第51話 好きな人

 玲奈が紙にお酒を造る工程を書きながら話し出した。


 何やら凄い熱気が伝わってくる。


 そのせいか、玲奈のフルーティーな? 甘いリンゴのようなメロンのような香りが発散? されてきて……。


 更に、横に並ぶと、常に胸の谷間が、否が応でも目に入り……。


 ホントに男って奴は、仕方がない生き物だよな。

 と、そう思っても自制できないし……。


「玄米を削って精米し、それを丹念に洗って水に漬け、その米を蒸す。で、出来上がった蒸米に黄麹菌を植えて麹を作って、その麹が酵素を生産。そこに蒸米を入れると、その酵素がお米のでんぷんをブドウ糖に変えてくれる。そこへ更に蒸米、水、酵母を加え、その酵母が発酵しブドウ糖をアルコールに変えてくれるってわけ」


「そ、そうなんだ……。ちょっとどう反応していいのかわからないんだけど……」


「とにかく私が言いたいのは、日本酒って凄いってこと。っていうか、人間て凄いってこと。こーんな複雑な工程を生み出して。更にいいものをと日々研究し続けて。こんなにも美味しいものを、芸術と言ってもいいようなものを作り出しちゃうんだから。私も負けてなんかいられない! 美味しいものを食べると、そう思って、やる気が出ちゃうんだ、私」


 玲奈のこの思考回路は少し自分に似ているかもしれない、ふとそう思った時に、先程のイカが天ぷらに姿を変え運ばれてきた。


 大根おろしとショウガを溶いた天つゆに、さっとくぐらせ口に入れる。


「たぁーー。なんだこれ? めちゃくちゃ美味いなぁ……」


 熱が入ったせいで、イカがもっちりとした柔らかさになって旨みも甘みも倍増している、その上、イカの淡泊さを天ぷらの油分が補っていて、もう何と言っていいのか、たまらない味だ。


 サクサクの衣、歯応えがあるのに柔らかくアツアツのイカ、天つゆのかかったところだけが少しひんやりと、そしてしんなりと柔らかくなった衣の甘みと、ショウガの爽やかな香り、そして大根おろしが油っぽさを全て消し去っている。

 完璧だ。


「でしょー! 私はこれが世界一美味しい天ぷらだと思ってるんだ」


「ホント、これ最高に好きかも」


「好きと言えばさーー、リーダーはどんな女の子が好きなの? やっぱり、おっぱいのおっきな子?」


「おっ……、って……」 


 あまりにも唐突な質問に、お酒を吹き出してしまった。


「はいはい、リーダー、慌てない慌てない」


 そう言いながら僕が汚したテーブルを拭いてくれて、あらためてお酌をしてくれる玲奈。


 間近から見上げられ、少しドキッとしてしまった。


 つるつるのほっぺと、お酒のせいか涙袋の膨らみがほんのりと赤くなっていて、どんな顔をしたらいいものかわからなくなってしまう。


「でっ?」


「でっ、って言われても……」


「胸の大きな子は嫌いなの?」


「いやいや、そんなことはないんだけど、あればあったで嬉しいんだけど、特にそこにこだわりがあるわけではなくて……。玲奈はどうなんだよ? 好きな人とかいないのか?」


 そう言うと何故か、玲奈はフンと鼻で笑い、手酌で杯を満たしてから、それを一気に飲み干した。


「好きな人ねぇー。いるにはいるんだけど、人には言えないほど全然イケてなくて、更に途方もなく鈍感ときたもんだから、凄く困っているところ」


「へー、じゃあ玲奈は、どうしてその人のことが好きなんだ?」


「ん……。そいつはね、人の立場に立って、その人の気持ちを考えることができる。あっ、恋愛感情だけはからっきしだけど。それと……」


「それと、なんだ?」


「全く見返りを求めない優しさを持っている」


「そうなんだ……。なんか凄くいい奴みたいだな、そいつ。でも、イケてないってことはモテてないんだろ? じゃあどんどんアタックしたらいいんじゃないか? 玲奈は可愛いんだからきっとうまくいくって!」


「ホントにぃ? じゃあ、そうするよ? でっ? リーダーはどんな人が好きなのよっ?」


「ん……。話していて楽しい人、かな……」


「また、えらくアバウトな表現を……。もうちょっとわかりやすく言ってよ」


「そう言われても、僕もよくわからないんだけど……。ん……、例えば嬉しいことがあった時、美味しいものを食べた時、凄いことを思い付いた時、その喜びを分かち合える人がいいかな」


「それって、価値観が一緒ってこと?」


「んー、価値観は少しくらいズレていても、それはそれでいいかもしれない。何かの質問をした時に返ってきた言葉が、予想以上だったり予想外だったりすると、凄く楽しい。自分とは違う物の見方を知ることができるし、それが色んな新しい発見につながる。もしも自分と感覚がずれていたとしても、その人の感動や喜びが自分の喜びにかわるなら、きっと、その人と一緒いると、すごく楽しいと思うんだ。……ってことを今思い付いたから、偉そうに言ってみたけど、僕なんかの事を本当に好きになってくれるなら、それだけでもう十分だよ」


 人は、自分の思いを分かってもらおうと、一生懸命言葉を探し、話している時は、周りの状況が見えなくなるのかもしれない。


 気付くと、玲奈がジッと僕のことを見つめていて、玲奈の右足が僕の左足の内側にそっとのかっている。


「えっと……。ちょっと語り過ぎだよね……」


 そう言うと、「ううん」と玲奈が微笑みながら首を横に振る。


「そう? あっ、何言ってるのかよくわかんなかったか……」


 そう言っても玲奈はまた、首を横に振った。


「ううん、よーくわかったよ」


「ん?」


「リーダーが思っていた通りの奴だってことが」


 えっ、どうしてだ? 好きなタイプの女性の話をしたのに……。


 僕は不思議に思い体を引いて玲奈を見た、その際に足も引いたのだが、玲奈の右足が追いかけてきて、先程よりも強く左足を押さえ込まれ、質問された。


「ねぇ、リーダー! 今日は楽しかった?」


「う、うん。もちろん! お酒もイカも最高に美味しかったし、今まで知らなかったことを玲奈にいっぱい教えてもらったし、凄く楽しかったよ」


 そう答えると、玲奈は小さくうなずいて、微笑ながらお酒を飲みだした。


 そして、玲奈の足のゆび先が僕の足をゆっくりと、四回踏みしめた。

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