしてもあまりにバラバラで歪な旅の道連れです。

 

 誰かの目的、誰かの事情、誰かの思惑によって必然的に集められたような気がしてならないパーティです。

 

 このまま何事もなく順風満帆、前途洋々に進めるなんてまずあり得ないでしょう。

 

 ラ・ウールまでのおよそ一週間ていどの道のりだけで、ちょっとした冒険譚一冊分くらいに何かが巻き起こりそうな不吉な予感がしてなりません。


 はぁ……今から憂鬱になってしまいます。


 


 ……ですが……まぁ……。


 


 退屈だけはしなさそうですが。





 ―― なぁ、アルル? ――



 ―― なんですの、イチジ様? ――



 ―― この世界のこととか、また、君にあれこれと聞くことがあると思うんだけれど ――



 ―― はい ――



 ―― まぁ、よろしく頼むよ ――



 ―― ええ、もちろんですわ ――



 ―― 早速、一つだけいいかな? ――



 ―― ええ、なんなりと ――



 ―― まず俺は、この世界で何をすればいい? ――



 ―― そうですわね…… ――



 ―― そもそも、俺に……というかあっちの世界の人間に何かをさせたかったんだろ? ――



 ―― それはまたおいおい……長い話にはなりますが、道中もまた同じくらいに長いですから ――



 ―― なるほど ――



 ―― でも、まぁ……さしあたっては…… ――



 生きてください……イチジ様。


  

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マジカル・ビート・アンサンブル~異世界ってなんですか?~ @YAMAYO

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